2025.03.20
作:ヨシタケシンスケ
良き書物を読むことは、
過去の最も優れた人々と
会話をかわすようなものである。
ルネ・デカルト
『方法序説』
14年間〝ランチの数だけ物語があった〟
NHK「サラメシ」最終回
先週13日、「サラメシ」(NHK)が最終回を迎えた。スタートは2011年5月。サラリーマンの昼食にスポットを当てるというコンセプトも、中井貴一のナレーションも新鮮だった。
メインのコーナーは「〇〇に昼が来た!」。企業や個人の昼食を軸にしながら、仕事ぶりや家族とのつながりも紹介していた。
他に視聴者からの投稿コーナー「みんなのサラメシ」などが並んだ。
中でも番組名物ともいえるのが「あの人が愛した昼メシ」だ。今は亡き著名人が愛した品々を取り上げ、その人の歩みや人柄にも触れていく。
いくつか記憶に残る人とメニューがある。名優・笠智衆が大好きだった北鎌倉「光泉」のいなりずし。淀川長治が試写会の帰りに立ち寄った赤坂「うなぎ奈加川」のうな重。
松本清張が足繁く通った西荻窪「こけし屋」のポークカレーなどだ。ぬくもりのある<素顔の人物伝>になっていた。
最終回には沖縄・首里城の再建に携わる漆職人や、小豆島で昔ながらのの醤油作りに励む職人などが登場。
最後だからと特別な趣向を施さず、いつも通りに徹していたことに美学を感じる。14年間、制作してきたのはテレビマンユニオンだ。
エンディングのナレーションは「昼ご飯の番組なんて続かないと言われましたが、僕らは信じてみました。ランチの数だけ物語はあるはずだと」。まさにその通りだった。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2025.03.18)
テレビ東京の大江麻理子アナウンサー(46)が6月末に同局を退社する。退社後はフリーで活動したり他局の番組に出演したりする予定はないとのことだが、ファンにとっては寂しい限り。そこで、大学教授時代は“アカデミズム界、随一の大江ファン”とも評されたメディア文化評論家の碓井広義氏に、改めて彼女の魅力と果たした役割を語ってもらった。
*********
2月20日、テレビ東京の大江麻理子アナウンサーが6月末に退社することが報じられた。フェリス女学院大学を卒業し、テレ東に入社したのは2001年。ほぼ四半世紀もの間、第一線で活躍してきたことになる。
現在は経済報道番組『ワールドビジネスサテライト』のメインキャスター(金曜担当)を務めているが、その姿もやがて見られなくなる。惜別の意味も込めて、大江麻理子という「奇跡」を振り返ってみたい。
初めて大江を認識したのは入社から2年後の03年、『出没!アド街ック天国』だった。同局には悪いが、「テレ東にこんな清楚で美しい人がいたのか」と驚いた。
しかも、愛川欽也をはじめとするクセのある出演者たちを上手にあしらい、転がしながら番組を切り回していたからさらに驚いた。
07年からは『モヤモヤさまぁ〜ず2』のアシスタントを務める。さまあ〜ずの2人にその生真面目ぶりをからかわれたり、逆に彼らをやさしく諫めたりしつつ、街をぶらぶらと散歩した。天然でありながら知的で品がある大江は、実にチャーミングだった。
10年続けた『アド街』と6年に及んだ『モヤさま』によって、大江の人気は中高年から若者にまで広がっていった。
もしも、あの状態が続いていたら、大江は今とは違った風景の中にいたかもしれない。なぜなら、本人が自身をどう思っていようと、「人気女子アナ」というレッテルを貼られることで進む方向が決まってしまうからだ。
では、大江が歩んだ時代の女子アナとは一体どんな存在だったのか。
女子アナをめぐって参考になる一冊がある。元TBSアナウンサーで現在はタレント、エッセイスト、ラジオパーソナリティの小島慶子が2015年に上梓した初の小説『わたしの神様』(幻冬舎)だ。
物語の舞台はズバリ民放キー局。主人公は「私にはブスの気持ちがわからない」と言い切る人気女子アナだ。
誰よりもスポットを浴びようと競い合い、同時に地位と権力を求めてうごめく男たちとも対峙する彼女たち。この小説はテレビドラマでは簡単には描けない物語になっていた。
低迷しているニュース番組がある。キャスターを務めてきた佐野アリサが産休に入ることになり、抜擢されたのは人気ランキング1位の仁和まなみだった。
育児に専念する先輩と、これを機にさらなる上を目指す後輩。フィクションであることは承知していても、彼女たちの言葉は著者の経歴からくる際どいリアル感に満ちている。
たとえば、ニュース番組担当の女性ディレクターは「ほんと、嫌になるわ。顔しか能のないバカ女たち」と女子アナに手厳しい。
当のまなみは心の中で言い返す。
「この世には二種類の人間しかいない。見た目で人を攻撃する人間と、愛玩する人間。どれだけ勉強したって、誰も見た目からは自由になれないのだ」
さらに――
