「凪のお暇」
空気を読むことに疲れた主人公
劇作家・鴻上尚史さんの近著のタイトルは、『「空気」を読んでも従わない』だ。周囲に同調しようと息苦しい思いをしている人に、空気をわかった上で無理に従う必要はないとアドバイスしている。ドラマ「凪のお暇(いとま)」(TBS-HBC)のヒロイン、大島凪(黒木華)にも、ぜひ読んでもらいたい一冊だ。
凪は28歳の無職。会社を辞めたのは周囲の人たちとのコミュニケーションがうまくいかなかったからだ。一見普通に接しているのだが、本当は摩擦が起きないよう、仲間外れにされないよう、常に「空気」を読むことに必死だった。
職場の女子たちとのランチでも、本当は静かに一人で食べたいのに、そんなことは言えない。話題になる旅行やアクセサリーについても、その場にいるメンバーの顔色をうかがいながら無難な話を探した。
また、同僚から仕事上のミスの責任を押し付けられても、本当のことを言ってその場の「空気」を悪くするのが嫌で、文句が言えなかった。凪は、日常的に「自分でない自分」を演じることに疲れてしまったのだ。
そして、もう一つ。凪が生活を丸ごと変えようと思った理由が恋愛問題だ。同じ会社の優秀な営業マン、我聞慎二(高橋一生)とつき合っていたが、彼にとって自分が単なる「都合のいい女」であることが判明。恋人の前でも「空気」を読むことに腐心していた自分に気づいた凪は、我聞との関係も断つ。つまり、会社からも恋人からも「お暇」頂戴だ。
郊外のボロアパートに引っ越した凪。仕事も、貯金も、家財道具もないが、嬉しい出会いがあった。隣の部屋に住む、クラブDJなどをしているゴン(中村倫也)だ。一種の自由人で、誰にでも優しく、一緒にいると凪の心も晴れ晴れとしてくる。普通なら、ここから新たな恋物語が始まるところだが、そうならないところがこのドラマらしさだ。
実は、これまでゴンに夢中になった女性たちは、自分だけのものにならないゴンに苛立ち、ことごとく自壊していたのだ。しかも、そんなゴンが凪を本気で好きになる。遅すぎる初恋だ。そして、我聞の「本心」も徐々に明らかになってきた。「空気」を読む達人を自認する我聞は本当の気持ちを表すことが苦手で、凪に対しても正直になれなかったのだ。
見ている側が思い込んでいた登場人物たちのキャラクターが、物語の進展に従って大きく変容していく面白さ。ゴンと我聞と凪の奇妙な三角関係の行方と、「素の自分」で生きることを始めた28歳無職に注目だ。
(北海道新聞「碓井広義の放送時評」 2019.09.07)