katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

梟のモザイク完成

2011-05-13 21:02:30 | モザイク作家
ここでこうなるのね・・・ここの所のみんなのあじさい、さくら、みどり・・・と、
完成ラッシュが良い刺激にもなる。けれど、決定的だったのは、昨日のみどりの目地。

んでどうする?・・・こんな話から目地が始まる。文鳥は白っぽく・・・バックは・・・
と悩んだ様子に・・・・なんだぁぁぁ、踏ん切り悪いなぁ・・・やっぱ黒だろっ・・・

と言って目地を練ると、うわっ練り過ぎた・・・・ん・・・あっ・・・そう言う事ね・・

これじゃ何のこったか判らないよね?みどりに踏ん切り悪いと言ったのは、
濃い色の目地は濃い色のガラスタイルには効果的。それをちょっと戸惑ったような

えっ?・・・みたいな感じだったので、そんな表現になってしまったのだけれど、
俺が黒の目地を練ったのに多めに寝るミス・・・何の為に?神様・・・

俺に何か伝えたい事でもあんのかい?・・・良くやる自問自答・・・。
人に言う前に自ら・・・・とか、いずれにせよ、煮え切らないのはお前じゃないの?

と、katsuに問い掛けると・・・・・残った黒い目地を全部完成していない作品に塗った
・・・・塗った俺より見ていたみどりの方がビックリ・・・そんな感じ。

そんな訳で今日完成となった。と言う訳で、はいこれです・・・って感じとなった。

まっこんなもんでしょ?特に問題無し。収まる所に収まった。そんな感じ。
随分と遠回りしたような気もするし、こうなるべきしてこうなったような気もする。

それで終わって見れば、やっぱね・・・って。
これなら全く問題無くいつも通り。何より何より。

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みどり完成

2011-05-13 06:54:41 | モザイク教室
ここに初めて来た時は何しろぶきっちょで・・・・と言ってた。
さくらもそうだった。こう言う人に多いのは、お父さんが器用な人が多くて、

子供の頃の工作の宿題はみんなお父さんがやっちゃったりしてね・・・あはははは。
だから宿題の工作は上手いのに、授業でやる工作とのギャプで、

お前ぇぇぇ、あんまり上手く無いじゃん・・・・ずるしてたんじゃないの?・・・・
こんな事を隣の男の子に言われたりしてね・・・・気まずくなって・・・

工作なんて・・・大嫌いぃぃぃぃぃぃ・・・・・なぁんてね。

でもね、そんな人がもし本当は工作好きだったとしたら・・・?
そしてもし、そんな人がちゃんと1から努力して行ったとしたら・・・・?

そんな人達がさくらやみどり。打倒、ぶきっちょ。良いんじゃない・・・とても。
それがこんな作品作れるようになったんだから・・・・努力は報われる。

そもそも少し考えれば、この位は当たり前の事なのね。
だってそうでしょ?やる気があってそれだけに絞って、夢があって、前に進むと、

大人になって大学卒業出来る人もいるし、お笑いの人が県知事になったりもする。
ならば結果の出る人はいるんだ・・・と良い例がある。

問題なのは、そんなのたまたまだよ・・・無理無理ぃぃぃ・・・・と目指さない。
生半可に目指す・・・、目指している人に無理無理と言ってこっちの水は甘いよぉぉぉと

そそのかされたり・・・失敗しても頑張れれれば良いやっ・・・とやる前から言い訳を
考えたり・・・・やりたいんだ・・・って気迫を持たないのでは出来ないだろうが・・・

今回のニュ-ゆみがそうだったように、転勤先でのモザイクは今までとは違っただろう。
モザイクやってて良かった・・・・このセリフはただモザイクが楽しい・・・と

思った人のセリフでは無く、タピオカやキウイ・・・そしてみんなと一緒に離れていても
繋がっていられる・・・続けたい・・・と思えたからだろう・・・

以前のさくらもそう。やりたいけど・・・緊張して手が動かなくなったら・・・・
子供達も出来るのに・・・迷惑が掛かってしまうし・・・・と言い訳ばかりだった。

勿論遠慮が美徳と考えるのなら、それまでの人生が正しいとするのなら、それは
相手の事だけを考えているセリフになり確かに何とも素晴らしい考え方だ。しかし、

言い換えれば、いつも自分の立ち位置を一番下に置いたモノの考え方とも言えよう。
相手の事だけを考える・・・・ねぇねぇ、自分はどうしたいのか考えてみぃ?

