ザ・コミュニスト

連載論文&時評ブログ 

中国憲法評解(連載第9回)

2015-03-07 | 〆中国憲法評解

第五一条

中華人民共和国公民は、その自由及び権利を行使するに当たって、国家、社会及び集団の利益並びに他の公民の適法な自由及び権利を損なってはならない。

 本条以下は、公民の義務に関する規定である。本条はその総則的な意義を持つもので、内容的には、自由及び権利を行使するに当たり、国家、社会及び集団の利益と他の公民の適法な自由及び権利を損なわないことを義務づけている。
 言い換えれば、公民の自由及び権利の限界を画するものであるが、第二の「他の公民の適法な自由及び権利」はあらゆる自由及び権利に内在する当然の制約であるとして、第一の「国家、社会及び集団の利益」は広範であり、結局のところ、中国公民の自由及び権利はそうした広範な外部的制約を受けることとなる。

第五二条

中華人民共和国公民は、国家の統一及び全国諸民族の団結を維持する義務を負う。

 本条以下に、前条にいう「国家、社会及び集団の利益」の観点からする種々の義務が定められているが、本条の国家統一・民族団結維持義務は分離独立運動の自由を封じる意義を持つ。

第五三条

中華人民共和国公民は、この憲法及び法律を遵守し、国家の機密を保守し、公有財産を大切にし、労働規律を遵守し、公共の秩序を守り、並びに社会の公徳を尊重しなければならない。

 本条は、簡素な条文の中に、法令遵守、国家機密保持、公有財産擁護、労働規律遵守、公共秩序維持、社会道徳尊重という六つの義務を列挙している。いずれも自由及び権利に対する広範な制約の根拠となる義務であり、統制的な社会主義憲法の特質が滲み出ている。

第五四条

中華人民共和国公民は、祖国の安全、栄誉及び利益を擁護する義務を負い、祖国の安全、栄誉及び利益を損なう行為をしてはならない。

 本条は国防の義務を定める次条と並び、愛国的な義務の規定と言えるが、本条は祖国の安全、栄誉及び利益というより広範な国益保持義務を定めている。これも、自由及び権利の広範な制約根拠となり得る規定である。

第五五条

1 祖国を防衛し、侵略に抵抗することは、中華人民共和国の全ての公民の神聖な責務である。

2 法律に従って兵役に服し、民兵組織に参加することは、中華人民共和国公民の栄光ある義務である。

 本条は、一般的な国防の義務及びその具体化としての兵役について定めている。国防は「神聖な責務」であり、兵役は「栄光ある義務」とされ、軍事的な義務が称揚されている。いずれも同種文言の規定を持った旧ソ連憲法からの影響と思われる。

第五六条

中華人民共和国公民は、法律に従って納税する義務を負う。

 納税の義務である。日本国憲法第三〇条と文言が類似するが、日本国憲法のように私有財産の保障の後に規定するのでなく、公民の義務として独立して規定している点で、社会主義的な特徴を持つ。

コメント

中国憲法評解(連載第8回)

2015-03-06 | 〆中国憲法評解

第四二条

1 中華人民共和国公民は、労働の権利及び義務を有する。

2 国家は、各種の方途を通じて、就業の条件を作り出し、労働保護を強化し、労働条件を改善し、かつ、生産の発展を基礎として、労働報酬及び福祉待遇を引き上げていく。

3 労働は、労働能力を持つ全ての公民の栄光ある責務である。国有企業並びに都市及び農村の集団経済組織の勤労者は、みな国家の主人公としての態度をもって自己の労働に取り組むべきである。国家は、社会主義的労働競争を提唱し、労働模範と先進活動家を報奨する。国家は、公民が義務労働に従事することを提唱する。

4 国家は、就業前の公民に対して、必要な職業訓練を行う。

 本条から第五〇条までは、おおむね社会権に関わる権利条項がまとめられている。筆頭の本条は、労働基本権に関する規定である。労働者階級主体の国家を公称する旧ソ連型社会主義体制では定番的な構成である。
 ただ、第二項以下、国家主導での労働条件確保という側面が強く、第三項では労働の義務性が強調されるとともに、労働規律強化のための「社会主義的労働競争」に言及されているのが特徴である。さらに第四項では、就業前の職業訓練が国家の任務として明記されている。

