かったかくんのホームページ

日々感じたこと、心に残ったこと・・・綴っていきますね。よかったら、立ち寄って下さい。

四十九日法要

2012年10月21日 | Weblog
父母(ちちはは)は千の風にと思っても
              墓前に向かい我が手を合わす

    
早いもので、母の四十九日法要の日がやってきました。昨日は、お寺の中にお墓があるので、合元寺で法要を行いました。姉や親戚の人たちがたくさんお参りに来てくれました。



法要までに、墓誌の書き直しなどを行ったり、いろんな細かなことがありました。墓誌の文字入れ、墓石の掃除・・・などを知り合いの方が法要に間に合うように、丁寧にしてくれました。


家族も一生懸命に準備などをしてくれました。前日にサプライズのお供えの花の贈り物があったり、感激をすることも多かったです。いろんな人に支えられながら、この日を迎えました。



今まで、仏壇を置いてある部屋に、母の遺影と遺骨を置いていました。いよいよ母の遺骨が墓に行くということもなんとなく寂しさも感じていました。最後の夜は、仏壇の部屋で寝ました。



朝、支度をしてお寺に向かいました。着いてから、お骨をお堂の仏壇に置いてから、お寺の方にいろいろ聞いて、家族や親せきの人たちにも手伝ってもらいながらお茶の用意や法要の準備をしました。



 四十九日についてちょと勉強。
「亡くなった人の命日を基準として七日ごとに行う「中陰法要」(満中陰)の最後の法要が四十九日です。始めの七日目を初七日(しょなのか)、二七日(ふたなのか)、三七日(みなのか)と続いて、七七日が満中陰すなわち四十九日にあたります。


この49日間に残された遺族の別れの悲しみが癒され、落ち着いて亡くなった人の死と向き合える期間でもあるのです。四十九日をどういう意味?ときかれたら、意外と答えられない方が多いのではないでしょうか。仏教には、「四有」という考え方があります。人が生まれる事を「生有」、生まれてから死ぬまでの間を「本有」、人が死ぬ事を「死有」、死んでから次の生に向かうまでの間を「中有」(中陰)といいます。


この「中有」にあたるのが四十九日です。」




いろんな母のことを思い浮かべながら、法事の時間が過ぎていきました。父と母の壺をお墓の中に寄り添うように並べて置きました。




この後は、おときの席にきょうだいや親せきの方たちがついてくれました。法事は人を合わせてくれますし、絆を深めてくれます。


ふだんは、それぞれの生活に身をおいて、なかなか会う時間はないのですが、ゆっくり話す時間を持つことができました。母が会わせてくれたと感謝をしています。初七日、四十九日、初盆、一周忌・・・それぞれに行うことに意味があることを感じます。




父や母は亡くなりましたが、法要も和やか、厳かにすることも親孝行と思いつつ、家族、きょうだいたちとなんとか務めることができました。