報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“私立探偵 愛原学” 第1章 「発生」 3

2016-06-26 21:12:55 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[6月24日19:45.天候:晴 某県霧生市中心部のとあるレストラン]

 難事件であった連続殺人事件を解決し、多額の報酬を手に入れた私だったが、クライアントの好意に甘えたことで、とんでもない事件に巻き込まれた。
 どうやら町中で暴動が発生したようなのだ。
 だが、その騒ぎの原因が全く分からない上、暴徒達の姿はまともではない。
 何だろうか?まるで昔のホラー映画に出て来るアンデットのような……?
 そして私と助手の高橋君は、そんな暴徒達に殺されたばかりの店員と、酔い潰れて倒れた客が暴徒と化したものに狙われてしまっている。
「アアア……!」
「ウウウ……!」
「先生、あれ、ゾンビじゃないですか!?」
「はあ!?」
「だって、店員は死んだんでしょう!?」
「そんなこと知らんよ!俺が話し掛けた時は生きてた!」
「アー!」
「ウー!」
「わわわっ!く、来るなーっ!」
 私は持っていた消火器を振り回すが、全く当たらない。
「くそっ!先生に触るな!」
 このままだと私達も噛み付かれてしまう!
 と、その時だった!
「頭伏せて!」
 トイレからそんな声がしたと思うと、銃声が店内に響いた。
「うわっ!」
「!」
「アアゥッ!!」
「ウァァッ!」
 高橋が『ゾンビ』と称した店員と酔客は、頭にそれぞれ1〜2発の銃弾を受けたはずだ。
 普通はそれで死亡する。
 ……はずなのだが、
「アァア……!」
「ウゥウ……!」
 死んでいない!酔客の方は一旦倒れたが、単なる転倒といった感じで、また起き上がってきた。
「先生!こいつら、人間じゃないですよ!」
「あ、ああ……。そうだな……」
 トイレから飛び出してきた男は手持ちのハンドガンに銃弾をリロードすると、再び店員と酔客に銃弾を1〜2発ずつ頭に撃ち込んだ。
「アー!」
「ウォォ……!」
 今度こそ2人の『ゾンビ』はそれぞれ仰向けやうつ伏せに倒れ、血だまりを作り、2度と起き上がってこなかった。
「大丈夫ですか!?ケガは無いですか!?」
「あ、ええ……だ、大丈夫です!それより、あなたは?」
 男は高橋より年上だろうが、年齢は30歳行ってるのかどうか分からない。
 黒いジャケットの内ポケットから、焦げ茶色の革製の手帳を出した。
 一目で私はそれを警察手帳だと分かった。
 ドラマや映画では真っ黒の手帳だが、実際の警察手帳は焦げ茶色である。
 そして昔のドラマでは表紙を見せるだけだが、実際は中を開けて二つ折りの身分証を見せている。
 最近のドラマでもそうしている。
 この男もそうした。
「警視庁江東警察署刑事課の高木巡査長です」
「警視庁?ここは◯×県だから、管轄外でしょう?」
「東京で起きた事件について、捜査中でした。……何の捜査かはお話できませんが」
 ま、そりゃそうだろう。
 だが、それにしても……。
「捜査中にしても、俺達に銃弾が当たったらどうするんだ?」
 高橋が眉間にシワを寄せて詰め寄った。
「それは……」
 ドンドンドンッ!
「高橋君、それどころじゃない!このままだと危険だ!取りあえず刑事さん、助けてくれてありがとうございました!」
「1階の出入口は危険でしょう。上の階へ避難した方がいいと思います」
 高木巡査長は上に続く階段を指さした。
「そうですね!」
 私達は階段を駆け登り、2階へと上がった。

