『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

怪談『ナヴィの案内』

2022-08-07 09:04:48 | 創作

 それは初めてのコンサート会場であった。
 

 僕は、隣県の未訪の音楽ホールに向かうべく、ナヴィにそのアドレスを打ち込んだ。
 開場は7時で、7時半の開演だったので、途中でコンビニに寄って、車中で軽食するつもりだった。
 

 日も長くなったので、家を出た5時半ごろでも、まだ明るい筈だったが、今にも降り出しそうな雨雲に覆われていたせいで、もう前照灯を点けた方がよさそうと思われるほどの仄暗さだった。

 楽しみにしていた今日の為に、数日前から今宵の演奏家のCDをずっと耳にしていた。
 それは、車中でも、到着まで、プログラムの予習のつもりで聴こうと持って来ていた。
 

 これまでも、隣県には仕事で何度か赴いてはいるが、わりと高速を使って移動することが多かった。    
 今回に限っては、演奏会でもあるし、急ぐ必要もないし、のんびりと一般道で行くことに決めていた。
 

 フロントガラスに、雨粒がポツリと付着した。
「降ってきたかぁ・・・」
 と、僕は独りごちた。
 

 ワイパーを「間欠」で稼動させると、CDから流れるアダージョの流れに、時折シンクロするかのようなリズムでもあった。
 やがて、ワイパーをアレグロ(急速)にせねばならぬほど本格的に、いや、かなりの激しさで叩きつけるように、土砂降りとなった。

「あーあ。これじゃ、CD聴こえねぇなぁ・・・」
 もの凄い雨音のうえ、暗闇と雨煙とで、前方の視界が心許なかった。
 こうなると、やっぱり、単純な道の高速の方がよかったか・・・と、なかば後悔しないでもなかった。
 

 それにしても、いやに道が細く、以前に通った記憶もないような木立が両脇に茂っている。
 いくらなんでも、ナヴィがガイドしてるんだから、道順を間違えるはずもなかった。
 

 あたりはすでに闇に包まれ、雨は降る、ライトの先は覚束ない・・・で、なんだか、段々と心細くなってきていた。
 それでも、ナヴィを信じるよりない。
 それは、年齢不詳の女性の、ボカロチックな無機質な音声だった。
 強いて推察すれば、アラサーくらいの妙齢か・・・(笑)。
 

 そんな愚にも付かない事で気を紛らせていたが、なんだか街から外れて、次第に山ん中に入ってきているような気がしてならない。
 勾配、傾斜こそないが、やたら周囲が樹々で鬱蒼としている。
(ウッソーっ!)
 と、クダラナイ親爺ギャグで不安を誤魔化した。
 

 車内に光るデジタル時計を見ると、もう6時半を過ぎていた。
 本来なら、もう会場近辺の街中のはずである。
 なのに、まだ山ん中って、どういうこと?
 ナヴィに嘘つかれた?
 いやいや、人格があるわけでなし・・・。
 イカレたんかな?
 動作異常・・・か。
 

 そういや、今更だが、僕は相当な方向音痴だった。
『地図の読めない女』というベストセラーがあったが、自分はその男版である。
 生まれもって、方向感覚というのが、母親の胎内に落っことしてきたのか、左右・東西南北に弱い。
 なので、幼い頃は、親との買い物でも、遊園地でも「迷子」の常習犯だった。
 何度、母親から「手ぇ、放したらダメだかんねっ!」と言い含められたことか。
 

 いい歳こいて、また、迷子なのオレ?
 ・・・と、洒落になんない気分に、胃の腑がジワリといった。
 

 その時・・・。
 ナヴィが告げた。
「目的地に到着しました」
 

 はぁ・・・?
 それは、明らかに、寂しい山ん中だった。
 雨は降り続いている。
 ワイパーはカチャカチャと相も変わらず窓を拭っていた。
 

 ビーム(遠目)にしたヘッドライトは、こないだの車検でハロゲンランプ(電球)を交換したばかりであった。
 暗闇と雨煙に対して、それを切り裂くように鋭角に一直線に伸びた光の先に、何やら人らしきシルエットが見えた。
 

 ヘッ・・・、何っ・・・?
 なんで、こんな山ん中の、真っ暗闇ん中に・・・。
 シルエットは段々近づいてくる。
 ライトを反射させる白いワンピース姿に見えた。
 

 女・・・?
 誰・・・?
 何・・・?
 この世の者・・・?
 

 僕の混乱する思考を嘲笑うかのように、女はライトの前に棒立ちになっていた。


(・・・・・・)

 

 いや・・・

 立ってなんか、いない・・・

 つま先が、宙に浮いてる・・・

 

 

 それが、どうやってなのか・・・

 だんだん、こっちへ近づいてくる・・・


 そして、とうとう・・・

 ボンネットに両腕を付いた・・・

 

 すると、ゆっくり四つん這いになって、その上を這いだした・・・


 髪も、服も、ずぶ濡れ・・・

 額から血が流れている・・・


(・・・!)
  
 僕は、座席からずり落ちながら、睨む女の視線を外すことができなかった。
 それは、この世の人間の眼ではなかった。

 

 女は・・・

 蚊の鳴くような・・・

 か細い、かすれ声で・・・

 つぶやいた・・・。

 

「モクテキチニ・・・

 トウチャク・・・

 シマシタ・・・・・・」

 

 

 


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