熊本熊的日常

日常生活についての雑記

「ゴールデンスランバー」

2008年05月04日 | Weblog
読後感が爽やかである。登場人物がみなそれぞれに真面目なので、行動の論理がわかり易く、従って物語がきれいにつながるので、500ページでも読者が難なく読み通すことができるのだろう。

伊坂氏の作品を読むのは、本作が「チルドレン」に続いて2作目である。あの作品も時間軸を行きつ戻りつしながら、登場人物それぞれの目からあるひとつの出来事を描いていて、その視点の錯綜が愉快だった。この作品の場合も似たような描き方をしているが、作品の造りとしては主人公の逃走という軸が強調されている。降って湧いたような災厄を抱え、人は何を考えて行動するのか、という視点が核になっているように思う。

読んでいて感心したのは、登場人物がそれぞれの仕事に対して真摯であることだ。宅配便のドライバーは主人公を含めて3人登場するが、それぞれに明確な職業倫理を持っている。対する警察官たちも与えられた任務の遂行に忠実だ。主人公の学生時代の後輩は地方公務員になるが仕事を効率よく遂行しようとして職場で軋轢を生む、というエピソードも公務員というもののありかたを示唆し、主人公と対峙する警察官のキャラ付けの役割を果たしているのが興味深い。主人公の逃走を助ける人々も、主人公の無実を信じているからこそ、それぞれの良心に忠実に行動しているのである。

それぞれ個のレベルでは誰もが自分がやるべきことをやっているのに、そこに対立が生じてしまう。何かがおかしい、どこで間違えたのだろう、と振り返ってみても後戻りはできない。”0nce there was a way to get back homeward”ということなのである。

「習慣と信頼」というキーワードも利いている。主人公の逃走を助ける人たちの間に形成されるチームワークのようなものは信頼の連鎖のように見える。最終章で描かれる事件から3ヶ月後の様子は、まさに信頼があってこそ実現するシーンだろう。現実の世界がどれほど世知辛くとも、人は根底の部分で他人との心地よい関わりを求めているのだと思う。だからこそ、このような人の善意を信頼した世界観のある作品が支持を受けるのだろう。

この作品自体も読者の眼を十二分に意識した丁寧な造りになっている。仕事というものは本来そういうものだと思う。他人を満足させ、その対価としての報酬を得るというのが仕事という行為だ。自分も明日から「も」きちんと仕事をしようと気持ちを引き締めてしまった。