赤い太陽にキッス! 

旅日記、旬の花をパチリ!
ランチあちこち、スウィーツ大好きも書きます。
そうそう、 朝一番の太陽にキッスも・・・

東大入り口? 終

2007年06月11日 09時01分46秒 | 海外旅日記
●東国大学キョンパスへ進入 終わり

2007.5.31(木)
ソフィテルアンバサダーホテルの最寄の地下鉄は、駅名がトンデ イップクー(東大入口)という。
東大の入り口????韓国にも東大が!!!!!と一瞬考えた。
そうなんです!
東国大学のキャンパスがあるからなんです。朝7時ごろだというのにもう大学生達が校門から入っていく。僕も守衛さんに入っても良いですか?と話しかけた。
ケンチャナヨ! 快く許してくれた。
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広い構内どこへ行ってよいかわからないがあちこち散策してみる。清掃の方たちがそろそろ引き上げようかとしているようだ。1~2時間も前から清掃していたんだろうね。
それにしても学生達も早くから登校してくるもんだね。

大きな木々に囲まれたキャンパスで広々としている歴史のある大学だろうか?学生掲示板には色々なポスターが張ってある、色彩もデザインも素晴らしい!
1時間ほど散策してホテルへ戻る。

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今回の韓国旅行もこれで終わりだ。インチョン空港を13:05-JL-984便、セントレア行き、に間に合うようにホテルをチェックアウトする。空港への高速道路をバスで走っているとき、3月に開通したばかりのインチョン空港~金浦空港間の高速鉄道、A'REX(アレックス)と出合った。
インチョン空港への平行走行だったが・・・・・
なんと電車よりわれわれのバスの方が追い抜いてしまった。バスも100kmぐらいで走っているようだが段々見えなくなってしまった。

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韓国の世界遺産のうち5箇所も見学しての今回の旅もこれで終わった。
風邪をひいてしまい心配した旅でもあったが古代の朝鮮、いにしえの歴史に夢はせた楽しい勉強の場でもあった。また来るからね・・・・・・と目線を眼下の山々に投げかけた。

南大門市場で買い物 9

2007年06月10日 10時37分54秒 | 海外旅日記
●明洞から南大門市場へ

黄昏にはまだ少し早い時間だが明洞は若い人たちで賑わい始めている。露天のおじさんたちも開店準備に大童のようだ。人ごみの中を大きな屋台を引っ張っているアッジョッシは大声を上げて行き路を開けさせている。
僕はどこかで食事でもしようかな?と探し始める。
来る前は、サムゲタンにしようと決めていたが、風邪で気分がすぐれないし、気温も高く暑いから他のものにしよう・・・
しばらく街中を興味深げに散策していたが急に、南大門市場へ行ってみよう!あちらの屋台でキンパップでも食べてみようと歩いて移動することにする。
こちらの方向だろうと思って歩き出したが・・・不安になって路を尋ねてみる。
一人目のおばさんは知らないという。僕の言葉が通じなかったのかもしれないが・・
若い二人連れの女の子に韓国語で尋ねた。
丁寧に教えてくれた。
南大門市場も何時もと違うところから入ったので一瞬と惑ってしまったがしばらく歩いていて見覚えのある店が現れた。南山商会で岩のりを買う。買ったものを預かってもらって近くの路上であの靴下を買う。愛知県 渥美の若い女の子に出会った。彼女達に好みの靴下を選んでもらう
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余りにも可愛いものを選ぶから・・・・
あなたのお母さんぐらいの方のお土産なんだが・・・・と言って選び直してもらった。<中
沢山のお土産が買えた。コマオ!
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店のアジョッシに彼女達と一緒にシャッターを押してもらった。
キンパップを買ってタクシーで、ソフィテルアンバサダーホテルへ向かう。
運転手さんと途切れ途切れの会話を楽しんだ。南大門からは800円ほどだった。

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水原からソウルへ 8

2007年06月09日 14時38分00秒 | 海外旅日記
● 城壁の街である水原へ 8

5月30日(水)4 日目
テジョン市内のレストランにてカルビ湯を食べる。韓国式の朝食は美味しいね。風邪で喉が痛く何時もなら食欲もなくなって来るのにすべて食べられる。何時もなら風邪薬で胃がむかむかして来るのに全然違和感がない。キムチやコチジャンなどの辛いもののお蔭かな??