第四三条

1 中華人民共和国の勤労者は、休息の権利を有する。

2 国家は、勤労者の休息及び休養のための施設を拡充し、職員・労働者の就業時間及び休暇制度を定める

 前条の労働の権利と対になる休息の権利の規定である。理念にとどまらず、第二項で国家が休息の権利の確保のために施設及び法制度の両面でなすべき任務が明記されている。

第四四条

国家は、法律の定めるところにより、企業及び事業組織の職員・労働者並びに国家公務員について定年制を実施する。定年退職者の生活は、国家及び社会によって保障される。

 定年制が憲法上明記されている珍しい例である。定年制の詳細は法律に委ねられている。

第四五条

1 中華人民共和国公民は、老齢、疾病又は労働能力喪失の場合に、国家及び社会から物質的援助を受ける権利を有する。国家は、公民がこれらの権利を享受するのに必要な社会保険、社会救済及び医療衛生事業を発展させる。

2 国家及び社会は、傷病軍人の生活を保障し、殉職者の遺族を救済し、軍人の家族を優待する。

3 国家及び社会は、盲聾唖その他身体障碍の公民の仕事、生活及び教育について按排し、援助する。

 生存権の規定であるが、まず生存権を規定した後に労働の権利を規定する日本国憲法とは反対に、労働の権利の後に生存権の規定が来るのは、まず国家が国民の最低限度生活を保障したうえで、国民に労働の権利を保障する福祉国家ではなく、労働を前提として、一定の場合に国家が公民の生存を確保するという労働国家体制(旧ソ連と同様)を採ることの現れと読める。なお第二項で特に傷病軍人、戦没軍人家族の生活保障を明記しているのは、重要な国家セクターである軍を重視する政策の反映である。

第四六条

1 中華人民共和国公民は、教育を受ける権利及び義務を有する。

2 国家は、青年、少年及び児童を育成して、彼らの品性、知力及び体位の全面的な発展を図る。

 教育を受ける権利の規定である。ごく簡単な規定であり、むしろ第一章総則で国家が教育に果たす役割をより詳細に規定していたところである。

第四七条

中華人民共和国公民は、科学研究、文学・芸術創作その他の文化活動を行う自由を有する。国家は、教育、科学、技術、文学、芸術その他の文化事業に従事する公民の、人民に有益な創造的活動を奨励し、援助する。

 学術・芸術活動の自由を保障する規定であるが、これについても、第一章総則に具体的な規定が存在した。第二文で、国家は「人民に有益な創造的活動を奨励し、援助する」とある反面、人民に有害とみなされる創造的活動は禁止、抑圧されることが示唆される。

第四八条

1 中華人民共和国の女性は、政治、経済、文化、社会、家庭その他の各生活分野で、男性と平等の権利を享有する。

2 国家は、女性の権利及び利益を保護し、男女の同一労働同一報酬を実行し、女性幹部を育成し、及び登用する。

 ジェンダー平等に関する進歩的な規定である。ただし、国連開発計画が公表した中国のジェンダー不平等指数は2013年度で日本(25位)より若干低い37位と、必ずしも高くなく、憲法の目標が達成されているとは言い難い。

第四九条

1 婚姻、家族、母親及び児童は、国家の保護を受ける。

2 夫婦は、双方ともに計画出産を実行する義務を負う。

3 父母は、未成年の子女を扶養・教育する義務を負い、成年の子女は、父母を扶養・援助する義務を負う。

4 婚姻の自由に対する侵害を禁止し、老人、女性及び児童に対する虐待を禁止する。

 家族・婚姻にまつわる権利・義務のまとめ規定である。第二項で、計画出産が夫婦双方の義務と明記されるのは、人口調節が国家的課題である中国ならではのことである。
 第三項で親子間での相互扶養義務という保守的な家族観が規定される一方、第四項では婚姻の自由という近代的家族観が併記されるなど、新旧価値観の混在が見られる。第四項で弱者への虐待が憲法上禁止されているのも、特徴的である。

第五〇条

中華人民共和国は、華僑の正当な権利及び利益を保護し、帰国華僑及び国内に居住する華僑の家族の適法な権利及び利益を保護する。

 華僑の権利が憲法上特別に明記されるのは、世界各国に移民を送り出し続けてきた中国の歴史を反映したものである。

コメント

中国憲法評解(連載第7回)

2015-03-05 | 〆中国憲法評解

第二章 公民の基本的権利及び義務

 第二章は、各種人権規定をまとめたいわゆる人権カタログに相当する章と言える。しかし、ここで規定されているのは人一般が享有する基本的人権ではなく、中国国民(公民)の権利である。この点、「国民の権利及び義務」という類似の表題を持つ日本国憲法第三章では、個別的に人一般が享有する基本的人権の規定を含むことと比較しても、国民の権利を優先する中国憲法の姿勢は明確である。
 しかも権利規定はいずれも素っ気ないほど簡素な一方、本章全二十四か条中、後半の六か条が義務の規定に充てられている。このような義務規定の多さも旧ソ連憲法からの影響と見られ、社会主義憲法の統制的な特質を示している。ただ、体系的には、社会権を自由権よりも先行的に規定していた旧ソ連憲法とは異なり、自由権を社会権に先行させる自由主義的な構成を採っているが、現実の政策を見ると、自由権を尊重しているとは言い難く、憲法的タテマエと政策的現実の間に齟齬がある。

