秋吉敏子 / Toshiko ( 米 Storyville STLP 912 )
このアルバムを聴くと、いつもエヴァンスの "Everybody Digs Bill Evans" を思い出す。才能溢れる若いミュージシャンが世に打って出る際に創造する
真面目で真剣な音楽だけが持つ、ある独特の雰囲気がよく似ているからだ。それはデビュー後まもない、ごく短い時期にしか現れない特質なのかも
しれない。しかし、それは必ず現れる。そして、それがうまく記録されることは稀だ。だからこのアルバムが残っていることは貴重なのだ。
それはまるでみずみずしい新緑に覆われた若い樹木のようだ。
バド・パウエルのようなピアノを弾く日本人女性がいる、とノーマン・グランツを驚かせた秋吉敏子が「それだけではないぞ」と実力をみせつける。
緩急自在にフレーズを操り、単純なハード・バップのピアノ・トリオには終わらない。オリジナル曲でみせる憂いや複雑な曲想が控え目ながらも
克明に刻まれている。このアルバムはヴァーヴ盤には収録されなかったそこが聴き所になる。単なる興行師では終わらなかったジョージ・ウェイン
のアルバム作りの上手さがキラリと光る。
ポール・チェンバースやエド・シグペンがバックにいる、ということがなぜか嬉しい気持ちにさせてくれる。このトリオの演奏には不自然なところは
何もない。ブラインドで聴けば、長年活動を共にした常設のトリオか、と感じる向きもあるだろう。そういう演奏だ。
あの時代に単身で渡米し、現地で生きたジャズを学び、共に演奏したこの人の前で「和ジャズ」という言葉を使う者はいないだろう。
秋吉敏子は、その言葉の不適切さを教えてくれる。