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高速道路を1.5時間ほどで水原の《世界遺産》「華城」へ着いた。韓国の万里の長城といわれる華城城壁では日本人グループが特に目立つ、聞いてみると・・・神奈川・高松・広島・愛知だという
3月にきた時は華城に西門近辺を歩いたが、今回は東門の方を1時間ほど散策した。

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釜山からジグザグに朝鮮半島を登ってきて、いよいよ今回の旅の終着地、朝鮮王朝の都ソウルへ向かう。ソウルで韓国名物石焼ビビンバで昼食を済ませて、朝鮮王朝の宮殿である《世界遺産》「昌徳宮」へ入場する。日本語による日本人向けの見学時間に合わせての入場だが、すごい人数だ!
多分200名ぐらいはいるのではないだろうか?
真夏のような日差しに日陰を求めて歩いていく。1:30分広い広い宮殿を案内してくれた。


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16:30ごろソウル一の繁華街明洞にて自由行動に移った。
さあ~どうして過そうか?

* 昌徳宮は1405年、正宮である景福宮の離宮として建造された宮殿で、光海君(クァンヘグン・1571-1641・李朝第15代王)以降、約270年に渡って李氏朝鮮王朝の政務が行われた王の御所。全部で約135,000平方mの敷地には13棟の宮殿の建物があり、その北半分を占める秘苑(ピウォン)には28棟の楼閣がある。

百済時代の城壁を見る 7

2007年06月08日 16時56分14秒 | 海外旅日記
● 百済時代の城跡である「公山城」へ 7

今回の旅はバスで移動する時間が長い、今日の移動距離は230kmになる。丹陽からテグを経由してテジョンまで高速道を走る。テジョンからコンジュ(公州)までは近い距離だった。韓国の農村地帯・山間地域も小奇麗な住宅、道路・公園よく手入れされている田園などなど生活水準の向上が見て取れる。もう民族村で見るようなふるい建物は一つも残っていないようだ。
コンジュに到着するやここの郷土料理を頂いた。韓国の食事は殆どビビンバップのようにぐちゃぐちゃと混ぜてワンチャンが食べるような鉄製のおわんからスプーンで食べるパターンだね。
まあ~美味しいから良いがもう少し食器に趣があっても良いよね。

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百済時代の城跡である「公山城」へ昇る。新緑に覆われた散策路を景観を眺めながら歩く。木陰の空気が気持ちよい。ボランティアガイドが手持ち無沙汰のように見えたので声をかけた。
英語のガイドだった。韓国語で少々やり取りをさせてもらった。
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百済25代武寧王と王妃が埋葬された「武寧王陵」を見学する。王陵自体は外から見るだけだが、
王墓に隣接する模型館で精巧な副葬品のレプリカや王墓の構造などが復元されていた。
百済の地位を確定し、日本の大和政権とこ国交を結んだのはこの25代武寧王だったそうだ。出土品の多くは日本のものだったという。


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夕方が近づいてきたが、伝統の“鉄花粉青沙器”を継承する「鶏龍山陶芸村」を見学する。
有田焼の陶祖李参平の故郷だということで見学場所にいれたらしいがあまり興味はわかない。
夕食は韓国名物プルコギをご賞味して、

儒城観光スパピアホテルに宿泊する
ホテル内温泉でまた脱衣場の施錠操作でもたもたしていたら韓国の青年が日本語で助けてくれた。
日本語!お上手ですねといったら ・・・京都大学大学院で3年間電磁波の勉強をしていたという。
それにしても3年間で??? 僕なんか6年間も勉強しても駄目なんですよ・・・・・と言ったら
韓国人が日本語を勉強するのは割りと簡単ですよと謙遜していた。

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ランチをする

2007年06月07日 10時26分27秒 | こころの日記
風邪がすっきりしない!
鼻水が出る、咳が出る!身体がだるい!やる気がしない!
気温は真夏並みに上がっているのに風邪を引くなんて!
韓国旅行記を書くのも億劫だ!
今日はランチの写真でも紹介しておこう
倉庫作りのような
レストランバー・ヴォナセーラでランチをした。


野菜サラダに、ポタージュが付いたクリームコロッケが日替わりランチだった。そうそう! コーヒーとケーキも付いているんですよ。
これで1050円です。

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ゆったりとした空間に隣席との間隔が十分に採ってある配置はおしゃべりにはうれしい。
イタリアンがこの店の専門かな?パスタを食べている人が多い。
僕はパスタは苦手だ!
和食のクリームコロッケランチにした。
クリームコロッケが2個・・・チョットくどかったが美味しかった。

韓国の桂林へ 6

2007年06月06日 09時18分41秒 | 海外旅日記
山水画の世界丹陽、韓国の桂林へ 6

3日目の朝、市内レストランにて韓国式朝定食の後、
丹陽観光の名所、韓国の桂林と言われる「嶋漂三峰」を望む広場から説明を受ける。
川面に三つの峰がお互いに離れて浮かぶように突き出ている。緑の山々を背景にこの3つの岩も美しい限りだが何か謂れがありそうだな?と思って聞いていたら・・・・