第三三条

1 中華人民共和国の国籍を有する者は、すべて中華人民共和国の公民である。

2 中華人民共和国公民は、法律の前に一律に平等である。国家は、人権を尊重し、保障する。

3 いかなる公民も、この憲法及び法律の定める権利を享有し、同時に、この憲法及び法律の定める義務を履行しなければならない。

 第二章筆頭の本章は人権総則的な三つの内容が列挙されているが、人権規定の冒頭に国籍条項が来るのは、旧ソ連憲法や日本国憲法とも共通し、国民優先政策の現れと言える。第三項で人権享有主体を規定する前に、第二項第二文で国家の人権尊重義務という形で、人権をまず国家の義務として規定しているのは、天賦人権思想の否定、すなわち人権の設定も国家の政策次第であることを示唆している。

第三四条

中華人民共和国の年齢満一八歳に達した公民は、民族、種族、性別、職業、出身家庭、信仰宗教、教育程度、財産状態及び居住期間の別なく、すべて選挙権及び被選挙権を有する。ただし、法律によって選挙権及び被選挙権を剥奪された者は除く。

 表現の自由の前に選挙権の規定が置かれるのは日本国憲法と類似するが、これも外国人を含む人一般の権利ではなく、国民=公民の権利を保障する中国憲法の特質を示すと同時に、国民優先の権利保障の体系という点では、日本国憲法との共通性も示している。

第三五条

中華人民共和国公民は、言論、出版、集会、結社、行進及び示威の自由を有する。

 表現の自由に関する簡素な規定である。ただし、後で見るように、公民には「国家、社会及び集団の利益」を損なわないようにする義務が課せられるため、本条の保障範囲は大幅に制約され、体制批判の自由は封じられることになる。

第三六条

1 中華人民共和国公民は、宗教信仰の自由を有する。

2 いかなる国家機関、社会団体又は個人も、公民に宗教の信仰又は不信仰を強制してはならず、宗教を信仰する公民と宗教を信仰しない公民とを差別してはならない。

3 国家は、正常な宗教活動を保護する。何人も、宗教を利用して、社会秩序を破壊し、公民の身体・健康を損ない、又は国家の教育制度を妨害する活動を行ってはならない。

4 宗教団体及び宗教事務は、外国勢力の支配を受けない。

 信教の自由に関する規定であるが、ここでは社会秩序等の維持や外国勢力の支配の禁止という制約が特別に課せられるため、やはり保障範囲は制約され、むしろ宗教活動は国家による監視と統制の対象となるであろう。これも、統制的な社会主義憲法の特質と言える。

第三七条

1 中華人民共和国公民の人身の自由は、侵されない。

2 いかなる公民も、人民検察院の承認若しくは決定又は人民法院の決定のいずれかを経て、公安機関が執行するのでなければ、逮捕されない。

3 不法拘禁その他の方法による公民の人身の自由に対する不法な剥奪又は制限は、これを禁止する。公民の身体に対する不法な捜索は、これを禁止する。

 人身の自由に関する規定である。ただ第二項で、検察院(検察官)の承認や決定のみでも公民を逮捕できるとされるのは、人身の自由に対する司法的保護としては不十分であるが、これも同種の規定を持った旧ソ連憲法からの影響と見られる。

第三八条

中華人民共和国公民の人格の尊厳は、侵されない。いかなる方法によっても公民を侮辱、誹謗又は誣告陥害することは、これを禁止する。

 人格権の保障規定であるが、公民への侮辱等を禁止する第二文の規定は、為政者批判の抑圧に転用される危険を持つ。

第三九条

中華人民共和国公民の住居は、侵されない。公民の住居に対する不法な捜索又は侵入は、これを禁止する。

 住居のプライバシー権に関する規定であるが、内容上は人身の自由を規定した第三七条に近く、主として警察・司法手続上の権利である。

第四〇条

中華人民共和国公民の通信の自由および通信の秘密は、法律の保護を受ける。国家の安全又は刑事犯罪捜査の必要上、公安機関又は検察機関が法律の定める手続きに従って通信の検査を行う場合を除き、いかなる組織又は個人であれ、その理由を問わず、公民の通信の自由及び通信の秘密を侵すことはできない。

 住居のプライバシー権に続き、本条は通信のプライバシー権を保障している。ただし、その保障範囲は法律に委ねられており、「国家の安全又は刑事犯罪捜査の必要上」という広範な理由に基づき、警察・検察による盗聴を含む「通信の検査」が認められている。

