今日は朝からリピーターさん教室からスタート。ただ大雨の中だったんで、大変だったと思うのね。と言う訳で、お教室は、自宅でやったコースターと前回完成した鍋敷きの縁取りが1枚剥がれちゃったらしく、その補修から。
感想としては、そんなに難しく無かったとの事。そんな訳で新作の下絵を見るものの、これは良くある話なんで、ちょっと説明すると、まず全体の大きさが決まっていたりして、尚且つその中にモチーフの大きさも決まっている。
更にそこにあれもこれもと入れた時、そのタイル切れる?ここなのね。例えば、判りやすく話を大きくすると、注文で家を建てるとする。土地の大きさってもんが決まっていると、庭があって花壇を作り、池も欲しいな、そして3階建てにして・・・
無理です・・・って事になるでしょ?つまりどうしてもその敷地に建てるなら、では3階建ての家だけって事で・・・になる。それは嫌だなって場合、土地を大きくして全部が入るようにする。とても判りやすいと思うのね。
所が良くある話は、じゃ辞めて他のにします・・・って事になったりするんだけれど、こんな場合、本当にそれが欲しいって言うよりも、何かフィーリングみたいな感じだったか、その大きさで作りたかった・・・そんな事だと思うのね。
つまり大きさ重視なら、それに合ったものを作る事になるし、逆に大きさよりも、モチーフに合わせる感じになる。これをまた例えると、作詞作曲の関係なのね。つまり歌詞が先行している場合、その歌詞に合った作曲が必要になるのね。
逆に曲が出来ている場合、当然そこに合う字数や、雰囲気に合わせないとならないのね。全く一緒で、考え方としては、絶対にこれ・・・ってモチーフなら、大きさ辞さずとすれば良いし、逆にフィーリングなら、他のを選ぶと良いのね。
残念だけどね。何故なら絵と違って、必ず制作に時間が掛かるのね。つまり本人が思う以上に掛かるとしたら?フィーリングでなんか決めたら、こんなに時間が掛かるのなら・・・って後悔だけが残るし、展覧会に出すなんて事でも無いと、
目的意識が特に無い分、心が折れやすいから、途中で辞める事も多々あるのね。そもそもどの人も本気に取り組んだ途端、その人にとっての大作なのね。だから本当に欲しいと思うものを選んで作ると良いと思うのね。大作は。
逆にコースターのような場合の利点は、どーぞフィーリングで何枚でも・・・なのね。例えば1枚作ったら、ちょっと色を変えるだけで同じデザインを繰り返せば、1枚目は考えて作ったが、2枚目以降はサンプルありき。大変さは格段に違う。
つまりお手軽簡単になるし、楽(らく)なら楽しい・・・に繋がる。気楽なんて表現も良いだろうね。また気なのね。じゃこれ何枚も作って楽しいか?・・・となると、普通は自宅にコースター50枚欲しい?って5枚もあれば、飽きるまで十分。
となると、少し大きく鍋敷きとかになる。そして少しずつ大きくして行くんだけれど、この方の場合、その普通が当てはまらないのね。全てあげてしまうから。手元に残さないらしいのね。だったら何枚作ろうが問題は無いのね。
ただ同じ事の繰り返しをし続けると、例えば違うデザインにしても、またコースター?って気持ちになる。これを更に例えると、またバラード・・・とか、またカレー・・・みたいに、いくら何でもみたいな気持ちに早かれ遅かれ、そんな事になる。
ただもしそのデザインの使い回しは無し・・・って言うと、1枚目と同じか、それ以上、もっと考えなくてはならなくなり、難しくなって行くのね。例えば、新車を発表するとして、最初はどんなデザインでも良いが、フルモデルチェンジを
するまでは、マイナーチェンジとして、ちょっと変わってる・・・なんてのもある。いずれにしても、オリジナルの勉強って言うのは、常に考える・・・って事なんで、大事だけど、ずっとは疲れるのね。逆に腕の進歩って言うのなら、同じ
事の繰り返しは大事な事なんだけれど、これもまた繰り返しは疲れるのね。でもこれもまた、この方は大丈夫らしいのね。つまり同じ事を繰り返しても、手元には残らないし、同じ事の繰り返しも別に平気となると、全部いつもと違うのね。
それならデザインを変えて、また鍋敷き・・・を作るにして、新作のデザインの拡大だったり、検討する時間となるから、丁度良い息抜きな感じで鍋敷き制作が出来そうなのね。それが次回までの宿題みたいな事になったのね。
この方は労作展の子達と一緒で、ここでやった事の繰り返しで、自宅制作の時間の方が長い方なんで、ここで制作と言うよりも自宅でやる為の準備とか、注意点なんて指導になるのね。だから製作段階の画像がめったに無いのね。
そんなこんなで終わった後に実家。みーちゃんと待ち合わせで、病院やら役所回り・・・色々野暮用。帰って来たら、今度は仁科さんがいらして・・・そんな訳で、その後に浦安の魚作品を彫った中の下絵写しでいっぱいになっちゃったのね。