katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

かぐやが帰って中学生教室

2019-12-22 02:02:31 | モザイク教室
今日は朝、かぐやを駅に送ってからアトリエに。その後、リピータ―中学生の初日。一体どんなものを来年は作るのだろうか?その時に例えば、今回作ったモノが、模写的なものだったとする。例えば、有名人だったり、名画だったり、その時にもし来年も同じだったりすると、これをジャンケンで例えると、グーを続けて2回出す感じになる。となると、3回続けて出すのかな?と思ったりもする。勿論、逆も同じで、オリジナルでも2回

続けば、やはり3回?なんて言う事があるかな?と人に思わせる。つまりグーが2回続くと3回あるかな?となるのか?それとも2回目をチョキやパーとしての、模写の次はオリジナルとか、逆のオリジナルから模写となるのか?みたいな、単純に2通りは簡単に浮かぶと思うのね。

更にアドバイスとするのなら、音楽のA、A`みたいな微妙に変える考え方があったりすると思うのね。更に展開としては、大きく変わればBみたいな。つまりこれを当てはめると、模写で始めたのなら、模写っぽいとか、模写風味、模写モドキになると、A`になると思うのね。それで3回目・・

そこでオリジナルとなると、段々とステップアップしているように見える。つまり、考え方としては3年続けてやるに当たって、最後の年にオリジナルを作る為の伏線となる2年間があり、物事は最初は真似から入るなんて言葉があるように、最初は模写でスタートを切った事になる。

所が2回模写を続けてしまうと、グー3回・・・みたいな事になると、では果たして1回目の作品を超えられる作品が作れるかな?となった時、作る側も見る側も新鮮さを失う事が多々あるもので・・・。しかも今回は全員受賞となると、自分超えはそう簡単じゃない訳で・・・。

例えば、1年目は初めてだったから、真似して出来た・・・これだけでも十分満足度もあるし、自分の好きなものが作れた事で喜べたはずなのね。所がまた自分の好きなものを選んだとすると、何か違和感を感じないかな?例えば、飛行機が好きって1年目だとすると、次は新幹線とかになり、

最後に車みたいになるとして、あぁこの人は乗り物好きなのね・・・って感じになる。所がそれぞれ特徴が違うから色んな事が変わって来るのね。例えば学校に持って行くサイズとして常識的には1m以内だと思うのね。となると、何を作ってもその大きさの中に収める事になる。

では飛行機を入れたとすると、恐らく横から見た飛んでいるような感じになると、長方形となり、上下に空間が出来るから空を作る部分が多くなる。つまり3分の1が飛行機で3分の2は空みたいなね。では新幹線は?前からなの?横からなの?全部入れるの?って描き方1つで大きく変わって来る。

更に車なら?恐らくこう考えると、めいいっぱいモチーフを大きく作れるのは車だと思うのね。しかも車は別に動いていなくても良いし、プラモデルの箱の絵のように、車以外は白一色でも絵になりやすいし、空や景色が必然とするような他の2つとは違う感じがするのね。

更に言えば、作り手本人が一番好きなのはどれ?って事になると必ず順位があるのね。その時にいくら全部好きって言っても、欲有りがちなのは、あっ、これ使っちゃったかぁ・・・つまり好きな順に選べば3年目は3番目って事になる。これではいくら3年目に切る張る技術が長けても、

果たして自分越えに繋がるだろうか?・・・いずれにしても、A`の意味を判って貰えたようだから、少し前進したと思うし、方向性もお互い確認出来たと思うのね。そんな後は、多肉植物のモザイクを張り終えたのね。



そこでさっきのA`の考え方が必要になると思うのね・・・いきなりのオリジナルでは無く、模写との間に当たるAでは無いけれどBでは無い。ではそれはどんな形なのか?その一番判りやすいのが、ハンドルネームが監督って言ってた、あの子の作品のゲルニカ・・・これがヒントだと思うのね

そんなこんなで、方向性は決まったんで、持って来たモノをいかにA`にするか?・・・となったのね。そんなこんな後は、アトリエの床の張りの濃し2か所、多肉植物の玄関を張るのは終了させ、階段のペンキの塗り残しと板張り・・・それで結構良い時間になっちゃったのね。

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多肉植物の玄関と男前トイレのモザイク

2019-12-20 23:48:40 | DIY
今日はかぐやの最終日。昨日無理したんで、ようやく本題のモザイク玄関とトイレの床。まずは昨日仕込んで置いたアトリエ玄関からカットから。そんな中、こちらは下地が木なんでボンドで張る事になったのだけれど、すーさんがこのボンドとこの目地使えよ・・・と持って来てくれて

更に全部張ると上がり降りどうしようか?と困っていると、橋を架けてくれて・・・ただこっちに時間をこれ以上取る訳にも行かず・・・少し残しでトイレへ・・・。ただ思った通りの多肉植物の玄関になったのね。こっちはアップは完成後、後ほど。ただ完成していないが中々満足。

その後、遅めのお昼を食べて、お次のトイレはOSB合板って木を使ったら、かなり男前チックになり、そこでこんな事になったのね。


アトリエは環七に近いから・・・ここで昨日意見を出し合って、俺は座った時に模様が中心になるのを推したが、かぐやは入り口に・・・となり、かぐやにこちらは任す気だったので、かぐやの意見を採用したのね。俺はアトリエの玄関に自分の意見を通したんで・・・。まぁ、男前より

可愛い方が、俺向きだし・・・ね。そんなこんなでかぐやとのリフォーム&片付けにモザイク・・・かなり駆け足で過酷な感じになってしまったが、その分、出来栄えには満足はしているんで、来年のアトリエをお楽しみに・・・。

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かぐやと玄関のリフォームのはずが・・・

2019-12-20 07:23:14 | DIY
今日は予定としては玄関のモザイクのはずだったが、大家さんが仕事をしていた事に加えて、アトリエ内の床張りの移動で荷物が散乱しているので、それを元に戻す事の方が先決になり、更に雨・・・もう外に出てやる感じでは無くなったのね。所が何しろ片付けが苦手なんで、モタモタ感

満載な俺をよそにかぐやがシャカシャカ片付けて、果てしない片付けが見る見る間に歩く所が出来て・・ただ本当の片付けは自分でやるにして、土曜のお教室が出来るようにする位だよ・・・って感じらしく、それでも丸々1日片付けと掃除で終わってしまうのかな?と思ったので、それを

考えると十分な話で、そんな中、今まで乱雑にしていたり、販売用の作品を壁に吊り下げる為のリフォームもやったりして、単なる片付けや掃除で終わる事は無くなって・・・更に今日の分の挽回と言う事で、夕方には大家さんも雨も片付けも終わり、電気を付けて夜なべで準備になって、


玄関タイルの割り付けと後は張るだけ・・・となる様に、サンダーを使わない、音の立たない切り台で仕込みをして、更に何処にモザイクを入れるか?となるのだけれど・・・正直、今日の1日が凝縮したって時間だったんだけれど、例えばこのモザイクの時間、どっちが主導権?みたいな話。