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「 昔、仲のよい夫婦がいましたが、不幸なことに子供がいませんでした。 それで夫は妾を迎え入れました。子供を身もごった妾は大きくなった腹を夫の方に突き出しながら威張りはじめました。 すると妻はやきもちを焼いて夫に背を向けました。 これを見た神様が永遠に動けないように罰を与えた」
ということで今でもここに岩となって残っていると言う話をしてくれた。

ガイドはみなさん!どの岩が妊婦か分りますか?と尋ねたが・・・・
一目瞭然・・・分りますよね。

嶋漂三峰を望む広場から岩山を10分ほど登ると、神の門といわれる石門を見ることが出来た。神仙たちが往来したと言う門らしい。われわれは内側から川面、空中を見る形だが・・・想像してみればそのような石門に見えてくる。
登りで汗ばんだ額を心地良い風が軽くぬぐってくれる。

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階段を下りてきたら女学生達がバス数台で押し寄せてきた。
コドンハクセン イエヨ? 中学生だと言う。女子中学校の生徒だと言う。少し話していたら何人も集まってきた。陽気な中学生だ! メールを下さいねといってアドレスを渡した。
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安東河回村を訪ねる 5

2007年06月05日 16時21分21秒 | 海外旅日記
●韓国伝統的家屋が軒を連ねる「安東河回村」5

睡魔から開放されたころ水田に囲まれた「安東河回村」の入り口にバスは止まった。夏のような太陽が照りつける。暑い!汗がにじみ出てくる。
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韓国伝統的家屋が軒を連ねる河回村は、昔の貴族階級だった両班(ヤンバン)の家屋や、庶民の多様な様式の家が生活をしながら保存されている地域である。
英国のエリザベス女王も韓国訪問の際に立ち寄った歴史と伝統のある町だ、年間100万人ぐらい観光客が見学に訪れるらしいが今日は閑散としている。
住民が生活をしていると言うが両班(ヤンバン)の家屋は外から大きな錠前が掛けてあるし、一般民家もミンパク(民宿)と書かれた看板が立てられている建物でも生活臭が余り感じられない。
実際に生活している村とはいえ生活の基盤がここにあるとはいえないかもしれないね。
やはりこういう建物で一般生活をするのは大変な忍耐を要するからだろう。


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記念館でエリザベス女王が訪問した時の写真や古い道具などを見て、今日の宿泊地である景勝地丹陽ヘ向かう


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丹陽名物 ゴンドレ釜飯定食を味わう。

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世界遺産 伽那山海印寺へ 4

2007年06月04日 09時08分50秒 | 海外旅日記
●世界文化遺産「八万大蔵経」を垣間見る 4

8:00、レストランにてワカメスープと焼き魚定食の朝食後、
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高速道路を2時間ほど走る、途中リンゴと美人の産地 大邸市(テグ)を通過する。数年前に地下鉄火災事故のあった韓国第三の大都市である。高層マンション群が林立している。韓国はどの都市へ行ってもマンション群が特に目立つ。一戸建て住宅団地は見られないね。
水田の稲作は殆ど田植えを終えているようだ。日本とまったく同じような水田風景だ!

世界遺産 伽那山海印寺へ到着、賑やかな韓国のおばさん連中と一緒に山門をくぐり傾斜のある参道を登る。八万枚あまりに達するという八万大蔵経の経板を納めた板庫は、風も虫も埃も素通りの作りだ。でもこれが保存の一番良い方法なのだろう。
社会見学なのだろう小学生達が熱心に先生の説明を聞いていた。自然の湧き水?か小学生達は飲んでいたが韓国でも飲める湧き水があるのだね。
後で参道の小道にも飲料水というところがあった。

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門前町で韓国式冷麺を食べてから再び高速道路をテグを経由して安東河回村へ向かう。運転手さんに任せて我々はナッチャン(昼寝)をさせてもらいます。








*海印寺(ヘインサ)は、新羅時代の僧侶、義湘が802年伽耶山山中に建立したとされる。海印と言うのは三度たたけば願う品物が出る竜王の印を意味する。昔にこの寺に保管されていたと伝わる。八万大蔵経は仏教の経、律、論の三蔵を集大成したもので世界の仏教研究の貴重な文献となっている。

