かったかくんのホームページ

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老いること

2008年08月17日 | Weblog
 今日は、次男の友だちが次男のすんでいるところから遊びに来るというので、北九州まで迎えに行きました。お盆は、なんとなくゆっくりした時間を持つことができています。

 友だちには、次男が住んでいるところに行ったときには、いろいろとお世話になっています。温かみのある人で、接していても家族のようです。次男とは本当に仲がいいです。北九州空港に帰りに寄りました。喫茶店でいろいろと会話を楽しみながら食事をしました。長男も友だちが来るというので、仕事が終わってから、中津で会うようにしました。みんなでボーリングに行きました。

 話は全然、変わるのですが、前任校時代、教頭先生で国語の担当をしていた先生が、詩の話をしたことがあります。「お父さんと相撲」という詩です。その中で、「お父さんと相撲をした。勝った。寂しかった。」というある少年の詩があることを紹介してくれました。父に相撲で勝った少年。しかし、少年は、ずっと父と相撲をして勝てなかった。真剣勝負で勝ったとき、ふと父の老いを感じた・・・ことを書き表したのでしょう。

 この話を聞いたあと、長男と家で相撲をしたことがありました。自分を投げ飛ばしました。仰向けになりながら、「お父さんと相撲をした。勝った。寂しかった。」の詩のことを言いました。「どう思う?」と聞くと、「別に何とも思わんよ。」まったく。長男が中学校後半からかったかくんも勝つことができなくなっています。

 自分も父が病気になってから、寂しく思ったことがあります。それは、父を風呂に入れるときのことです。風呂まで歩いていくことができなかったので、おんぶをして風呂まで連れて行っていました。最初、父をおんぶすることが何となく気恥ずかしい気がしていました。父を初めておんぶをしたときのことです。父としての大きさ・強さをずっと生まれたときから感じていました。父をおんぶするということなど考えたことなどありませんでした。

 父をおんぶしたこと、そして、何より寝たきりの父をおんぶしたときに、筋肉が落ちて、おしりを持ったときに、父のおしりの骨が手にあたったことがとてもショックでした。背中でぜいぜい言う父の息を感じながら、風呂場まで連れて行きました。父が老いたこと、父が病気で弱っていることを体で感じました。「ありがとう。」という言葉に胸がつまりました。

 特に長男から風呂に連れて行ってもらうことを喜んでいました。自分の老いもいつかどこかで子どもたちが感じることもあるでしょう。

 やっぱり老いは感じます。スポーツをしているときに、体の動き、バランスの悪さを感じます。でもまだ負けないものがあります。ボーリングです。まだ子どもたちに負けたことがありません。昨日も勝負をしました。友だちも入れてみんなでボーリングを楽しみました。

 211を記録しました。投げるボール投げるボールがねらったところに行きました。まだまだのものがありました。

 夕飯のあと、みんなで長崎に行ったときのビデオや子どもたちの赤ちゃんの頃のビデオを見ながら友だちと楽しみました。

 今日は、友だちと次男はまた戻って行きました。長男も同僚の方が交通事故をおこし入院をしているというので、見舞いに行くために外出をしたので、一気に家は寂しくなりました。

 夏の終わりも感じました。外はひぐらしが鳴き始めました。