「どんなに空っぽでも、欲しがられる限りは価値がある。(中略)他人が自分の中身まで見てくれると期待するなんて、そんなのブスの思い上がりだ。人は見たいものしか見ない」
また、この女性ディレクターがアナウンサー試験に落ちた自分の過去を踏まえて断言する。
「これは現代の花魁(おいらん)だと気付いた。知識と教養と美貌を兼ね備えていても、最終的には男に買われる女たちなのだ。(中略)自分で自分の値をつり上げて、男の欲望を最大限に引きつけるのだ。その才覚に長けた女が生き残る世界なのだと」
果たして、女子アナに関するこれらの物言いは、極端に露悪的な表現だろうか。そうとは言い切れないのが当時の女子アナの実態だ。小説ならではのデフォルメの中に、小説だからこそ書けた真実が垣間見える。
1980年代、「楽しくなければテレビじゃない」をモットーに視聴率三冠王の地位に就いたフジテレビが、女性アナウンサーをいわば「社内タレント」としてバラエティ番組に起用していった。
それがウケたこともあり、以後、歌って、踊って、かぶりモノも辞さない「女子アナ」が各局に続々と誕生していく。
小島は常々、TBSの局アナ時代を振り返り、「自分は局が望むような“かわいい女子アナ”にはなれなかったし、なりたいとも思わなかった」と語っている。
できれば「女子アナ」ではなく、一人のアナウンサーとして仕事を全うしたかったというのだ。しかし、それは許されなかった。
小島がTBSに在籍したのは1995年から2010年にかけてだ。小島の小説はその頃の体験がベースとなっている。01年にアナウンサーとなった大江が、どんな空気の中で活動していたのかを想像する強力な補助線となる。
転機は2008年秋から『田勢康弘の週刊ニュース新書』で進行役を務めたことだ。この番組は政治ジャーナリストで日本経済新聞の客員コラムニストである田勢をメインコメンテーターにしたニュースショーだった。
いわば田勢のワンマン番組で、その個性や発言に反発する視聴者も少なくない。しかし、大江が居てくれたことで田勢の灰汁が中和され、番組に視聴者目線や日常目線を取り込むことができた。
ここでの大江は「女子アナ」ではなく「女性アナウンサー」として機能しており、幅広い社会的テーマと向き合うことで報道系のキャリアを充実させた。
13年、大江はニューヨーク支局に赴任。翌14年に帰国すると、テレ東の看板番組『ワールドビジネスサテライト』のメインキャスターに就任する。
それから現在までの10余年、担当曜日の変化はあってもテレ東の「報道の顔」として十二分に役割を果たしてきた。
しかし、思えば大江は稀有なキャスターだ。まず、看板キャスターという肩書からくる威圧感がない。また「番組の主である私」という自己顕示感がない。「政治や経済が分かっている」といった虚勢も張らない。
よく勉強しているが、そのまま披歴したりしない。知識や情報を自分の中に取り込み、しっかり咀嚼した上で自分の頭で考える。各分野の専門家にも敬意は払うが、単純な迎合はしない。常に疑問や異論も含めて視聴者に伝えようとしてきた。
政治や経済の難しい話題も、大江という変換装置、もしくは濾過装置を介することで、視聴者は「我がこと」としてのニュースと正対することができた。それでいて大江は、人気保持のためにと視聴者に媚びることもなかった。常に凛とした大江であり続けたのだ。
退社後の大江は何をするのか。どのように進むのか。それは伝えられていない。
しかし、たとえテレビというメディアから完全に去るとしても、女性アナウンサーという生き方の鮮やかな「ロールモデル」として、多くの人の記憶に残ることは確かだ。
大江麻理子という「奇跡」がテレビ界の「伝説」となる日も遠くない。
(一部、敬称略)
碓井広義(うすい・ひろよし)
メディア文化評論家。1955年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。テレビマンユニオン・プロデューサー、上智大学文学部新聞学科教授などを経て現職。新聞等でドラマ批評を連載中。著書に倉本聰との共著『脚本力』(幻冬舎新書)、編著『少しぐらいの嘘は大目に――向田邦子の言葉』(新潮文庫)など。
デイリー新潮編集部
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
川本三郎
『陽だまりの昭和』
白水社 2640円
今年は昭和100年。本書の対象は関東大震災のあとから戦争と戦後を経て、昭和39年の東京五輪の頃までだ。市井の暮らしの中に普通にあった「昭和」が集められた。軸となるのは著者の専門である映画や文学だ。小津安二郎の『晩春』や『麦秋』で男たちが手にするステッキ。倍賞千恵子主演『下町の太陽』が映す郊外住宅地。石坂洋次郎原作『乳母車』に出てくる名曲喫茶など、描かれた昭和が甦る。
渡辺利夫
『大いなるナショナリスト 福澤諭吉』
藤原書店 2640円