例えば単なるタイル仕事だとしたら?確実に俺になる。ではモザイク部は?となると、かぐやの実力を知っている人なら、当然実力者であると、さっきのタイルの時のような、おどおどしているかぐやでは無くなる。まぁこんな単純な話では無くて、掃除なら?立場は大逆転。俺は口出し出来る

状況では無くなるし、片付けにしても、全く何をして良いか?判らないから言われたままになる。つまり出来ないか?出来るか?のどちらか?の場合、とても判りやすい関係性も、ではリフォームは?となった時、どちらも明らかに素人・・・どちらかが必ず正解ってものが無い。そうなると、

お互いに思っている事が違って来る。例えば設計士は図面やデザインだけで作れない。大工は建てるだけの人もいるし、図面も引ける人もいる。しかし、果たしてデザインは?となると・・・もっと判りやすくすると、こうしたいってお互いがぶつかる可能性があるのね。でもそれはそれで、

一緒に作るって言う事はあって当たり前なのね。問題はぶつかり方なのね。私はこうしたい・・・俺はこうしたい・・・なら簡単に素敵なデザインの方や、金額に見合ったとか、何かしら折り合いの付く方にすれば良いのだけれど、俺はどうしたい?って聞いたりする方なのね。ここが問題で

苦手な片付け、掃除にどうしたい・・・って事は一切無いから、単なる手元になる。かぐやもタイル張りなら苦手意識があるから、教わりたい気持ちが強いだろうから、お互いであっても、問題は微妙な事の場合、例えばペンキの色1つでも、壁を緑にしたかったのは、緑のペンキがあったり

、それによって床のタイルに緑が入れやすい・・・そんな事もあっての事なんだけれど、余っていたペンキの緑があって・・・ただ、そこは買ってでも・・・って言うかぐやの意見は、流石に俺も塗ってから、これじゃないかぁ・・・って気持ちになり、結果を見ての是正となる。

ただ、下塗りと考えれば、それはそれだったし、大したロスにはならなかったが、例えば木剥き出しの色合いはどうだろうか?って提案されると、そう言うもんかぁ・・・と受け入れる俺は、全て塗れば良いと判断をするから、疑わずに思い込む。しかし、微妙な判断な場合、ここは塗らない

って、何が?どうして?どんな理由?が判らないと、意見が食い違う事になる。つまり責任者になったら、下に付く者にきちんと理解させないと、作られたマニュアル通りに進めてしまうと、微妙なさじ加減の時は、きちんと説明しないと、自動的に進められる事になる・・・。

しかも、それが手慣れれば手慣れる程、進み具合は早く、取返しの付かない状況に進んでしまうのね・・・だからこそ、伝達は大事だし、一歩先を読まないとならなくなるのね。その時に、もし自分の意思とは違う方向になっても、いかにリカバリー出来るか?が問われるし、上の責任

って言うのが問われたり、技量って言う事にも繋がるのね。つまり自分が出来る・・・と判断すると、つい何故出来ない?って言いがちになるもので・・・ただ本人にその意識が無いと、傲慢になるし、しかしそれが気が付かない事がある。一緒に作るって事で言えば、技術の前の事を、

勉強している・・・お互いに。腕は確かに大事だが、名プレヤーが名コーチや名監督になるとは限らない・・・今日の1日はそれが全て。予定通りにならない時、何が出来て、何が出来なくて、どうすれば最善で・・・と。ただ片付けや掃除で折れていたのを救われたのも事実で・・・。

中々良い時間だったと思うのね・・・恐らく一緒に作るって言う意味は十分伝わったと思うそんな1日は短かったような長かったような・・・。

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かぐやとアトリエのリフォーム

2019-12-19 07:17:34 | DIY
今日はかぐやとアトリエのリフォーム。まずは床の張替えの続き・・・物を動かしながらなんで、とんでもない状況になって・・・何とか後、半畳位までになって・・・後は片付けで物を寄せないと無理なんで、階段へ・・。昨日塗ったペンキが不評だったんで、塗り替え。

何でそうなったか?って言うのは、余っていたペンキがあったからなんだけれど、そのペンキは若草色で、それは以前カエルの下地に使ったもので、明る過ぎたんだろうね・・・そうかな?と思ったものの、まぁ最悪下塗りだったって事でも良いかな?位に思っていたんで、躊躇なく塗り替え

となったのね。更に階段の張替え。昨日ホームセンターでカットはしてあり、更にワックスも塗っといたんで、スムーズに張り替えられて・・・これで後は、壁に作品を飾る為の垂木かなんかで、ビスを打てるようにする予定なんだけれど、大家さんの意向の土足厳禁になったのね。


それからトイレの棚を作って、ようやく本題のトイレの床とアトリエの玄関のモザイクの話になったのだけれど、トイレの棚をOSB合板って言うのを使ったら、ちょっと男前チックに仕上がってしまった事で、かぐやの提案で可愛いデザインでは無く、アメリカンチックな・・・って事になり

・・・最初は文字を入れる・・・なんて事で、ここのトイレはガレージの中にあるから、GARAGEとでも入れる?なんて提案もしたが、確かに悪くは無いけれど、お客さんが女の人が多いので、どうかな?とか、色々話している中、文字のみよりはデザイン性も欲しいよね?ってな話も出て・・・

そんな中、ルート77ってマークが人気あって、じゃあいっそ環七沿いなんだから、ルート7にでもする?って事になり、それから大きさ決めと下絵を描いて、何処に入れるか?割り付け図面を書く事になり、真ん中に入れたいとなると芯割りって言って、割と手間の掛かる張り方になったのね。

例えば片追いなんて方法だと、30cmのタイルを使って85cmの場所を張ろうとすると、30cmを2枚と半端が25cmって事になる。つまり1枚切らないとならないのね。所が芯割りって言うのは、真ん中に30cmを入れるから、残りが55cmになり、それを半分にすると27.5cmになるから2枚切る事になり

・・・1列で倍の切る手間が増えるのね。ちなみに細かい事を補足すると、職人はmmで表現するんで、30cmのタイルは300角とか、1mは1000って言うのね。それとさっきの計算は目地を引いていないのね。ただみんなに判りやすい説明には複雑過ぎると思ってね。何故こんな事を補足するか?