第四一条

1 中華人民共和国公民は、いかなる国家機関又は国家公務員に対しても、批判及び提案を行う権利を有し、いかなる国家機関又は国家公務員の違法行為及び職務怠慢に対しても、関係国家機関に不服申し立て、告訴又は告発をする権利を有する。但し、事実を捏造し、又は歪曲して誣告陥害をしてはならない。

2 公民の不服申し立て、告訴又は告発に対しては、関係の国家機関は、事実を調査し、責任を持って処理しなければならない。何人も、それを抑えつけたり、報復を加えたりしてはならない。

3 国家機関又は国家公務員によって公民の権利を侵害され、そのために損失を受けた者は、法律の定めるところにより、賠償を受ける権利を有する。

 本条は全体として受益権に関する規定である。特に第一項では国家機関又は国家公務員に対する批判・提案、不服申し立てなどの広範な訴願の権利を保障している点で注目される。この権利が十全に保障されれば、共産党支配体制の枠内での民主主義の深化につながる可能性を秘めているが、事実捏造・歪曲による誣告陥害の禁止を規定する但し書きの解釈運用いかんでは、本文の権利が形骸化する恐れがある。

コメント

スウェーデン憲法読解(連載第19回)

2015-03-01 | 〆スウェーデン憲法読解

第八章 法律及びその他の法令(続き)

法律の改廃

第一八条

1 法律は、法律によらずに改正し、又は廃止してはならない。

2 基本法又は議会法の改正又は廃止については、第一四条から第一七条までの規定が適用される。第二条第一項第四号に規定する法律については、第一七条第一項の規定が適用される。

 法律、基本法、議会法、議会法に準じる宗教団体法の改廃についても、制定に準じた手続が要求される。

法令の公布及び公刊

第一九条

1 議決された法律は、可能な限り速やかに政府により公布されなければならない。ただし、議会又は議会所属機関に関する規定で基本法又は議会法に取り入れられるべきではないものを含む法律は、議会が公布することができる。

2 法律は、可能な限り速やかに公刊されなければならない。法律に別段の定めがない限り、命令についても同様とする。

 法令の公布に関する手続的な規定である。法令の公布はその公刊をもって完了するので、公布と公刊を分けて規定している。

法制審議会

第二〇条

法案についての意見を表明するために、法制審議会を設置しなければならず、法制審議会には、最高裁判所及び最高行政裁判所の裁判官又は必要な場合には元裁判官が構成員として参加する。法制審議会の構成及び職務に関する詳細は、法律で定める。

第二一条

1 法制審議会の意見は、政府により、又は議会法が詳細を定めるところに従い、議会の委員会により徴される。

2 議会は次の各号に掲げる法律を議決する前に、意見を徴さなければならない。

一 出版の自由に関する基本法又はラジオ、テレビ及び類似の伝達手段、データベースから行なわれる公演並びに技術的記録における同様の表現の自由に関する基本法

二 公文書にアクセスする権利の制限に関する法律

三 第二章第一四条から第一六条まで、第二〇条又は第二五条に規定する法律[評者注・おおむね人権制約立法]

四 個人情報について全部又は一部を自動的に取り扱うことに関する法律

五 コミューンの税に関する法律又はコミューンに対する義務を含む法律

六 第二条第一項第一号若しくは第二号に規定する法律又は第一一章[評者注・司法]若しくは第一二章[評者注・行政]に規定する法律

七 第一号から第六号までに掲げる法律を改正し、又は廃止する法律

3 法制審議会の審議が問題の性質上、意義を喪失する可能性がある場合又は深刻な損害が生じるほど法律制定を遅らせる可能性がある場合には、第二項の規定は適用しない。議会が第二項に規定する事項について法律を制定すべきであると政府が提案する場合で、かつ、それ以前に法制審議会の意見が徴されなかった場合には、政府は、同時にその理由を議会に対し、説明しなければならない。法案について法制審議会の意見が徴されなかったことにより、法律の適用は、妨げられない。

第二二条

法制審議会の審議は、次の各号に掲げる事項を対象とする。

一 法案が基本法及び法秩序とどのような関係にあるか

二 法案の規定が相互にどのような関係にあるか

三 法案が法秩序の要請とどのような関係にあるか

四 定められた目的を法律が満たすものと規定し得る程度に法案が作成されているか否か

五 適用に際してどのような問題が生じ得るか

 法制審議会とは、法案作成に際して設置されるチェック機関であり、日本では内閣法制局と衆参両院法制局に相当するものとみなし得るが、常設機関ではなく、法案ごとに個別に設置される非常置機関である点に違いがある。また最高裁判所裁判官の参加が義務づけられているのが特徴である。これにより、最高裁判所裁判官は部分的に立法にも関与することになる。

コメント