報道に依りますと、学生や市民による抗議活動が激化する中、北京政府は香港駐留の人民解放軍部隊を2倍に増員したそうです。香港に対する軍事介入の危機が迫っている徴候とも言え、北京政府の今後の動向が注目されるところです。しかしながら、香港と天安門事件とでは、一つ、大きな違いがあります。それは、習近平国家主席の一存では人民解放軍を投入することはできない点です。
第一に、香港返還に際し、1984年12月19日にイギリスと中華人民共和国との間で調印された 「香港問題に関する英中共同声明」の三(11)には、「香港特別行政区の社会治安は、香港特別行政区政府が責任をもって維持する」とあります。同声明の第一付属文書の十二においても「香港特別行政区の社会治安は、香港特別行政区政府が責任をもって維持する。中央人民政府が香港特別行政区に派遣する防衛担当の部隊は、香港特別行政区の内部問題に干与せず、部隊の駐在費用は中央人民政府が負担する。」と記されています。つまり、香港の治安維持は香港政府の責任であり、北京政府が派遣した人民解放軍は、香港の内部問題には干与できない、即ち、軍事介入はできないと定められているのです。
天安門事件は、中華人民共和国の首都である北京で起きています。北京は、中華人民共和国の主権が行政権を含めて完全に及ぶ領域内にありますので、北京政府の決断によって人民解放軍が投入されました。しかしながら、香港の場合には、上述した合意がありますので、北京政府は、武装警察であれ人民解放軍を以って一方的に鎮圧すれば、共同宣言違反、即ち、国際法違反となるのです。英中共同宣言は、北京政府にとりまして第一のハードルとなります。
もっとも、国内法である香港憲法を見ますと、その第14条(3)では、’人民解放軍は香港の内政問題に介入できない’とする基本原則を述べた後に、‘必要とあれば、香港特別行政区政府は、中央人民政府に対し、公序の維持や災害救援を目的として香港駐屯軍の支援を要請し得る’と記しています。つまり、香港行政府からの要請があれば、北京政府は合法的に軍事介入し得ることとなります。この条項があるからこそ、抗議活動の一部過激化の背景には北京政府等の工作が疑われるのですが、第二のハードルは、香港憲法に定められた香港政府による人民解放軍派遣要請の要件です。
それでは、北京政府は、これらのハードルを乗り越えることができるのでしょうか。仮に、北京政府が一方的に人民解放軍の派遣を決定し得るとすれば、香港問題を‘防衛問題’に‘格上げ’する必要があります。中国側が、しきりに外国からの‘干渉’を主張する理由も、まさにこの点に求めることができるかもしれません。しかしながら、仮にこの決断を下すならば、中国は、具体的に国の名―おそらくアメリカ合衆国―を挙げ、当国家に対する防衛権の発動として人民解放軍を香港に派遣する必要があります。つまり、事実上、対米戦争の宣戦布告の意味を持つのであり、習主席が、そこまで踏み切れるとは思えません。また、実際に香港が第二の天安門と化した場合、アメリカをはじめ、国際社会から激しい批判を受けると共に、上述したように香港と北京には違いがありますので、天安門事件当時よりもさらに厳しい経済制裁を受けることでしょう。
北京政府による一方的な武力弾圧が無理であるとしますと、俄然、注目を集めるのは香港の林鄭月娥行政長官の動向です。同長官は、中国建国70周年の祝賀行事に出席するために北京を訪問しています。この際、習主席と接触するとの見方が広がっており、仮に、会談の席で同長官が香港憲法に従って人民解放軍の派遣を求めたとなれば、北京政府は、上述した香港憲法上のハードルを越えるチャンスを得たこととなります。しかしながら、香港行政府長官が北京政府に軍事介入を依頼したとなれば、それは火に油を注ぐようなものであり、学生のみならず、香港の一般市民の反中感情をさらに激化させることでしょう(11月24日に予定されている区議会選挙でも民主派が圧勝する結果にも…)。
現状からしますと、北京政府が人民解放軍による鎮圧を選択する可能性は然程には高いとは言えないように思えます。そうであるからこそ、抗議活動に参加している学生さんも、一般市民も、北京政府に介入の根拠を与えないよう慎重に行動しつつ、香港の自由と民主主義を勝ち取っていただきたいと思うのです。一旦、自由を手放しますと、それを後から取り戻すには、手放した時の何倍もの努力と犠牲を払わなければならないのですから。