って言うのは、時々こう言うのを上げ足取るような事を言う人もいるのね・・・だから知ってますってアピール。なんて言っても、ここまでのリフォームは何とかやった事だけれど、ここからは本業なんで、結果は当たり前に出さないとね・・・と思っているのね。

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かぐやがやって来て・・・

2019-12-18 07:50:23 | DIY
今日は午後から、かぐやを迎えに行っていよいよアトリエの本格的にリフォーム。そんな中、大家さんがいて、ちょっと相談・・・って事で、色々と聞くと、みんな知恵を借りて解決してくれたんだけど、その中の1つに折角部屋の床を張り替えたのなら、いっそ階段も土足厳禁にすれば。

って。しかも玄関にタイルを張るなら尚更・・・って。そんな訳で、階段も張り替える事になり、ホームセンターでカットして貰って、複雑な所は自分でアトリエに戻ってカットして、その後はクロス以外のペンキ塗り。そんな事をしていると暗くなったんで電気を付けたりしていると、

また大家さんが来て、臭っ・・・古い水性のペンキ使ったろっ?・・・って。確かに・・・すると、水性ペンキって古いモノは水が腐るんだよって。えっ?・・・そうなの?でも、それを聞くと、以前大家さんが年末にチャーシューを作っている時に、水を使わないとスープが長持ちする・・

って言ってたし、なるほどね・・・理屈は一緒って事ね。なんて、1つを手に入れたらを、それとは別の事を考えて、何か他の時に使えると、その考えた行為こそが想像力だったりするのね。そうなんだ、有難う・・・では、その時だけ助かっただけになる。けれど、1を知ったら10を知る的な

発想はこんな事から始まると思うのね。こう言うのは繰り返す事で力になる。って話は戻して、昔のアトリエの時のリフォームとは内容が全く違うので、来年のアトリエはそこそこ綺麗になってお迎え出来るようにするんで、お楽しみに・・・。

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今年最後のデイ・サービス

2019-12-17 07:13:33 | デイ・サービス
今日はキウイと今年最後のデイ・サービスへ。絵馬の下地を作る時、他の下地と違って1年を振り返る・・・なんて事を月並みだけれど、してしまったりするのね。このデイ・サービスって何年目だっけ?みたいな。そうした時に、確か犬を最初にやって・・・そこから本格的に行くようにかな

・・・?って事は、いのしし、ネズミだから、丸2年・・・25回。結構やったのね。そして有難い事にまた継続されて行く。良くラジオなんか聞いていると、番組編成時に継続されたパーソナリティが、また来年もよろしくお願いします・・・なんて言っていたり、逆に卒業みたいなセリフの

打ち切りなんて事を耳にするが、単に、いち聴視者なら通り過ぎてしまう事も、自分にも置き換えて考えてしまうと、継続される事が有難いな・・って言うのは身に染みるのね。これも、昨日の話と同じで、良くも悪くもまた・・・と続けられるって言うのは有難い話で、続けられれば

是正も出来るが、終わってしまえばそれまで・・・勿論、そこに執着し過ぎれば、無くす気持ちはダメージは大きく、逆にクールにまた次と行けるのなら、それも新しい何かが待っている・・・とそれも良いとは思う。がしかし、そこで全力でやったか?だと思うのね・・・大事なのは。

そう言う点では、こんなに毎月毎月サンプルを作る場所は無かったんで、とても勉強になっている。ここが大事で、例えばカルチャーのような、年に何回かの募集の場合、短期なんでその回1回だけになる。そんな場合、例えば1月から12月の中で、どれでも1つ選べたとしたら何月が良い?

となったら、ハロウィン、クリスマスは鉄板かな?と思ったりする。でも夏なら子供がターゲットなら良い気もするし・・・とか、先生側としては、こんな事を毎回考えたりするのだけれど、全てそれは先方からの依頼での対応だから、行く場所の年齢層にも大きく集客に関わるのね。

そんな中でのデイ・サービスは、年老いた方達であり、一体どの位出来るのか?となると、初めての事だらけで、正直この位かな?この位かな?と手探りな下地だったりする。そんな中、何度も続いていると顔馴染みの方も出来て、名前も呼べるようになると、考える事があるもので・・・。

それは一体、何個作れるだろうか?・・・作れば残る、飾るものは家の中に何個・・・とね。その時にイメージするのは、作ったモノがお孫さんやお子さん、友達・・・誰でも良い、欲しいって言われた大事な人にプレゼント出来たりする・・・そんなイメージだったりするのね。

自分の為に作るのでは数に限界が来る。しかも評価を共有出来ないと、単に自己満足だけでは続ける事は中々難しいもので・・・しかも一番難しいのは、上手くなりたいとか、宿題、作品展に出す、大事な人へのプレゼント・・・と、こう言った場合のモチベーションは作り手の気持ちを

奮い立たせるには都合が良いが、例外中の例外で、デイ・サービスの場合、作った事を忘れてしまったりもする・・・そんな場合、1回1回を楽しむ・・・事になる。けれどお年寄りが作ったから・・・って言うのは、子供が作ったものと同じような扱いになりがち。でもね、それを何とか

打破したいのね・・・えっ?これ作ったの・・・って感じに。こんな事を言われるものは、欲しいぃぃって言われるだろうから。それによって、大事な人にならあげる事が楽しみになる人もいるだろうし、今度は自分の作ろうかな?みんな持って行かれちゃっているから・・・って。

今日もそんな言葉を何人かから聞いたのね。それならまだ続けられると思うのね・・・だってモザイクだけじゃないものね・・・いっぱい色んなものを作っているだろうから・・・そんな気持ちが12月は強くなったりする・・・と言う事で今日は10名。


ただ結構苦戦していたのね・・・確かに耳の穴を作った後の廻りは細かくなりがちなんで、時間は掛かると思うんだけれど、もう少しすんなり行けるかな?と思っていたから・・・これでは次回の招き猫はもう少し工夫が必要だろうな・・・。ただ、みんな苦戦はしたものの、こうして

完成すると、個性的な仕上がり。良いお正月を迎えてくれると何よりなのね。


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たわいも無い・・・そんな時間

2019-12-16 01:51:22 | 休み?
今日は何と無く実家へ・・・そうね、梅宮さんが自分の親より年下で亡くなった・・・そんな事も理由の1つだけれど、ちょっと相談みたいな事があって・・・それは前々から考えていた事なんだけれど、両親がそんな歳で一緒に働いているのだけれど、今年で辞める事になった。

単純な話なら、もう良いじゃん・・・そんな話。そして本人達も仕事を辞めたら呑気になってしまうから、夫婦一緒に歩こうなんて考えているようなんだけれど・・・ん・・・確かに体力維持って言うのなら、それは運動量としてだけなら、それも良いだろう。ただ1つ言いたい事がある。

それは良く心と体とか、まっ何でも良いんだけれど、こんな言葉に当てはめると、じゃこの場合、体は鍛えりゃ良いって言うのなら、仕事をしていた分量の運動をすりゃ良いだけの事って言うので解決なのだろうが、では心って何だ?・・・つまり運動、そんなものは誰もが判る事。

でも心って何だ?そんな話なんだけれど・・・別にその話がしたかった訳じゃ無いが、話の流れで言いたくなって、俺は2人の子供って言う前提なら話したくは無いが、お金を取って人に話す先生と思ってくれるのなら、真面目に時間を取って話すつもりがあるのだけれど・・・と前置き

すると、眼が聞く気があるので、まず何で働いていたのか?この歳まで・・・その時にお金の為ってだけなら、話はおしまい。でもね、もし恩義やら、忠誠心やら、そんな気持ちが少しでもあったのなら?それが気持ちを突き動かしていたんじゃないのか?その歳まで・・・。

では、違う角度で考えて見ると、ではもっと良い条件で、もっと近くで、賃金も良く、楽だったら続けたいか?違うだろうね、きっと。そうね、きっと先方はどんな形でも、2人が来るって言ったら、仕事量が減っても続けていて良かったんだろうね・・・きっと。