 2階の階段を上ると、
「上がって来られないように……」
 と、高木巡査長が階段の防火扉を閉めた。
 そして、内側からテーブルやらソファやらを置いて、バリケードにする。
「この建物全てが、このレストランの関係するものだそうです」
 高木巡査長が言った。
「そうなんですか」
 2階はどうやらVIPルームになっているらしかった。
 ダーツバーのようになっていて、ダーツがあった。
 慌てて逃げ出したのか、ここもだいぶ散らかっている。
 だが、暴徒……というか、ゾンビの姿は無かった。
「先生、3階へ続く階段が無いんですが……」
「なに!?」
「それは多分、向こうだ」
 高木巡査長が指さしたところには、もう1つドアがあった。
 ドアの上には非常口の緑のランプが点灯している。
 だが、鍵が開かなかった!
「高橋君!鍵だ!鍵を探さないと!」
「はい!」
 私達は2階を探し回った。
「あっ!」
 ふと、窓の外から通りを見ると、ゾンビ達がついにドアをブチ破ったのか、店内になだれ込んでくる所が見えた。
 2階に上がってこられたらヤバい!
 彼らは足なども腐っているのか、早く歩けたりはできないようだが、それでも階段の昇り降りは一応できるようだ。
「やはり、この店は……!」
 高木巡査長が苦い顔をしていた。
 机の引き出しやら何やら、大麻や覚せい剤が出てきた。
 それと、拳銃や銃弾まで。
「銃弾が足りないから、銃弾だけ頂いて行こう」
 高木巡査長はハンドガンの弾を手に取った。
 拳銃は私も持って行きたかったが、さすがにそれは許可されないだろう。
「先生、代わりにこれを」
 高橋が鉄パイプを持ってきた。
「こんなものでも、奴等の頭をボコしてやれば、何とかなると思います」
「そうだな。いいですね、刑事さん?」
「……まあ、非常時ですから。あくまでも、あの狂った暴徒達に襲われたらの抵抗手段にしてください」
「もちろんです」
「それと、鍵がトイレの中にありました」
「おおっ!」
「よく見つけたな?」
「トイレにビルの管理人の死体があって、そいつが持ってました」
 と、高橋。
「くそっ、管理人も死んでたか!」
 高木巡査長は悔しそうな顔をした。
 彼は麻薬とか暴力団関係の捜査でもしていたのだろうか?
「ま、待てよ。こんな状況で死んでたってことは……」
 バンッ!(ドアがこじ開けられた音)
「アァア……!」
「やっぱりーっ!?」
 作業服を着た管理人のゾンビがやってきた。
 しかも、
「先生!」
 1階からの階段の防火扉がドンドンと叩かれた。
 私達がここにいることがバレてしまったようだ。
「くそっ!」
 私は高橋から鍵を受け取ると、すぐに3階へ続く階段の防火扉の鍵を開けようとした。
 だが、プロの探偵であるこの私も、手が震えてなかなか鍵が鍵穴に入らない。
「てめぇっ!」
 高橋が鉄パイプで管理人ゾンビの頭を殴り付ける。
 その間に私は鍵を開けることに成功した。
「やった!開いたぞ!」
 私はドアを開けた。
「早く、こっちに!」
 階段室に飛び込む私達。
 すぐにドアを閉めて、内鍵を閉めた。
「くそっ!ここは地獄か!」
 私はドアをドンッと叩いた。
「ええ。霧生市という名の地獄ですよ」
 と、高木巡査長。
「1人だけとはいえ、2階にもゾンビがいた。3階は事務所になっているはずですが、油断しない方がいいですね」
「そうですね」
 私達は慎重に階段を登った。
 もっとも、こちらは3階の更に上、つまり屋上まで続いていた。
 そして、3階は逆に階段側がシリンダー鍵になっており、今持っている鍵では開けることができなかった。
「しょうがないので、そのまま屋上まで行きましょう」
「はい」
 私達はそのまま階段を上がって、屋上へ向かった。

 屋上では、果たして助けを呼ぶことができるのだろうか?
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“私立探偵 愛原学” 第1章 「発生」 2

2016-06-25 20:34:00 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[6月24日19:15.天候:晴 某県霧生市中心部のとあるレストラン]

 私と高橋は名物料理と酒に舌鼓を打っていた。
 普段は大真面目で多少天然なところがある高橋だが、酒を飲ますと笑顔になって多弁になる。
 恐らく10代の頃は荒れていたが、立派に更生すると、このようになるのではないか。
 そう思った。
 そんな彼だが、やはりどこか暗い過去があったらしく、酒を飲ませても、なかなかその時のことを語ろうとしない。
 そもそも、まだ若い彼のこと、両親などは健在と思うのだが、その存在が未だ明らかになっていないのだ。
「キミは頭がいいから、大学とかも出てるのか?」
「あ、いえ。一応、色々と事情があって、何とか高校を出たくらいです」
「そうなのか」
「それも、通信制です」
「ん?そうなのか」
「はい」
「10代の頃は、だいぶ荒れてたか?」
「どうしてそう思うんですか?」
「いや、何となくさ。それと、警察の御厄介になったこともあっただろう?」
「どうしてそう思うんですか!?」
「事件解決の時、警察が色々と俺達にも話を聞いていたけど、キミはやたら警戒していたじゃないか」
「そ、それは……ですね……」
「ははっ、言いたくなかったらいいよ。ただ、今現在、警察の御厄介になるようなことは……」
「そ、そんなことは絶対にしてませんっ!」
「だろうな。もしそうだとしたら、とっくにうちの事務所にガサ入れが来るよ」
「先生の御迷惑になるようなことは、絶対にしませんから……!」
「ああ、頼むよ」
 私はクイッとビールのグラスを飲み干した。
 と、頭上のテレビがニュースを報道する。

