昨日に引き続き、一昨日の記事内容の訂正、そして「お詫びのしるし」として、『新古今』に見られる「大空」五例を瞥見させていただきます。
大空は梅のにほひに霞みつつ曇りもはてぬ春の夜の月(巻第一春歌上)
定家作。題詞に「守覚法親王家五十首歌に」とある。久保田淳校訂・注『藤原定家全歌集』(ちくま学芸文庫、上・下二巻)は、「王朝的な美の世界として自立している」と称賛している。塚本邦雄は、『定家百首』で、「定家一代のうちの最高峰」四首のうちの一首としてこの歌を次のように激賞している。「例によって梅花と春月の夢幻を題材に、いささかの誇張をまじへ、さらりと歌ひ流してゐるのだが、一語の無駄も寸分のゆるみもなく一首はゆらりと斜に立つて匂つてゐる。」(『定家百首|雪月花(抄)』講談社文芸文庫、98-99頁)
大空をわれもながめて彦星の妻待つ夜さへひとりかも寝む(巻第四秋歌上)
貫之作。題詞に「延喜御時月次屏風に」とある。一年十二ヵ月の行事を描いた屏風に書いた歌。
大空を渡る春日の影なれやよそにのみしてのどけかるらむ(巻第十一恋歌一)
亭子院(宇多天皇)御歌。「春日の影」は、春の太陽の光のことだが、この歌では、留守がちの相手の女性の比喩。
天の原そことも知らぬ大空におぼつかなさを嘆きつるかな(巻十五恋歌五)
天暦(村上天皇)御歌。題詞に「斎宮女御につかはしける」とある。逢えない女性を想い、そのおぼつかなさを嘆く。その想われ人である徽子女王からの返しは、「嘆くらむ心を空に見てしかな立つ朝霧に身をやなさまし」。
大空に照る日の色をいさめても天の下には誰か住むべき(巻第十八雑歌下)
女蔵人内匠作。この歌の題詞に「延喜御時、女蔵人内匠、白馬節会見けるに、車より紅の衣を出だしたりけるを、検非違使の糺さむとしければ、いひつかわしける」と作歌契機が示され、歌の後には「かくいひければ、糺さずなりにけり」とその結果が記されている。
上掲五首中、定家の歌が群を抜いて素晴らしいのは言うまでもない。「大空」を、ただ背景的装置として或いは主要な要素を引き立てるためだけの補助的要素として用いているのではなく、春の夜に濃厚な梅花の香りと霞む月光とが瀰漫する夢幻的にどこまでも広がる虚の空間として作品化できているのは定家ならではことであろう。一昨日の記事に取り上げた定家の歌が「虚」(「オホソラ」)の一字で終わっているのはけっして単なる文字の遊戯ではないことをこの定家歌も間接的に証しているように私には思われる。