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中国憲法評解(連載第7回)

2015-03-05 | 〆中国憲法評解

第二章 公民の基本的権利及び義務

 第二章は、各種人権規定をまとめたいわゆる人権カタログに相当する章と言える。しかし、ここで規定されているのは人一般が享有する基本的人権ではなく、中国国民(公民)の権利である。この点、「国民の権利及び義務」という類似の表題を持つ日本国憲法第三章では、個別的に人一般が享有する基本的人権の規定を含むことと比較しても、国民の権利を優先する中国憲法の姿勢は明確である。
 しかも権利規定はいずれも素っ気ないほど簡素な一方、本章全二十四か条中、後半の六か条が義務の規定に充てられている。このような義務規定の多さも旧ソ連憲法からの影響と見られ、社会主義憲法の統制的な特質を示している。ただ、体系的には、社会権を自由権よりも先行的に規定していた旧ソ連憲法とは異なり、自由権を社会権に先行させる自由主義的な構成を採っているが、現実の政策を見ると、自由権を尊重しているとは言い難く、憲法的タテマエと政策的現実の間に齟齬がある。

第三三条

1 中華人民共和国の国籍を有する者は、すべて中華人民共和国の公民である。

2 中華人民共和国公民は、法律の前に一律に平等である。国家は、人権を尊重し、保障する。

3 いかなる公民も、この憲法及び法律の定める権利を享有し、同時に、この憲法及び法律の定める義務を履行しなければならない。

 第二章筆頭の本章は人権総則的な三つの内容が列挙されているが、人権規定の冒頭に国籍条項が来るのは、旧ソ連憲法や日本国憲法とも共通し、国民優先政策の現れと言える。第三項で人権享有主体を規定する前に、第二項第二文で国家の人権尊重義務という形で、人権をまず国家の義務として規定しているのは、天賦人権思想の否定、すなわち人権の設定も国家の政策次第であることを示唆している。

第三四条

中華人民共和国の年齢満一八歳に達した公民は、民族、種族、性別、職業、出身家庭、信仰宗教、教育程度、財産状態及び居住期間の別なく、すべて選挙権及び被選挙権を有する。ただし、法律によって選挙権及び被選挙権を剥奪された者は除く。

 表現の自由の前に選挙権の規定が置かれるのは日本国憲法と類似するが、これも外国人を含む人一般の権利ではなく、国民=公民の権利を保障する中国憲法の特質を示すと同時に、国民優先の権利保障の体系という点では、日本国憲法との共通性も示している。

第三五条

中華人民共和国公民は、言論、出版、集会、結社、行進及び示威の自由を有する。

 表現の自由に関する簡素な規定である。ただし、後で見るように、公民には「国家、社会及び集団の利益」を損なわないようにする義務が課せられるため、本条の保障範囲は大幅に制約され、体制批判の自由は封じられることになる。

第三六条

1 中華人民共和国公民は、宗教信仰の自由を有する。

2 いかなる国家機関、社会団体又は個人も、公民に宗教の信仰又は不信仰を強制してはならず、宗教を信仰する公民と宗教を信仰しない公民とを差別してはならない。

3 国家は、正常な宗教活動を保護する。何人も、宗教を利用して、社会秩序を破壊し、公民の身体・健康を損ない、又は国家の教育制度を妨害する活動を行ってはならない。

4 宗教団体及び宗教事務は、外国勢力の支配を受けない。

 信教の自由に関する規定であるが、ここでは社会秩序等の維持や外国勢力の支配の禁止という制約が特別に課せられるため、やはり保障範囲は制約され、むしろ宗教活動は国家による監視と統制の対象となるであろう。これも、統制的な社会主義憲法の特質と言える。

第三七条

1 中華人民共和国公民の人身の自由は、侵されない。

2 いかなる公民も、人民検察院の承認若しくは決定又は人民法院の決定のいずれかを経て、公安機関が執行するのでなければ、逮捕されない。

3 不法拘禁その他の方法による公民の人身の自由に対する不法な剥奪又は制限は、これを禁止する。公民の身体に対する不法な捜索は、これを禁止する。

 人身の自由に関する規定である。ただ第二項で、検察院(検察官)の承認や決定のみでも公民を逮捕できるとされるのは、人身の自由に対する司法的保護としては不十分であるが、これも同種の規定を持った旧ソ連憲法からの影響と見られる。

第三八条

中華人民共和国公民の人格の尊厳は、侵されない。いかなる方法によっても公民を侮辱、誹謗又は誣告陥害することは、これを禁止する。

 人格権の保障規定であるが、公民への侮辱等を禁止する第二文の規定は、為政者批判の抑圧に転用される危険を持つ。

第三九条

中華人民共和国公民の住居は、侵されない。公民の住居に対する不法な捜索又は侵入は、これを禁止する。

 住居のプライバシー権に関する規定であるが、内容上は人身の自由を規定した第三七条に近く、主として警察・司法手続上の権利である。

第四〇条

中華人民共和国公民の通信の自由および通信の秘密は、法律の保護を受ける。国家の安全又は刑事犯罪捜査の必要上、公安機関又は検察機関が法律の定める手続きに従って通信の検査を行う場合を除き、いかなる組織又は個人であれ、その理由を問わず、公民の通信の自由及び通信の秘密を侵すことはできない。

 住居のプライバシー権に続き、本条は通信のプライバシー権を保障している。ただし、その保障範囲は法律に委ねられており、「国家の安全又は刑事犯罪捜査の必要上」という広範な理由に基づき、警察・検察による盗聴を含む「通信の検査」が認められている。

第四一条

1 中華人民共和国公民は、いかなる国家機関又は国家公務員に対しても、批判及び提案を行う権利を有し、いかなる国家機関又は国家公務員の違法行為及び職務怠慢に対しても、関係国家機関に不服申し立て、告訴又は告発をする権利を有する。但し、事実を捏造し、又は歪曲して誣告陥害をしてはならない。

2 公民の不服申し立て、告訴又は告発に対しては、関係の国家機関は、事実を調査し、責任を持って処理しなければならない。何人も、それを抑えつけたり、報復を加えたりしてはならない。

3 国家機関又は国家公務員によって公民の権利を侵害され、そのために損失を受けた者は、法律の定めるところにより、賠償を受ける権利を有する。

 本条は全体として受益権に関する規定である。特に第一項では国家機関又は国家公務員に対する批判・提案、不服申し立てなどの広範な訴願の権利を保障している点で注目される。この権利が十全に保障されれば、共産党支配体制の枠内での民主主義の深化につながる可能性を秘めているが、事実捏造・歪曲による誣告陥害の禁止を規定する但し書きの解釈運用いかんでは、本文の権利が形骸化する恐れがある。

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