〔「……今日午後2時頃、◯×県霧生市の霧生スタジアムで、サッカーの試合中、観客同士による乱闘騒ぎがあり、この乱闘は暴動にまで発展した上、未だに鎮静化のメドは立っていないもようです」〕

「んっ?」
 私は咄嗟にテレビを見た。
「霧生市のってここだよな?」
「そうですね。霧生スタジアムというと、郊外にある多目的球場ですよ。サッカーの試合やってたんですね」
「乱闘が暴動って……浦和レッズよりひでぇ!」
「こちらのチームのサポーターは、レッズのその上を行くのでしょうか?」
「どうだかなぁ……?俺はあんまりサッカーには興味無いからな……」

〔「はい、こちら現場となった霧生スタジアム前です。えー、御覧頂けますでしょうか?地元の霧生警察署の機動隊が出動し、辺りは騒然となっています。警察の発表によりますと、暴徒の数は時間を追うごとに増え、現在その数は把握し切れていない状況です。現在、スタジアム周辺の通りは警察によって封鎖されておりますが、暴徒達が何故このような活動をしているのか全くその意図は分からず、現在もなお混乱が続いている状況です。以上、現場となったスタジアム周辺から……わああああっ!!」〕

「!!!」

〔「や、やめろっ!放せ!!わあああああっ!」〕

 テレビリポーターが、後ろから近付いてきた暴徒に組み付かれ、押し倒されてしまった。
「せ、先生!?」
「基本、暴動を起こしている奴等であっても、マスコミは襲撃の対象外だと思うんだが……」
 マスコミを敵に回せば、自分達の不利になるような報道がされるからである。
 と、そこへ、店の扉が開けられた。
 店のドアは自動ドアではなく、手動で押したり引いたりして開けるドアだ。
 木製のオシャレなデザインのドアなのだが、そこから奇妙な男が入ってきた。
 ホームレスなのだろうか?
 全身がボロボロの服を着ており、俯き加減で、更には酔っぱらっているのか、はたまた足が悪いのが、その足を引きずりながら店の中へと入って来る。
(? 客かな?)
 店員も一瞬、首を傾げた様子だった。
 多分、酔っ払いか何かだと思うが、一応、店員はその男に話し掛けようと近づいた。
「先生、何か変な奴ですね」
 と、高橋。
「そうだな……。!」
 その時、私達とは同じカウンター席の、反対側に座る2人連れの男のうちの1人が倒れた。
「どうした、鈴木!?もう酔い潰れたのか?まだ2杯目だぞ?」
「わああああっ!?」
 店の入口から叫び声がした。
 店員があの男に噛み付かれていた。
「何をするっ!?」
「!」
 私と高橋は席を立って、その店員の所に駆け付けようとした。
 しかし店員は必死に抵抗してその男を引き剥がし、店の外に追い出すと、ドアを閉めて鍵を掛けた。
「大丈夫ですか!?」
「は、はい……!」
 私が掛けよると、店員はその場に崩れ落ちた。
 喉元を噛みつかれており、出血が酷い。
「高橋君!警察だ!警察を呼べ!店員さんが噛み付かれて重傷だと伝えるんだ!」
「せ、先生!窓っ!」
「!?」
「アァア……!」
「ウウウ……!」
 店員に噛み付いた男と似た風体をした者達が、窓にへばりついていた。
 その度にベチャッ、ベチャッと音がする。
 それは血糊などであった。
 外からこの店に侵入しようとしている連中はケガをしているのか?
 しかし仮に助けを求めているにしては、おかし過ぎる。
 そもそも全員、目がイッてしまっている……というか、黒目が無い!?
「先生!」
 連中は窓から侵入できないと分かると、今度は鍵の掛けられたドアをこじ開けようとしていた。
 ドンドンッ!と力任せに叩かれている。
 このままでは、ドアを破られるのも時間の問題だろう。
「高橋君!窓際のテーブルと椅子をドアの前へ!バリケードにするんだ!」
「は、はい!」
 私と高橋は窓際のテーブルと椅子をドアの前に積み上げた。
 これでしばらくは、大丈夫だろう。
 窓の方も通りに面しているからなのか、分厚い強化ガラスのようだ。