あははははは。こんなシンプルな事忘れているってどうなのさ?自分の気持ちと
向き合う事を辞めて、相手に尽くして居場所確保・・・おいおいそれは仕事かい?

お金と引き換えって言うのなら、良くある話だろうが・・・。その時、俺はさくらに
見ているのは俺だけだし、俺のが上手くて当たり前、下手でも良い訳だし、

目の前で依頼品を作っているのだから、じっと見ている訳じゃないし・・・・と
折角持って来たんだし・・・・とやれよ・・・って言わなかっただけで、

ほとんど何にも指導とか無しみたいな・・・・結果は問わず終われば良い・・・
ただそれだけの最初が・・・・どんなに体調が悪かろうと先日の作品が、

完成出来るまでになった。ほとんど気迫のみ、気迫の塊、言葉で表現すると浅くなるが
観る人にため息を吐かせてしまう・・・・そんな作品が作れるようになった。

そして今日のみどり。さくらのように具合の悪い人では無い。病気じゃない。
私には無理・・・と言ってた最初、さくらと同じようにね・・・そこで、

いつかさくらと話す機会があったら・・・・と進めた。きっとさくらが私もこうして
病気でも作れるようになった・・・・とでも言ったのかな?判らないけど・・・・

そもそもさくらに・・・と言ったのは、個人レッスンなら作りたい・・・って思えば
何とかなるよ・・・私みたいに・・・って言って欲しかったんだけれど、

強要したってメッキは剥げるし、そうやって教えて来たし、俺の弟子だし、
まっ何とかすんだろっ・・・・と丸投げ・・・・あはははは。

ただね、きっとかぐやとセットってのも大変になったろうし、さくらにはさくらにしか
出来ない事やって貰おうかなぁ・・・・とみどりを預けた・・・ってのが本音。

流石だね・・・ここまで押し上げるって言うのだから。名コ-チだなっ。
技術やセンスなんてのは簡単に教える事が出来る。しかしね、精神的なものは

一人で全部教えるってのは難しいのね・・・・片親だけで子供育てるように・・・
しかれば萎縮させ、なだめれば甘える・・・・さじ加減が難しい・・・・

たださくらも名コ-チだけれど、さくらさんとお教室を一緒にして貰えませんか?と
言って来たみどりも中々なのね。

確かにずぅずぅしいとも取れるが、聞いてくれませんか?・・・そうこれが委ねる。
良いか、悪いか?は相手が決める事・・・・ここを説明したくて長くなったが、

以前のさくらなら、先生の俺の前でも緊張して・・・と躊躇する人だったのに、
見苦しいとこ見せちゃうかも知れないけど・・・・と2つ返事。

弟子である・・・いつかこうして同席したい・・・と言う人が出て来て当たり前。
さっきの自分を下に置いた生き方ばかりしていたさくらが、

同席して貰えませんか?・・・・戸惑って当然なんだけれどね。
つまり仕事以外、よろしくお願いします・・・・って付き合い方した事無いもんね。

それだけさくらに興味持った人がいる・・・って事なのだ。しかも1回きりでは無く、
何度もね。それはモザイクをきっかけに2人の問題なのね。

2人にも教えたかったのは、さっきのニュ-ゆみのように、きちんと向き合うと、
支えたり支えられたり出来るようになる。最初は先人が支えるものだけどね。

支えて貰った・・・と思うのなら、いつか支えられるように・・・が恩返し。
その人に出来なかったのなら、いつか自分を目指す人達へ・・・とね。

志を継ぐとは?・・・そう言うのが伝承。なってきたんじゃないの?・・・katsu。

そんな中、次回作のラフを持って来た。ここまで来たのなら、構想の立て方に入る。


これは父と母らしいのね。ピンクのマフラ-が母で青いコ-トが父なのであろう。
