廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

音質が作品を救った1枚

2020年04月07日 | Jazz LP (Dawn)

Al Cohn / Cohn On The Saxophone  ( 米 Dawn DLP 1110 )


モノラル・プレスのレコードとして、おそらくこれは最高音質を誇る1枚。ジャズの世界ではRVGブランド一強だが、RVGが絡まないアルバムとしては
これを超えるものはすぐには思い付かない。バックのピアノ・トリオに関してはそれ程目立つ音ではないが、とにかくアル・コーンのテナーの音が
尋常ではない。そして、それが難あり盤が多い Dawnレーベルだという不思議。
にもかかわらず、音質がいいと「名盤」と言われて褒められるこの世界で、このレコードは名盤と言われることがない。なぜか。

アル・コーンの実力派としての力量には疑う余地はないにもかかわらず、作品としての決定打がない。高名なテナー奏者の割には50~60年代に
演奏者としてのリーダー作があまり残っておらず、この人にとって名刺代わりになるようなアルバムが1枚もない。なぜか。

その理由は、おそらくこの人の音楽の指向性の曖昧さにある。スイングを指向しているか、モダンを指向しているのかがどうもよくわからない。
そもそもがどちらもできるし、テナー奏者としては何でも吹ける。そのせいなのかどうかはわからないけれど、彼自身がやりたい音楽が何なのか、
聴き手にはイマイチよくわからないのだ。

これでは、プロデューサーはアルバム制作がやりにくかっただろう。何をターゲットにしてアルバムを作ればいいのかがよくわからない。
本人も音楽家としてやりたいことが自分の内には明確にはなかったのかもしれない。編曲もできたから、そこに重点を置いたアルバムも
残ってはいるものの、その路線を極めようとした形跡も見られない。何でも器用に出来てしまうから、何かを成し遂げたいという欲が
希薄だったのかもしれない。

ズートにせよ、ゲッツにせよ、ペッパーにせよ、白人のサックス奏者たちはいわゆるハード・バップをやることはなかった。それは彼らの
音楽的ルーツにはなかった形式だし、そういう環境からも離れていた。それとは明確に一線を引き、自身の考えるジャズを展開した。
アル・コーンも、そういう意味では彼らと同様の状況だったのではないか。だから自身の音楽を展開すればよかったのにと思うけれど、
どうも積極的にアルバムを作ろうとした形跡が見られない。淡泊な性格だったのかな、とも思う。

そんな中で、このアルバムは貴重な1枚である。ジャズが一番ジャズらしかった50年代の、複数テナーではない数少ないアルバムの1つだ。
トロンボーンも入っているが、弱々しい演奏なので、ワンホーンに近い印象が残る。陰影の深いミディアム~スローの曲の出来が素晴らしく、
最高じゃないかと思う。ただ、そういう楽曲は少なく、あまり印象に残らないアップテンポの曲が多いので、アルバムとしての満足感は
平均点辺りで落ち着くことになる。どうも聴き手から見たこの人の良さがアルバム作りに生かされているような感じがないのが残念だ。

それでも、このアルバムの音質のクオリティーのおかげで、手放せない1枚となっている。これと同質のサウンドは他のレコードからは得られない。
ご本人には申し訳ない言い方だが、音質に救われた側面がある1枚だと思う。


コメント (2)
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