Chet Baker / Jazz At Ann Arbor ( 米 Pacific Jazz PJ 1203 )
ラス・フリーマンはチェット・ベイカーの想い出としてこんなことを語っている。「彼の歌をいいと思ったことは特にないけれど、それでも彼は
普通の奴だった。」同じバンドで演奏して、傍で見ていた割には随分素っ気ない言い方だけど、チェットのことを知る人の多くが似たような
印象を持っているようだ。アイドル的人気を得たこともある有名な人だったけど、素顔は意外に普通の人だった、と。
このライヴを聴いていると、確かにそうだったのかもしれないな、と思う。曲と曲の間の本人のMCも含めて、気負ったところのない、自然体で
素朴なステージだ。歌は入っていないけれど、チェットのトランペットは何だか歌を歌っているような感じで鳴っている。
ワンホーンでシンプルにスタンダードやメンバーのオリジナル曲を一筆書きのように吹き流すだけの演奏だが、不思議と心に残る演奏だ。
正規の音楽教育を受けたこともなく、譜面もまともに読めなかったにもかかわらず、プロとして活動を開始してさほど時間がかからずに大きな
成功が転がり込んできた幸運に恵まれながらも、そういう状況に我を忘れるようなこともなく、どことなく戸惑いながらも淡々と音楽活動を
やっていたような感じで、そういう人柄がこの人の音楽にはよく反映されている。当時、ライバルとしていつも比較されていたマイルスとは
こういうところが随分違う。
パシフィック・ジャズに残されたアルバムの中では、歌物を除くと、このアルバムに一番愛着があるかもしれない。スタジオ録音のものよりも、
よりチェット・ベイカーが身近に感じられるような気がするし、演奏も安定していて、最初から最後の1曲まで飽きることなく楽しめる。