じゃまずはテクニックだの、センスだのってくだらないものにこだわって

悩んで進めず諦める・・・なんて悪循環にならないようにも、そこから指導ね。

まず、母って女じゃん。貴方の考える女だ母ってどんな感じ?・・・・・
みどりは寄り添うだの、頭の位置を下げる事で昭和初期のような3歩下がって・・・に

近い表現をしたんだろうね。ピンクのマフラ-って言うので女である・・・を表現して。
ピンク=女とかかも知れないし、ただ自分が好きな色ってだけかも知れないが・・・

こっちはまずまずである。ここが大事なのね。こっちはまずまず・・・
そもそも同じ種類を2匹って言う事でバランスを考えれば同グレ-ドにしたくなる。

では父。本来の猫のシルエットは青のコ-トで消されてしまっている。
つまり猫を頭のみで表現しなくてはならない。

母の出来はまずまずである。ここを踏まえて良く見て欲しい。母の耳と父の耳。
母の耳は完璧に見えるが、父の耳はお粗末である。

こうやって比べれば、いかにまずまずの母に匹敵する、父を顔のみで描くってのが
難しい事に気付くはず。しかも後姿。でも無理とは言ってはいないのね。

ここに着目しろっ。ここを意識しろっ。そこに集中して描き直す事。まず1つ目。

次。母猫が父を好きなのは寄り添う事で伝わって来る。がしかし、父猫が応える様子が
全く伺えない。昭和の男ならどうするのか?を考える事。

こう言う繰り返しがみんなの好きな左右対称を生む。見た目のバランスも大切だが、
医学に西洋、東洋があるのなら、心ってものの左右対称ってのもあるはず。

心情とは?そう言うものである。今日の文鳥は上手く出来たね・・・それでは工芸。
心を入れるのなら気配りも必要となる。観た人の感情を揺さぶる事が出来るのが美術。

そこに芸を乗っけて芸術。じゃないのかな・・・?俺もみっけ中。

さてそれでは本当に教えたい事に入る事にする。今言った事はすべてがテクニック。
こんなもんは何回もやれば慣れて来る。

しかし本当に大事なのは、一体みどりはこの夫婦猫を使って何を表現したかったのか?
何を言いたいのか?見ている人達に・・・そしてこの夫婦に・・・

伝えたい事無し・・・それで何をどう作るつもりなのかな・・・・?
勿論、あるとは思うが、それがおめでとうだの、良かったねだの、羨ましいだの、

その程度ではまだまだ下絵に合格は出せない。そもそも今回は文鳥よりも大きい作品。
そんなロングランの作品をその程度の構想で始めさせる訳には行かない。

そこでこんな話を追加した。みどりのイメ-ジはおそらくこの下絵を映画に見立てて、
後から見ているような感じに思える・・・・みどりが・・・と。

もしそうだとしたら、この作品の監督をしているにも関わらず、この夫婦猫が見ている
先のものも描いていないし、どうしてここまで来れたのか?も判らない・・・・

せめてもしかしたらこんな事やこんな人がいて、こんな続けられて、こんな風になって
行って欲しいな・・・とか、なって行くの?とか、もっと掘り下げる事。と。

この夫婦は何を大事にして来たんだろうか・・・と。

監督の立場でもっと考える事・・・・人の人生を描くのだから、もっと心してやる事。
それを何回も何回も繰り返せば、偶然でもまぐれでも上手く行く時がある。

それが何個乗ったか?が大事になって来る・・・・この意味が判った時に振り返る
文鳥のモザイクは、すでに過去のものになる。

上手くなりたい・・・・とはそう言うもの。









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