慶州の古墳群を見る 3

2007年06月03日 18時27分26秒 | 海外旅日記
●慶州は古墳で一杯の町だ!3

バスで慶州市内を走っているとあちらこちらにお碗を伏せたような墳墓を見かける。歴史遺跡地区「大陵園地区(古墳公園・天馬塚)」へ移動する。ここは7基の王陵を含めて23基の古墳群を古墳公園として保存している場所である。
その内、唯一内部を公開しているチョンマチョン(天馬塚)を見学する。さすが王様の墳墓は大きい、ある王様の小山はひょうたん型になっている。聞けばお妃の墳墓と仲良くドッキングしているからだそうだ。この公開されている古墳からは12000件もの副葬品が発見されたそうで、墓の内部には発掘した金冠、装身具などの出土遺物のレプリカが展示されていた。墓の石組み構造なども中から見ることができ、先人の知恵に驚かされた。




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喉がますます痛くなってきた。これは完全に風邪の症状だ!
あ~なんとした事だ!旅の 初日から風邪では先がどうなることやら心配になってきた。
今日のスケジュールは終わった。近くのレストランで豚カルビ一をたべる。
食欲はまだあるようだ。サンチュを沢山食べてお代わりを貰った。

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今晩の泊は、慶州大明リゾートというホテル並みの設備を整えたコンドミニュアムだ。
部屋にはシャワールームだけでバスタブはない。

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日本の温泉ホテルのような 大浴室やサウナなどが設置されている。不便なことにスリッパ浴衣がけで出かける日本と違って、靴を履いて服を着て行かなければならないことだ。
新しい設備だから電子キーなどが多く取り入れられており失敗の連続、番頭?サンを呼びに行ってこと足りた。
風邪薬を飲んで早々と眠りに付く。

世界遺産仏国寺・石窟庵を見る 2

2007年06月02日 08時27分46秒 | 海外旅日記
●世界文化遺産「仏国寺・石窟庵」を見る 2

紀元前1世紀ごろから10世紀ほど栄えた新羅王朝の都キョンジュ(慶州)は、往時で百万を超える人々が住む世界で最も栄えた都市だった。百済を倒し、高句麗を滅ぼして統一国家を樹立した新羅にも栄華は長く続かなかったようだ。今は人口28万人の田園が広がる長閑な町になっている。

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栄華の遺跡ソックラム(石窟庵)を見学するため階段を上り下りする。一番奥まったところに作られた人口の石窟に釈迦如来坐像が祀られており、周囲には数々の仏様が彫り物やレリーフで祀られている。ここは撮影禁止!人目を盗んで撮れない事はないが自重する。

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傍らの岩に腰をかけている小学生ぐらいの子どもに話しかけてみた。アンニョン! チョドンハクセン イエヨ?そうだと言う。僕が日本人だと言うと・・・どこから来たと尋ねてきた。
ナゴヤ エソ!と言ったら・・分らないようだ。
東京・大阪・福岡は分るようだ。
イルボンヘ カボンチョギ イッソヨ?
エ~ トウキョウエ カボンチョギ イッソヨ・・・・ 一番大きな子が答えた。
このぐらいの子たちともっとゆっくり喋れると楽しいのにね・・・・と思いながらグループの後を追った。喉がますます痛くなってきた。モギ アッパソ チェッケッタ・・・と嘆きながら・・・

プルグクサ(仏国寺)の大伽藍を見て廻る。ここは新羅時代の仏教芸術の真髄を見る間がする。ガイドさんが石組みのアーチの素晴らしさ・技術の高さを自慢していたが・・・確かに本当だよ!
極楽殿まで見学してきた時、ここには皆様を極楽にお連れする珍しいものが最近発見されたのですよ!
と言って豚の彫刻を指差した。今年は600年に1回の「黄金のブタ年」・・・今年生まれた子どもは金運に恵まれると言う説・・・
参詣者の指摘で寺側が気づいたそうだ。
ちゃっかり真鍮の豚が作られており、これを触ると金運と極楽に行けると言う
見学者もわれ先に触ったり写真撮影をしていた。このご利益(ゴリヤク)もこの先、長く続いていくのだろうね。
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さすが世界遺産に登録されているだけに通路やトイレ、伽藍の隅々まで綺麗に清掃されている。日差しは強く暑いが、日陰に入れば心地よい風が頬をなでてくれる。
眼下には市街地が箱庭のように見える。
お寺のあちこちで見かけた日本の盆踊りに使うようなちょうちんが目障りに感じていたが、これはお釈迦様の誕生日5.24(陰暦)のお祝いをしたばっかりだそうだと聞いて納得!
そういえば取り外し作業をしている人たちが見受けられる。お釈迦様の誕生日は日本では4月8日か月遅れの5月8日ですよね。