昔は井戸端会議とか、銭湯での政治談議とか庶民の雑談の場所が江戸時代の風景を彷彿させる表現だった。
現代は少し事情が違うのではないか。長屋の井戸で洗濯をする姿も無い。銭湯は減少。庶民の近所に無い。
スーパー銭湯は増えても入浴している人は知らない人ばかり。湯船で雑談・政治談議もする気になれない。
さて、庶民はどこで井戸端会議・銭湯談義をしているか。小生は「近所の床屋」だと思っている。
馴染みの床屋となると「ウン十年の付き合い」となる。椅子に座ると小一時間あとはお任せだ。
テレビもついているが、ここ1か月に起きた関心事を床屋の主人と話す。
昨日の話題は「白鵬の変わり身優勝」「乙武氏の不倫」「週刊誌の話題」「近所のスーパー閉店後の影響」
「地域の祭りの準備状況」「自分の町内会行事の話題」「地域住民の話題」と実に多くの話題が出た。
床屋さんは話好きでないと困る。どんな話題でもついて来てほしい。そうゆう意味でも耳学問に造詣が深い。
床屋の待合室にある週刊誌は5種類以上。スポーツ紙もある。
来客の無い時間帯は一日TVを見て、数多くの週刊誌を読み、数多くの客の話題を聞き、情報通となっている。
近所の物知りさん。それは「床屋の主」となるのではないか。
井戸端会議・銭湯談義は「床屋談義」が現代用語にふさわしい。のではないか
どうでしょうかウイキさん。広辞苑さん。