熊本熊的日常

日常生活についての雑記

斎藤寝具店

2008年05月28日 | Weblog
両親がロンドンにやって来た。彼等にとっては71歳にして初めての海外旅行である。いろいろ越えるべきハードルはあるのだが、一番心配したのは入国審査だった。わずかな時間でしかないのだが、係官と一対一で対面しなければならない。しかも全くわからない言語で。

実際には言葉などできなくてもなんとかなるのだろうが、一応、事前に電話で入国審査の通過方法を伝えた。

1. 飛行機を降りたら、同じ便の乗客の流れから外れないこと
2. その流れに従えば、入国審査の列にならぶことになること
3. 入国審査は英国籍及び欧州連合加盟国の国籍保有者とそれ以外とに別れて行われるので、日本人らしい人たちの流れに従うこと
4. 自分の順番が来たら、係官にパスポートを差し出し、ニッと笑って「斎藤寝具店」と言うこと
5. パスポートを返してもらえたら、「さんきゅう」と言うこと

斎藤寝具店、というのは桂文珍の創作落語のネタである。落語では、ツアコンから説明を受けたおばあさんが「斎藤寝具店」というべきところを「山田ふとん店」と言って強行突破を図るというような話になる。私の親なら、実家の近所にある「山上ふとん」とかなんとか言うのだろう、と密かに楽しみにしていた。

夕方、職場のパソコンで両親の乗る航空会社のサイトを開き、到着情報を更新し続けた。午後5時過ぎ、定刻通りにヒースローに到着したところまで確認して、職場を出た。午後8時に宿泊先のホテルのロビーで待ち合わせをしていたので、それまでの間、ナショナル・ギャラリーで絵でも眺めていようと思ったのである。

5時過ぎに着陸すれば、入国審査に引っ掛かかる事態を含めても、6時頃には空港ビルを出ることができるだろう。そこから車で1時間も走れば宿泊先のホテルに着く。ホテルのロビーで旅行代理店の人と打ち合わせをするなどしていれば、8時まで待たなくても7時半頃にロビーで会えるのではないかと考えた。

ナショナル・ギャラリーは30分ほどで切り上げ、途中、スーパーでミネラルウォーターを買い込み、7時半頃にホテルに着くと、まさにロビーで旅行会社の人から何事かの説明を受けている両親がいた。

旅行会社の人と別れるなり、
「よく来れたねぇ。入国審査どうだった?」
「私は大丈夫だったけど、お父さんがね、時間かかっちゃってね。」
「何て言って通った?」
「さいとうしんぐてん、って」

「斎藤寝具店」で通過できたのである。驚いた。そして、落胆した。それで通過してしまっては面白くもなんともないではないか。