欧化主義者、文明開化論者、啓蒙思想家といった認識が定着している福澤諭吉。著者はそれらを認めつつ、新たな福澤像を提示する。たとえば、福澤は人間の持つ権利は平等だとした上で、社会を動かすのは中産階層だと主張。国際外交の困難性を指摘し、文明より国家の独立が優先事項と説く。また勝海舟や榎本武揚に対する評価も実に厳しい。大いなるナショナリストは透徹のリアリストでもある。
坂上友紀
『文士が、好きだーっ‼~或る書店主の文学偏愛ノオト』
晶文社 1870円
本書での文士とは、文章に対する姿勢がかっこよく、文の腕一本で勝負する作家だ。「それでも生きていく文学」の井伏鱒二。乙女子で変態性の室生犀星。二人は「かわいい系」の文士に分類される。また作品と実像の落差が魅力の堀辰雄は「ギャップ系」だ。さらに「かっこいい系」の芥川龍之介には物事を多角的に見る公平な目線があると著者。贔屓の引き倒しではない、純な偏愛ぶりが心地いい。
(週刊新潮 2025.03.13号)
13日夜、NHKEテレのバリアフリー・バラエティー番組『バリバラ』が幕を閉じました。
番組のスタートは2010年4月。「生きづらさを抱えるすべてのマイノリティー」にとってのバリアをなくそうという姿勢は、当時からずっと変わっていません。
15年の歴史の中で、多くの人の注目を集めた特筆すべき1本があります。16年8月28日の夜に放送された「検証!『障害者×感動』の方程式」です。
異例の生放送だっただけでなく、驚いたことに、出演者たちは全員、胸に「笑いは地球を救う」の筆文字が躍る黄色いTシャツを着ていました。
実は、8月27日の夜から翌28日にかけて、『24時間テレビ39 愛は地球を救う』(日本テレビ系)が放送されており、その裏での『バリバラ』だったのです。
当時、『24時間テレビ』の軸となっていたのは、障害を持つ人たちの様々な「挑戦」でした。
この年も、「富士登山をする両足マヒの少年」、「佐渡海峡40kmを遠泳リレーする片腕の少女」、「本田圭佑選手と交流する義足のサッカー少年」、「がんで顔の半分を失った少年」といった企画が登場しています。
また100kmマラソンの林家たい平も、こん平師匠の待つ日本武道館に、番組終了直前に堂々のゴールイン。
その時点で、約2億3400万円の募金も集まり、恒例の「サライ」大合唱と共に、「感動のフィナーレ」を迎えていました。
この回の『バリバラ』が秀逸だったのは、障害をもつコメディアン&ジャーナリストだったステラ・ヤングさん(1982-2014)が、生前に行った講演会の模様を紹介したことです。
彼女は、安易に障害者を扱った映像を健常者が見れば、「自分の人生は最悪だが、下には下がいる。彼らよりはマシだと思うでしょう」と指摘。
障害者が「健常者に勇気や感動を与えるための道具」となっている状態を「感動ポルノ」と呼んで、その弊害を訴えていました。
当時の『24時間テレビ』は、まるで免罪符のように「チャリティー」という言葉ですべてを押し通すような雰囲気を持っていました。
特に障害者の見せ方や表現に、どこか居心地の悪さや違和感を覚える人も多かったはずですが、ステラさんはその理由を明快に教えてくれたのです。
『バリバラ』では、さらに一歩踏み込んで、テレビが「障害者の感動ドキュメント」を仕立て上げるプロセスを、ユーモアまじりに解説していました。
まず、障害者の「大変な日常」を見せる。次に「過去の栄光」と、「障害という悲劇」を描く。
その上で、「仲間の支え」によって「ポジティブに生きる」現在の姿を見せれば出来上がり!といった風潮。
『バリバラ』の制作陣は、感動を削(そ)ぐような描写を排除し、物語性を優先する作り手の姿勢まで、一種のパロディとして伝えていました。
そして、この仕掛けを、「不幸で可哀相な障害者×頑張る=感動」という方程式で示したのです。
また、番組が行ったアンケートでは、「障害者の感動的な番組」について、障害者の90%が「嫌い」と答えていました。これは、かなり衝撃的なデータです。
テレビの作り手だけでなく、視聴者側のこころの中にもこの「感動の方程式」を受け入れる素地や基盤が存在するなら、それは作り手との「共犯関係」と言えるでしょう。
放送後、「バリバラが24時間テレビを批判」といった形で話題になりましたが、これは「批判」ではありません。
テレビというメディアが生み出す、障害や障害者に対する固定化したイメージを、作り手も受け手も、そろそろ自己検証してみませんか、という「提案」だったのです。
ステラさんは、「障害は悪ではないし、私たち障害者は悪に打ち勝ったヒーローではない」と語っていました。
それは、『バリバラ』がずっと標榜してきた「障害は個性だ」という視点とも重なっています。
感動のためでなく、ごく普通に生きている障害者と、ごく当たり前に、また日常的に向き合ってきた稀有な番組『バリバラ』。
15年間の全ての出演者、スタッフの皆さん、おつかれさまでした!