生前、良くして下さった会長さんが、2人を気に入って下さり、引き続き社長さんも良くして下さっていて、近々の2度の父の入院時でも、お袋1人でやっていた事を踏まえると、能率が悪いとか、先が無いなと判断するのなら、とっくにクビなはず。もっと言えば続けられないですか?と言われたらしいのね。

だから、辞めると決めたのは2人の方。こんな話を聞けば、年齢的に辛い事もあるだろうが、またどちらかが、入院だったりした時にきついだろうし、もっと言えば、やらなければ・・・迷惑掛かるし・・・って責任感みたいなものを背負うのが大変だったんだろう・・・と察する。

つまりこの関係性からも、多くを望まない先方と、それに甘んじない2人の関係が生んだ職場だったんだろうと伺える。つまりもうこんな職場とは出会えない・・・そんな場所が無くなる。そして自らそれを選んだ。そしてそれは職場を無くしたのでは無く、仕える場所を失ったって意味。

昔親父は小僧と言って、職人になる為の修業をした。母は子供の頃から家庭環境から女中のような事をやったらしい。つまり両親共に良くも悪くも人に仕えるって言う生き方をしていて、俺はその子供と言うのなら、その両親の考え方を持った人に仕えるハイブリッドだと考える。

親父は男社会でしか仕えていないし、お袋も女社会の中の話。俺は2人共の考えを持った教えの中での人に仕える事を学んだと思われる。がしかし、所詮格式がある所では無いから、仕えた場所、人、環境等が低いか?高いか?で内容は一緒であっても、言葉使いや作法、所作と考えたら、

まぁランクは低かろう。ただ、いずれにせよ仕えるって事については、人よりも長けているべき。勿論、身に付いていればの話だけれど。要するに心の部分って言うのは、最初は会長に仕えた事で始まった事が、いつしか会社ともなり、もはや会長亡き後も仕えた・・・そんな話。

良く言う犬は人に付き、猫は家に付くみたいなね。それを両方やってたみたいなね。そんな大事なモノを失うって言うのは、主を失ったハチ公のようなもの。つまり来年から2人はそうなる・・・それを伝えたのね。心の部分とは、そんな話。無くすものは非常に大きい・・・。

何でもそうだが、若い時は友達でも、習い事でも、テレビでも、お付き合いした人でも、いつか終わりが来て、その時は寂しかったりして落ち込んだりするも、また何かそれに代わるものがあって、忘れるって能力を使って、いつしか思い出に変えて行けたりもした。しかし、それは

若い時であって、行動力があった頃の話で、新しい事、場所、環境を変える事での出会いなんて事から起こったもので、歳を取って行動範囲を狭くすれば、当然新しい出会いは少なく、逆に言えば死んで行く者の方が多くなるのだから、悲しみの方が多くなるのは当たり前。

これは演者とファンの関係でも一緒。自分のファンの年齢が同じような歳なら、ファンが死んで行く訳で。新しいファンを得ないと減って行く訳で。しかし、新しい事をやると、古いファンが昔の方が良いなんて言って見たり、逆に新しい事を気に入ってくれた新規のファンが増えたり

・・・これが生き様。つまり古い友達だけなら、減る一方だし、新しい友達は普通は動かないと得られない。勿論大スターにでもなれば、向こうからやって来るだろうが・・・。単純に仮に犬でも飼うと、犬友達なんてすれ違うだけでも話が出来たりする。もはや合法なナンパ。

それでも出会いがある。話しやすいし、話し掛けられやすい。ただ生き物は必ず死ぬから、いつか悲しみを背負う。常に良い事と悪い事は背中合わせ・・・そして人も生き物・・・仲の良い両親もいつか必ず、俺のように1人になる。俺は1人のベテランになったから、それが良く判るが

これから仲の良ければ良い程、ダメージを受ける事になる。しかも、では来年仕事を辞め散歩に行くと言っていたから、その道は思い出の道になるのだろう・・・その時に思い出すから通らない道になるのか?思い出す為にお墓参りのように時より行きたくなる場所になるのか?

ただ、私のお墓の前で泣かないで下さい・・・との名曲は、そこには居ないって言ってる。何でも良いが全てが心持ちであるって事。みんな知っているし、いちいち言う事じゃないと言う人もいるが、葬式のお坊さんの説法はありがたやぁって聞く訳だ。当たり前の話なのに。

要するに一緒にいる事をいる間に楽しんで、その日が来るまで思い出を拾い集めれば良いだけなんじゃないのかな?それと話を戻すが、仕えるって続きになるが、仕えるって言うのは理想は信頼関係なんて言えば良いんだろうが、芸の為なら・・・なんて歌もあるように、芸に惚れると、

許さないとならない事が多くなるし、人が良くても芸が下手では着いて行けない。ただこんな単純な事なら、誰でも判るのだが、そんな単純な話では無い。そもそもが本当に芸が達者な人は、きっとその、人となりやたたずまいや、所作など色んな事が人知れずあるんだろうね・・・・

しかもそれは上っ面で顔見知り程度では判らないもので、深い付き合いで、良い事も悪い事も知った上での事だったりすると、それは夫婦の関係でもそんな事はあるのだろうし、所詮単なる血が繋がっているだけでは判らない、他人であるのに分かち合う考え方とも似ている気がする。

つまり何か仕えるには、仕えたい何か?が無いと、成立しないだろうし、何も無ければそれは仕えるでは無く奴隷になってしまう。話を戻して、そんな2人に・・・って訳には行かないが、親父とは、俺と最後の思い出作りって言うのなら、最後に一緒にタイルを張るか?・・・そんな事を

考えていた。まだ元気なうちに、親子で同じ職業をやっていた証として・・・まぁこれが長嶋親子ならキャッチボール、貴乃花親子なら相撲って話で・・・すると、材料代位出してやるから、ここに作るか?って言うのね。まぁ親父らしい発想だな・・・まぁ聞いとくれ・・・。

その考え方は、長男なんて縛りのある生き方で無く、自由に生きられた末っ子のような、はたまたひとりっ子のような自分の考え1つで何でもやって来た発想だな。相変わらず・・・自分の物差しで俺を計らないで欲しいんだよね。まず誰の為にやるのか?恐らく親父は俺の為。宣伝の為

みたいな感覚なんだろうね。まぁ親の押し付けの愛情だな。では俺なら?折角仕えるのハイブリッドなのだから、誰かの為になると良いよな?と思ったら誰の為にやる?それを俺が親父との思い出作り・・・と言えば、結果的にはじゃ実家に・・・と一緒になるんだけれど、それでは凡人。

人と違う事をしないと・・・と教えたのは貴方。何を寝ぼけた事を言っているんだか。つまり実家に作る事では無いのね。では何処か?と言ったら、親父が今世話になっている人の家・・・そこへ親父がお世話になってます・・・親父との思い出作りに作らせて貰えませんか?って、無料で

作らせて下さい・・・場所だけ下さいって言ったら、ダメって言うかな?もしやれる事になったら、親父が死んだ後も俺はその人達と付き合いが出来るよ・・・そして親父は生きている間、感謝されるよ・・・何故なら、俺は失敗するつもりが無いから。やるのならね・・・。

