徒然なるままに
床でぼんやりしている日が多い。
カミさんはひと時も
じっとしていないで
しょっちゅう外出しているので
ヴィータ・アクティーヴァだが、
自分はパソコンと運転以外のときは
ずっとベッドで過ごしているので
ヴィータ・コンテンポラティーヴァである。
寝るのが好きなら
寝て過ごすのがいい、
というのを最近ある本で読んで
幾ばくかあった後ろめたさが
払拭できた。
牧信二のジョークに
寝てばかりいる倅に親父が
「勉強しろ」
「勉強してどーなるの」
「いい学校に入れるだろ」
「いい学校に入ってどーなるの」
「いい会社に入れるだろ」
「いい会社に入ってどーなるの」
「楽な暮らしができるだろ」
「楽な暮らしってどーなるの」
「寝てて暮らせるようになるんだ」
「だから、寝てるんだい」
この倅は与太郎だが
エライものである。
自分も最近、寝てばかりで
筋力が落ちてきて、
床ずれができないか(笑)
と心配している。
つげ義春の『無能の人』にも
健康なくせに
いつも寝たきりの
似非病人が出てくる。
どこか世捨て人のようで
適当に仕事もしているから
半隠遁者なのだろう。
自分も、近頃は
半隠遁生活をしているなぁ・・・
と実感することがある。
仕事をしているときが
いちばん楽しくて、
自分的にはスイッチがオン状態で
生き生きしているが、
家にいると完全オフになって
無為に過ごしているようである。
映画を見たり、本を読んだり、
テレビや漫画をみたり・・・と、
もっぱらソフトを消費して
生きている。
これらがなくば
はたしてこの空白の時間を
どうやって埋めるのか、と
唖然としてしまいそうである。
最近、雪降りと曇天が多く
季節性鬱なのか
死ぬことばかり考えている。
もう、死んでもいいや、
この先なにもしたいことがなくなった、
と早くも老成した気分である。
それで、駄々羅と
録画で溜めた
映画なぞを見ている。
けっこうな役者陣だが
あまり面白いという
内容でもなかった。
予定調和型の
話の展開が読めてしまうのが
つまらない原因かもしれない。
主人公は死なないし、
悪は因果応報をみる。
談志流に言えば、
「不安がらせて安心させる」
という姑息な類型のオハナシが
映画には多過ぎる。
かと言って、
ギリシャ悲劇や
シェークスピア流の
悲劇ばっかりじゃ
これまたワンパターンだが。