4月からは新たな福祉番組『toi-toi』が始まるそうですが、何らかの形で『バリバラ』の精神を継承するものであってほしいと思っています。
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
「期間限定」の不安にたじろぐ人へ
嵐山光三郎
『爺の流儀』
ワニブックスPLUS新書 1045円
思えば、青年期や壮年期は「その先」を前提に歩み方を考えることが出来た。一方、老年期はいつ終わるとも知れぬ「期間限定」だ。その不安の前でたじろぐ人も少なくないだろう。
書店には老人の生き方指南といった書籍が溢れている。だが、「人生これから」と煽ったり、逆に達観し過ぎていたりと、納得のいくものが見つからない。
その点、嵐山光三郎『爺の流儀』は、「それでいいんだ」とホッとさせてくれる。
まず、著者のスタンスがいい。子どもがすくすくと成長するように、老人はすくすくと老いていくもの。だから「年をとったら、ヨロヨロと下り坂を楽しめばいい」と言い切る。
提唱するのは「老いの流儀十カ条」だ。いくつか挙げると、面倒だから弁解しない。議論は時間の無駄。とはいえ、悟ることなく、いらだって生きる。
自分本位の意地だが、孤立を恐れたりしない。その上でチャランポランと時の流れに身をゆだねる。これなら自分なりの応用も可能だ。
著者は流儀の先達も紹介している。たとえば谷崎潤一郎は、肉体が衰えていく後半生をなだめながら、うまくコントロールした達人だ。
「瘋癲老人日記」は70代の作品だが、こう書いている。「死を考えない日はないが、それは必ずしも恐怖をともなわず幾分楽しくさえある」と。この境地に達したら怖いものはない。
ちなみに著者の好きな言葉は、「諸行無常」と「死ねば、いい人」だ。これまた、どこか癒される。
(週刊新潮 2025.03.13号)
管制員と通報者とのやりとりがスリリングな良作
清野菜名主演
「119エマージェンシーコール」
清野菜名主演「119エマージェンシーコール」(フジテレビ系)の舞台は横浜市消防局指令課。119番通報を受付け、出動指令を発する部署だ。
制作に当たり同市の協力を得ていたが、途中でクレジットが取り下げられてしまった。「中居正広問題」の影響であり、ドラマ自体のせいではない。
粕原雪(清野)は新人の司令管制員だ。通報が入ると、まず「消防ですか、救急ですか」と問いかけ、事態を確認・把握した上で消防車や救急車を出動させていく。
ドラマの多くの部分が指令センターの室内場面だ。当初、見ていて退屈するのではないかと思ったが、杞憂だった。
管制員と通報者とのやり取りが何ともスリリングなのだ。頼りになるのは音声だけ。見る側は雪と一緒に耳をすませながら現場の状況を想像する。
しかも雪は優れた聴覚を持つ。かすかな音声も正確に聞き取ることが可能だ。そこから問題解決のヒントを見つけたりする。
先日は山で遭難した少年と雪の姉・小夏(蓮佛美沙子)のエピソードが描かれた。小夏は失声症のため通常の会話が難しい。雪の能力がフル稼働する回だった。
度々、管制員としては逸脱した行動をとる雪だが、命を守ることへの真摯な思いは伝わってくる。
生きることにちょっと不器用だが、応援したくなるキャラクターであるヒロインを清野が好演。隠れた良作となっている。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2025.03.11)