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第一に、香港返還に際し、1984年12月19日にイギリスと中華人民共和国との間で調印された 「香港問題に関する英中共同声明」の三(11)には、「香港特別行政区の社会治安は、香港特別行政区政府が責任をもって維持する」とあります。同声明の第一付属文書の十二においても「香港特別行政区の社会治安は、香港特別行政区政府が責任をもって維持する。中央人民政府が香港特別行政区に派遣する防衛担当の部隊は、香港特別行政区の内部問題に干与せず、部隊の駐在費用は中央人民政府が負担する。」と記されています。つまり、香港の治安維持は香港政府の責任であり、北京政府が派遣した人民解放軍は、香港の内部問題には干与できない、即ち、軍事介入はできないと定められているのです。
天安門事件は、中華人民共和国の首都である北京で起きています。北京は、中華人民共和国の主権が行政権を含めて完全に及ぶ領域内にありますので、北京政府の決断によって人民解放軍が投入されました。しかしながら、香港の場合には、上述した合意がありますので、北京政府は、武装警察であれ人民解放軍を以って一方的に鎮圧すれば、共同宣言違反、即ち、国際法違反となるのです。英中共同宣言は、北京政府にとりまして第一のハードルとなります。
もっとも、国内法である香港憲法を見ますと、その第14条(3)では、’人民解放軍は香港の内政問題に介入できない’とする基本原則を述べた後に、‘必要とあれば、香港特別行政区政府は、中央人民政府に対し、公序の維持や災害救援を目的として香港駐屯軍の支援を要請し得る’と記しています。つまり、香港行政府からの要請があれば、北京政府は合法的に軍事介入し得ることとなります。この条項があるからこそ、抗議活動の一部過激化の背景には北京政府等の工作が疑われるのですが、第二のハードルは、香港憲法に定められた香港政府による人民解放軍派遣要請の要件です。
それでは、北京政府は、これらのハードルを乗り越えることができるのでしょうか。仮に、北京政府が一方的に人民解放軍の派遣を決定し得るとすれば、香港問題を‘防衛問題’に‘格上げ’する必要があります。中国側が、しきりに外国からの‘干渉’を主張する理由も、まさにこの点に求めることができるかもしれません。しかしながら、仮にこの決断を下すならば、中国は、具体的に国の名―おそらくアメリカ合衆国―を挙げ、当国家に対する防衛権の発動として人民解放軍を香港に派遣する必要があります。つまり、事実上、対米戦争の宣戦布告の意味を持つのであり、習主席が、そこまで踏み切れるとは思えません。また、実際に香港が第二の天安門と化した場合、アメリカをはじめ、国際社会から激しい批判を受けると共に、上述したように香港と北京には違いがありますので、天安門事件当時よりもさらに厳しい経済制裁を受けることでしょう。
北京政府による一方的な武力弾圧が無理であるとしますと、俄然、注目を集めるのは香港の林鄭月娥行政長官の動向です。同長官は、中国建国70周年の祝賀行事に出席するために北京を訪問しています。この際、習主席と接触するとの見方が広がっており、仮に、会談の席で同長官が香港憲法に従って人民解放軍の派遣を求めたとなれば、北京政府は、上述した香港憲法上のハードルを越えるチャンスを得たこととなります。しかしながら、香港行政府長官が北京政府に軍事介入を依頼したとなれば、それは火に油を注ぐようなものであり、学生のみならず、香港の一般市民の反中感情をさらに激化させることでしょう(11月24日に予定されている区議会選挙でも民主派が圧勝する結果にも…)。
現状からしますと、北京政府が人民解放軍による鎮圧を選択する可能性は然程には高いとは言えないように思えます。そうであるからこそ、抗議活動に参加している学生さんも、一般市民も、北京政府に介入の根拠を与えないよう慎重に行動しつつ、香港の自由と民主主義を勝ち取っていただきたいと思うのです。一旦、自由を手放しますと、それを後から取り戻すには、手放した時の何倍もの努力と犠牲を払わなければならないのですから。
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