ただ、それには1つハードルがあって、もしその人がタダでやって貰った・・・と言ってしまったら、親父は他の人達に責められ続ける事になる。何でその人だけ・・・と。勿論、俺は誰でもかれでも出来ないからね。だから大事な人1人・・・。リスクある話だけれどね・・・。

もし話が決まるようなら、かぐやを入れて3人でやろうと思っている・・・本当はみーちゃん呼びたい所だけれど・・・。こんな話をしたら、親父が昨日小僧の頃の夢を見たって・・・。兄弟子達がどんどん張るのに、俺は全然出来なくて・・・何で今更そんな夢って・・・って。

何と無くそれを聞いた時に言いたい事は別にあったが、もし一緒にやる事になったら?俺とかぐやと一緒では、正夢になるかもね・・・と言って見たのね。そんなたわいも無い話をしてアトリエに行ってリフォームの続きをして、今日はおしまい。いつかこれも思い出・・・。

ただもう1つ気になるのは、親父の体調・・・元気そうに見えても、場所が近所でも、寒空で風邪など引かせれば、老人には致命傷になるのかも知れないし、地味な仕事で座っているだけだが、疲れたりもする・・・本当にすべき事なのか?・・・確かに思い出にはなるが・・・

何も無ければ良い思い出、あればやらなければ良かったのに・・・そして一番悔やむのは、やらずに亡くなった時・・・やって置けば良かったって気持ちを残して・・・さて一体、何を選択するのだろう?・・・生きていると、必ずこうして選ばないとならない事があったりする・・・

いずれにせよ、俺らしい・・・親父らしい・・・そんな、らしい・・・結果が待っているんだろうが。


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今年最後の亀有カルチャー

2019-12-15 06:51:26 | モザイク教室
今日は今年最後の亀有カルチャーの日。これがまさかの1日になるとは思わなかったのね・・・一体何してるんだろう?って。ただ本当は正確に言うと昨日の夜から始まっていたんだけれど・・・。確かリフォームしていた日だったと思うのね。その日にリピータ―さんがやって来たのね。

それがスーパーで転んで骨折した・・・と1か月くらい前に連絡があって、お大事に・・・と言うような話で終わっていたが、治っていないけれど、少し気持ちも落ち着いたんで・・・って事で、予約の話だったんだけれど・・・。まだ左手を包帯で吊っている状態で、とても痛々しくて、

しかも、そのスーパーって、アトリエから歩いて行ける所だから、馴染み深く、しかも救急車で運ばれた・・・と聞けば、その病院さえも、大体は想像付く場所で・・・そんなこんな中で、わざわざ来て下さって、しかもご予約まで・・・。これを踏まえて、昨日の夜にかぐやと話すと・・

予約は無い?って、いつもの確認をした時に、昨日予約が入って・・・とその話をした時に、あっその人の下地を忘れてた・・・明日使うんだった・・・とその夜に、急きょ作って・・・何とか仕上げたのね。あぁ、これで間に合った・・・と。それで、この1つを忘れたって事が不安になり

亀有カルチャーの支度を始めたんだけれど、その支度にイレギュラーな事が2つあって、1つはご新規の体験があるって連絡を頂いたものの、サンプルを出していない状況での話だったので、担当者さんに伺うと、先方は何でも良いらしいです・・・と言うのね。何でも良いって言われても、

・・・そこで絵馬と小さめに急きょ作ったクリスマスツリーを持ったんだけれど、もしかしたら形になっているモノじゃ無くて、自由に作りたい・・・となったら?と思って、縁取りだけの下地も持ったのね。これで1つ目は解決して、もう1つはkameyaのりょうさんが、自宅で進めたいから

タイルを持って来て欲しい・・・との事で、そこで渡す事になっていて・・・その準備もして、後は朝アトリエに寄って積み込めば良いって所までにして置いたのね。所が自宅に帰ると、タブレットをアトリエに忘れたみたいで、戻ったついでに積み込むか・・・って事で積み込もうとして

その前にトイレに・・・って置いたままで、その後に積み込んだのね。さてそんなこんなで、いつものようにブログを入れたし、積み込みも終わっているし、さて出発・・・といつもの時間でいつものように、カルチャーまで後5分なんて所のコンビニでパンを買って、時間調整・・・。

ただ余裕もあって、何と無くトランクを見ると、ん・・・えっ?この袋違うんじゃ無いか?・・・と開けて見ると、木を切ったものを入れて置いた袋・・・あっ、昨日の晩に積み込む前にアトリエの前に置いた時に、黒いいつものバックと下地とかイレギュラーなものを入れた袋の2つ目の袋。

そう言えばその横に下地を作った時の残りの木の袋あったよな?・・・間違えてんじゃん・・・と引き帰す事になったのね。ただ渋滞も無く、6分前に到着したんで、大丈夫と言えば大丈夫だったんだけれど、いつもは30分前に到着しているんだけれど、流石にこんな時間じゃ駐車場も、地下

のいつもの入り口付近じゃ無くて、4階とかになり、遠くなってしまったりしたものの、間に合ってはいても、そのご新規さんが既にいらしていて・・・まぁお恥ずかしい限りなスタートとなったのね。ただ、他の2人もいつもよりも若干遅めで、お待たせする事は無く、何事も無く・・・

黙っていれば済んだ話も、受付でも2人にもこんなでした・・・と戒めな気持ちもあり、更にタイルを取りに来たりょうさんにも、話して・・と、今までこんな事1回も無かったのに・・・と情けない気持ちと、大きなミスじゃなくて良かった・・・って気持ちの中でのスタートになった

のね。そんなこんなのおかみさんから。まぁ昨日のキウイに引き続き、凝りに凝ったツリーになったのね。そこで、俺のサンプルとおかみさんの作品を置いて、3人に見て貰ったんだけれど、きちんと目を養う為にも、どちらの質が良いか?って判断出来ないと上手くならないのね。

その時に好みなんか聞いていないのね。質の良さを感じる練習。何処の場所が素敵に見えたか?何が良いか?気に行った所は?と何でも良いから、感じたままの感想を言える練習。これが初歩の初歩。それを遠慮したり、忖度したりすると、全く上手くならないのね。つまりはっきり、俺の

サンプルでは無く、半端無くおかみさんのが良いと感じるべきなのね。ただ体験の方は仕方無いと思うのね。そりゃ遠慮だって忖度だって、初対面・・・でも、もう1人の方はアトリエに来るようになった人なのだから、親密度も上がった。それなら容赦無く選ばないと・・・。

もうここまで作られると、一瞬キウイ?・・・って思える位の精度だったりする。つまりこの下地では甲乙付け難い腕前になったと言う事なのね。ただ、これが鍋敷き、テーブル、大作・・・みたいに大きくなればなるほど、その差って言うのは広がるけれど、それ位、質の良い仕上り

なのに、俺が作ったとは言え体験用のサンプルでは、勝ち目は1つも無い。お見事な仕上がりなのね。ここまで作れれば楽しめたと思うのね。やれる事はきっとやり尽したろうし・・・。それではもう1人の方。

この方は、例の流しの方なんだけれど、この2つを自宅で作ったらしいんだけれど、何回かやらかしちゃった・・・って言われると思うんですが
・・・と言ってたから、一体何をしたのかな?・・・と思っての初見の感想は、あぁこの事ね・・と思った箇所2つ・・・。ではツリーから。

このツリーは何度と無く色んな人が作ったから、良く見ている人はこのツリーの特徴を1つあげると何?って聞かれた時に何て答えるかな?って言うと、間違い探し的発想だと、何故黒目が無いの?って言うだろうね。まずシンプルにそこを聞くと、雪だるまをあの有名な雪だるまに寄せると

、タイルで作るには難し過ぎるので、マジックで書くつもりだから・・・なるほどね。じゃ力量を考えた上の事で、下山と考えれば楽しむ作品なんだから、良しとします。では次、何でボタンが曲がっているんだろうか?ただ、これも特に意味は無く、きちんとでは無くルーズな感じを

出す・・・って理由ならギリギリセーフとします。では最後の1つとするのなら、気になるのは丸。この丸は誰一人こうした人はいないのね。個性的と言えば個性的ではあるのね。しかも誰もやっていないから。ただ、問題は美しいかどうか?になるのね。その時に以前作った人の中に、

この丸の中にハーフ&ハーフ的な半分半分の色の丸を使った人がいたのね。偶然入っていたものを発見して・・・あの時に、あぁ良く見つけたね・・・それは本来別口の中にあるもので、ここに入っていたのは偶然なものなのね・・・と言ったのね。あの時に、この作戦ありかぁ・・・

とは思ったものの、これを見るまで忘れてたのね。つまり既存の丸のハーフ&ハーフでは、業者さんが作ったものを見つけて張った・・つまり見付けられれば、誰にでも権利のある張るだけになる。けれど、これは切るって技術が必要になる。全く意味の違う話なのね。ただ、ただなのね

・・では美しいか?になった時、業者はハーフ&ハーフの丸を自信を持って作ったんだろうから、素敵な丸として売り出したはず。じゃそれを上手く使って、素敵に張れればお洒落にも可愛くもなるのだろう。しかし、もし、この半丸を違う色に組み合わせて、丸に見せて張ったとしたら

?もっと素敵には見えないだろうか?・・・結論はまだ置いて置いて、次はダルマ。この特徴は?見てすぐ気が付くのは、何故黒目が入っている?って言う事。ダルマは成就したら入れるもので、2つ入ったらダメじゃん・・・って言うのは、ダルマの機能性な話であって、モザイクの質って

面では、何も言う事は無いのね。何故なら左右対称のパーツ、1枚物のパーツの完成度、どれも上手い。それでは特徴・・・この髭、どうやって切った?・・・そうね、知っている人は知っているが、ヤスったって気が付くのね。じゃヤスれば作れるのか?となった時、ヤスった人は判る。

それにしても凄く無いか?・・・そうね、さくらばりだわっ。ただそれにしても厳しいパーツなのね。だからひと目で何をしたか?判るのね。それは機械を使ったのね。ルーター的なものだったり、ドリルとか・・・、精度が良過ぎるのね。ただこれも、面白いのは自分で発見した事。

俺は教えていないし、でも髭を作りたい一心だったんだろうね・・・これで出来るかもってね。ただね、こうした遊びの作品には良いと思うけれど、本気の作品に入れ込むと、機械を使ったって言うと、手作り感は削がれる感じはするのね。ただ自分で考えたって労力は凄いと思う。

その時に、きっとまた何か探すだろうし、考えるって事に長けている人なんだろうな?って思うのね。勿論、もし今後も機械を使うのなら徹底的に使えば、それは以前いらしたミケさんのように、手では切れないパーツの集合体って仕上がりまで上り詰めれば、それはそれで凄い事だが、

ただ丸くしたいとか、ただ穴を開けたいだけで使ってしまうと、それは楽をしただけになるし、時間を短縮する為に使った事になるのね。でも、今回の髭はどちらにも当てはまらないような、セーフな使い方だと思うのね。つまり始終じゃなきゃ、特に問題は無いのね。

ではこの2つを見ての結論は、ご自分でやらかしたって言われるだろうな?・・・と考えた箇所は、こんな事からだと思うのだけれど、むしろ小物としての楽しむ作品なのだから、仕上がり良ければ全て良しで良いと思うのね。ただ1つ言えるのは、個性的に作りたいって事と、爪痕として

何か人と違う事がしたい・・・と思う人なんだなぁ・・・と感じるのね。では小物作品でこうした作り方をする人が、外の流しを作ります、何万も掛けて・・・となったら?本当にシンプルに張るだけを選択するのかな?変わった事をしようとはしないかな?しかも機械まで使った・・・。

アトリエには色んな機械あるよね?・・・しかも外のタイル。ニッパーで切る決まりは無い・・・そして爪痕・・・何をし出すか?判らないでしょ?・・・勿論、女の人だから、結婚と恋愛は別って言うのなら、外はシンプルに・・・とか言うかも知れないけれどね。いずれにせよ、小物と

大作では違うと言えば違うけれど、傾向と対策と言うのなら、こんな例もあった事だし、どうするのかな?って心構えとしてこっちも準備や用意はするよね?・・・小物と言えど、こんな2つを見ればね。そんな事を思えば、中々面白かったのね。さてそれでは体験の方。


ツリーに絵馬にこの枠だけの下地の3つの中から、自由を選んだのね。ツリーも絵馬も決まった形だけれど、枠の中で好きに作れる・・・つまりそれを楽しめれば自由が広がる。けれど、逆にここに何を作ろうかな?・・・・とループしてしまうと、何も浮かばないって事になれば、自由は

不自由になり、サンプルが欲しくなると、結局堂々巡りの旅・・・それなら何も考えずに規定演技・・・つまり下地の形に添って好きな色を選んで切ると、その物になってしまう・・・って言う2つを選べば良いのだけれど・・・になる。所が、選んだ理由を聞くと、ツリーは難しそう、

・・・だからって。ん・・・中々鋭い。確かに2人の下地よりも小さめなんで、難しい箇所も出て来るのね。しかし雪だるまの部分は、左程、大きさを変えずに作ったので、アシストすれば問題無いとは思っていたんだけれど。ではどうして3つ持って来たか?の理由としては、1つは自由。

だから枠だけあれば、はみ出す事は無いし、この枠がストッパーになるから、目地をした時の土留めみたいな役になるのね。固定されるから、目地がしやすくなるって事なのね。では後の2つは考えられなかった人への救済。ただもし絵馬だけだと、和風かな?って事になるから、ツリー

で洋風も選択出来る事にすれば、一応この3つあれば対応出来るかな?と思っての事だったんだけれど、自由を選択するのに、ツリーは難しそうだから・・・とツリーには触れた。けれど絵馬には触れなかった。ここで1つ考えられるのは、和風は好みじゃ無いのかな?・・・。

まだ情報が少なくて、かな?・・・の段階なんだけれど。でも、触れなかった・・・それを踏まえての自由の選択。つまり次の展開として、この中に何が作りたいですか?になった時、和風柄では無く洋風柄が来るのでは無いか?の目星を付ける事になるのね・・・。勿論、もしかして?って

事くらいの気持ちでね・・・しかも1つの例として、丸を切れると車輪にもなるし、その後、ビックリマークのようなペイズリーのような形を10個も切れれば、マーガレットやスプレー菊のようなお花も作れる・・・って説明した後、しばらく見ていると、花のようにも見えるけど、花火

にも見えたので、何をお作りになっているのですか?・・・と聞くと、模様って言うので、どんな?と聞くと、初めて聞く模様の名前だったんで、調べようとすると、名刺を頂いたのね・・・名刺?・・慌てて、俺も出して交換したけれど、どうやらその分野の先生をなさっているらしい

・・・のね。そこには色んな形のパーツの絵の模様が描かれていて、モザイクにしやすい感じだったので、こんな模様のコースターや鍋敷きを作れると見栄えも良いし、飾るにも好みのが作れますよね?・・・なんて話をしつつ、いきなりは難しかっただろうが、何とか完成したのね。

初めてでこれだけ切れば、切った事が楽しいと思えれば、楽しいし、逆に大変だった・・・もう良いわって思えば、これっきりになるし、結構リスキーな内容ではあったけれど・・・それがご入会が決まって、来月から3人になったのね。出だしのとんちんかんな感じからすると、有難い

話になり、そんなこんなで、アトリエに戻り、ご予約のリピータ―さんを待っていたのね。けれど来ないのね・・・所が調べると携帯の番号が書かれて無くて・・・こちらから連絡が出来ず、何かあったのかな?・・・と心配にもなって・・・ただ余りにも遅いので、まさか駅に送迎?

嫌、それなら連絡が来るだろうし・・・と気をもんでいる中、何と無くカレンダーに目をやると・・・俺の日にち勘違いじゃん。何か怪我したのを見て、そんな中来てくれるって事だし、って気を回したつもりだったし、かぐやにも予定を聞かれて、不意を突かれた感じで、予定を忘れてた気持ちになったり、更に忘れ物だったり・・・って何個もやったんで、間に合った事で安心しちゃってた・・・ただ大きなミス無く終わったからセーフとするか・・・って1日。

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キウイとお母さんの相席教室

2019-12-14 07:10:28 | モザイク教室
今日はキウイとお母さんの相席教室。まずはキウイから。絵馬が既に自宅で進めてあって、2枚終わらせる・・・って事で、予定通りに完成。これは頼まれた下地なんで、初めて登場するものなんだけれど、凝り方が尋常じゃないのと、切る事がそつなく出来る人の作品だから見事なのね。

でも、そんな事が判らない人に見せたら、あぁ可愛いぃ、私もこれやりたい・・って安易に手を出されると、まさか出来ないとは思わないと思うのね。それはまず可愛いから簡単って判断をするから。次に上手いとは言え生徒さんなんだから、私も頑張れば・・・とか、例えば倍時間を取れ

ば・・・とか、出来る前提で考えたりしてしまうのね。所がもし大作を見たら?絶対に出来ないし、こんな大きいのはいらない・・・と判断するのね。大抵こんな事を口にする人はね。突っ込み所満載で、何処から処理して良いか?判らない位ね。ただだからこそ初心者って事なんだけれどね。

まず、私もこれやりたい・・ここは良いと思うのね。感じたセリフだから、美味しいまずい、上手い下手・・・全部感想だから。そう思ったから口にしただけだから。ただ一応敬意は払っていると思っているセリフが、倍時間を取れば・・・みたいに、きっと初心者だからと未熟な分、時間

が掛かるだろうと予測したりしているんだろうね。そして更にこれが大作を見た時のセリフが、こんなの出来ないし、ウチは狭いから無理だしみたいになるんだけれど、そもそも論として、果たして出来るだろうか?と考えた時、結論として無理なのね。何故なら作る前の姿勢が・・・。

だから既に権利が無いのね。出来ないと断言するのは、これで謙虚だと思っているから。しかも全て自分中心に考えているから。出来る出来ないの判断さえも、先生にも、先人の生徒さんにも、これって私に出来ますか?の質問では無く、時間を取れば・・・とか、倍とか、何もしていない時

から、判断をしてしまう。なら教わる必要も無いし、じゃ材料と道具があれば出来るんじゃないのかな?それと頑張るってセリフ。どれ位頑張るんだろうか?だって自分で判断するのだから、頑張る時間もほぼ決まっているだろうし・・・更に、大作の時はひるんだ事に気が付かず、ここまでは

いらないし・・・と、まるで出来る前提でお断りしているセリフなのね。つまり自覚の無さが既に出来なかった時のダメージが大きい事を意味するのね。ではこんな気持ちで取り組んだとする。絶対に出来ないけれど、仮にそこそこ出来たとする。出来るとそこそこな仕上がりだとしても、

この程度出来れば、初めてだから良いんじゃない?なんて、結局また自分で答えは決める。じゃ何度かやったとする。そこそこが続くんだろうね。そうすると、もう出来るし・・・飽きたから・・・とまた次なる事に手を出すんだろうね。これが体験荒らしって俺は呼んでいるのね。

体験と言う先生のサンプルだけをやり続け、簡単と口にする一切オリジナルとしての作品を作らずに、考える事の無い人の事をね。ただ、先生もサンプル作っときゃ、準備する材料も楽だし、サンプルを作ったから、慣れによって当日失敗する事は少ないし、お互いなんだろうけどね。

では仮にこのやり取りを格式とは言わないけれど、謙虚な人に変えたとしたら?すいません、この絵馬可愛いし作って見たいんですけれど、私にも出来ますか?・・・だと思うのね。つまり先人に声を掛けるって言うのは、釣り人だとすると、お隣に入るのなら、ここ良いですか?みたいな。

つまり初心者として初めてなら、姿勢としてやりたいぃぃぃってスタート出来るのは子供さんのみ。大人としての態度があると思うのね。でもそこはスルーしても構わないと俺は思う。何故なら初心者だから。でも注意点は、倍やれば・・・なんて結果まで口にするのはどうだろうか?

初心者なのに、これでは先人に私の倍上手いんですね?と言っているようなもの。つまり言い方を変えれば、初心者の倍しか上手くないと判断した事になる。発言が下品だな・・と思う。謙虚な姿勢には思えないのに、本人は倍と口にして謙虚だと思っている・・・。思い上がりなのね。

ではこの姿勢で、自分の許容範囲の限界なんて作品に手を出したとする。何が起こるか?恐らく簡単に心が折れるし、先人の凄さを知る事になるのね。つまり初めて本当の事、事実を知る事になるのね。勿論、ここで果てしなさに気が付いたら、まだ立て直しは利くんだけれど、大抵は

この考え方の人のままでは、続かないのね。まぁここまで掘り下げないから、大抵は先生と合わないとか、分野が私に合わなかったと言うんだけれどね。このセリフさえも、もはや謙虚さは感じられない。つまり全て習う気持ちが一切無く、自分中心の考え方なんだろうね。

つまり自分に合う事を探すと言う事を続けるんだろうね・・・でもそれは、自分が思い通りになる事を探しているだけなんだけれどね。つまりお金を出せばお客・・・まぁこんな考え方なんだろうね。何処にも謙虚な姿勢の無いからなんだけれどね・・・教わる態度じゃないから。

では初めてやるのに慶應の子達が必ず結果が出るのは?当たり前なのね。何故なら誤解をする人がいるが、時間は確かに最低100時間は掛けているから・・・と時間で判断しがちだけれど、大きく違うのね。労作展に持って行きたいから・・・と目的がしっかりしているからなのね。

どうしても・・・って気持ち。だから教わりたいに繋がる。その気持ちの上に時間を乗せ、更に絶対と言う仕上げるって目標の日が決まっている・・・時間制限の中での制作なのね。だから条件が整っているからなのね。これが何と無くスタートすれば、当然何でこんな事してんのかな?

何て迷うのは当たり前なのね。その時に、どうしても・・・に繋がる何か?の気持ちが、立て直せれば、そこを抜けられれば完成に漕ぎつけられるが、それだって自分の限界に・・・って作品なのだから、それは折れる事だってある。いかにその時に気持ちを立て直せるか?なのね。

大体上手いと言われるような人は、こんな事を繰り返した人なのね。だから、気持ちを立て直せる人になったとも言えるんだろうね。でも、それを自分に合った・・を探し続ける人は、探せると良いね・・・の人なんだろうね。しかも、安全安心の作品を作り、限界にチャレンジはせず

・・・なのだから、ある意味、数を相当撃たないと当たらないだろうね。的を射るのに、当たらないから・・・と心がブレるのだから、マシンガンのようにぶちかます・・・一挙に500発みたいにね。1発で仕留めるのなら、脇を締めて、じっと待ち、狙いを定めて・・・だよね?

つまり恐らく所作のような心持ちなんだと思うのね。勿論、面倒臭いと思う人は、俺じゃ無い先生の方が良いと思うのね。きっと合っていないだろうから・・・面倒臭い事しか言わないしね。でも、もしこんなでも良いな・・・と、怖いもの見たさなんて人がいるのなら?って話。

これらの話は全部、自分を人の下にして、言いたい放題言ってた人の話だとする。ではもし、人に多少でも評価を受けて来た・・・そんな人になって、下に人が出来た人になったとする。では具体的に名前を付けると、キウイに、わぁ可愛いぃぃ、私もこれ作りたいぃぃ、倍時間やれば

作れるかな?・・・って棟梁が言ったらどう思う?何か下品な感じがしないかな?つまりもうそんな簡単にそんなセリフを言っちゃいけない人になった・・・つまり実力が付いたって事になると思うのね。では、逆にキウイがかぐやに言うだろうか?ほら有り得ない。つまり認められるって、

人になった証拠なのね。だからその人の腕、技術、そして恐らく掛かったと思われる時間、苦労が判るからなのね。そんな事を判るようになって、安いセリフは吐かないし、吐けない。だからこそ尊敬するし、敬意も払える。でも何も知らない人にそこまで求めるは厳しい。ただ、ただ

、では一体いつからダメなんだろうか?となった時、人に評価を受けるようになった時・・・なんだと思うのね。凄いだの上手いだのって言うのは、自分の力量を問うような作品を作らないと、こうした事を引き起こすのね。いつまで経っても楽しい作品ではね。ただ、実力者達には、

こんな小物作品でも、この内容を2つも・・・と判ってしまうんだろうけれど。そしてそれを自覚しているからこそ、先日の体験教室では、キウイは作らなかった・・・何故なら俺のサンプルよりも素晴らしい作品だから。こっちの方が良いに決まっているから。

そんな腕前が5個目となれば・・・

もはや何処にも体験の匂いはしない。自慢の一品になっちゃったのね。流石実力者。同じ下地でもこれだけのバリエーションで、次から次と作れるし、どれもこれも体験の人達の上を行く作品に仕上げる・・・これこそが実力。大人げないわっ・・・でも素敵なのね。

こんなもん、同じ部屋でやられたら・・・ビックリさせちゃうし、自分の作品を自画自賛しにくくなるでしょ?体験の人にご満悦で帰って貰いたいのに・・・。ただ、逆もあって、上手くなるとこんなものも作れるのかぁ?・・・って気持ちにもさせられるから、それもそれって事もある。

いずれにせよ、流石って作品なのね。その横でお母さんが・・・

R1つだからね・・・でも卑下せず楽しめちゃう。これはきちんとキウイが実力者である事を認めた上で、マイペースで自分はその横で、これ1つできちんと楽しめるのも、きちんとした心を持ってしての実力者だからなのね。意地を張ってひるまない・・・とか、平気だしとかじゃ無くて

きちんと凄さも判って、時より見ながら・・・と目の保養にもしつつ。ちなみにSはタピオカの。ほらこうして並べても、遜色ない。つまりこの下地では互角であると言う事なのね。つまり小物と言えどスペースを与えれば、こしゃくな事を出来るようになったらツワモノなのね。

でもスペースが狭くなれば、ある程度の実力を持つと、後はどれだけきちんと切ってあるか?の比較になる。それと好みの評価。それでも、目が肥えれば、あぁだの、こうだのと批評出来るようになるんだけれどね。いずれにせよ、小物とは言い難い実力者の2人の作品は、見応えがある。

そんな中、アトリエのリフォーム途中の事、そしてノアの作品の完成と見て貰ったけれど、それを見て作品もさる事ながら、その意味をキウイは判ったみたいで・・・ここに来た時は、すーさんにクッションフロア―をやって貰ったのに、今は木を1人で張っている・・・。

出来不出来はあるだろうが、自分で工夫する・・・モザイクでは無い事でも・・・つまり、これ1つ取っても、初体験であっても、やろうとする気持ちと、謙虚に大家さんやすーさんに、こうしたいんだけれど?と聞くって事をした上での結果であって、相談無しでは出来なかった・・・

つまり俺も出来ない事、初めてな事、って言う事を見せているつもりなのね・・・苦手な分野だし、初めてな事なのだから・・。ただ、モザイクだけは聞かなくても出来るけれど・・・。

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アトリエのリフォーム

2019-12-13 02:23:57 | 休み?
今日は・・・と言うより地味に階段のパテ埋めやらペンキ塗りを夜、何度かやっていたんだけれど、昨日の晩に床の張替えを始めたのね。来週は本格的にやる為の下準備みたいに。そんな訳で、1日丸々床の張替えしたんだけれど、荷物をどかしどかしって感じなんで、全部は終わらなかった

けれど、まぁ残すは畳2枚半位なんで、メドは立ったのね。そんな中、アトリエとトイレの床をタイルにするんで、材料の手配もしたのね。すると、それを見ていた大家さんが階段の手すりの話をすると、やろうかっ・・・って言ってくれて、材料まで買いに付き合ってくれて・・・。

そんな訳でこの続きは日曜日って事で、明日はキウイとお母さん教室なんで、散らかしたものを元に戻して・・・ひとまず終了。

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