 だが、私はおかしいと思った。
「これだけの騒ぎだというのに、警察が駆け付ける様子が無い」
 私は自分のスマホを出して、110番通報することにした。
「! 繋がらない!?」
「そうなんです、先生!俺もさっきからやってるんですが……。もしかしたら、基地局がスタジアムの暴徒達とかにやられたのかもしれません!」
「何だって!?こうなったら……!」
 私は店内にある公衆電話に駆け寄った。
 ケータイの基地局がダメなら、公衆電話の回線は別回線だから繋がるはずだ。
 私はすぐにそれで110番通報した。
 今度はすぐに繋がったが、何故か交換台が集中しているのか、なかなか出ない。
「お客さん!早く裏から出てください!」
「!」
 店長が厨房から私達に声を掛けた。
 既に他の客達は、裏口から脱出したらしい。
「しょうがない!通報は後だ!きっとこの騒ぎだ!他に誰かが通報してくれているだろう!」
「はい!」
 私と高橋は厨房へ駆け込み、そこから外へ出ようとした。
 だが!
「先生、危ない!」
「ウオオオッ!!」
 裏口からも暴徒が侵入してきた。
「わああああっ!?」
 今度は裏口のドアの前にいた店長が噛み付かれた。
「こ、この野郎!!」
 私は厨房にあった消火器で暴徒の頭を殴り付けた。
 だが、何だかおかしい。
 やっぱりこの暴徒も、最初からケガしていた上に、
「放せ!!」
 高橋が厨房から大型の包丁を持ち出して暴徒に切りつけたのだが、切られた肉は簡単にそぎ落とされてしまった。
 しかも暴徒は痛がる様子が無い。
 一体、どういうことなんだ?まさか、人間ではないとでもいうのか!?
 高橋が何度も切りつけているというのに、暴徒は倒れる様子が無い。
 ようやく倒した時、暴徒は血だまりの中に倒れた。
「せ、先生、俺……!」
「正当防衛だ。俺が証言する。見ろ。店長が殺された。こんなんで、抵抗するなってのがおかしいだろ」
「で、でも、これじゃ裏口も……」
 私は咄嗟に裏口を閉めたのだが、外から新手がやってきたのか、やはりドアをドンドンと力任せに叩かれている。
「上だ!上に逃げよう!上なら、外からは侵入できんだろう!そこで助けを待とう!」
「は、はい!」
「アゥゥア……!」
「ん!?」
 すると客席の方で呻き声が聞こえた。
 それはさっきの暴徒が発する呻き声とよく似ていた。
 まさか、もう表の方は破られて侵入されたのか!?
 しかし、だとしたらもっと大きな音がするだろうから、すぐに分かりそうなものだが……。
「わっ!?」
 それは何と、酔い潰れて倒れた客……確か、鈴木と呼ばれていたか。
 それと、暴徒に襲われて倒れた店員だった。
「先生!どういうことですか!?」
 店員と鈴木という客が、暴徒と同じ風体になって、私達にゆっくりと向かってきている。
「お、俺にも分からん!」
「せ、先生!は、早く逃げ……!」
 私は足がすくんで動けない。
 それは高橋も同じだったようだ。
「アア……!」
「ウウ……!」
 2人の暴徒は私達に狙いを定めて、両手を前に出し、向かってきた。

 私達の命運も、もはやこれまでか……。
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“私立探偵 愛原学” 第1章 「発生」 1

2016-06-24 21:00:09 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[6月24日17:00.天候:曇 某県霧生市中心部・ホテル東横イン霧生]

 私の名前は私立探偵、愛原学。
 都内で小さな探偵事務所を経営している。
 今回は、仕事でこの一地方都市へやってきた。
 事件は無事に解決し、本来なら全て終わった時点で帰京するところだが、クライアントが是非にとホテルを取ってくれ、しょうがないので好意に甘えることにした。
 確かに今回の事件は難事件で、何日もクライアントの家に泊まり込んでの事件解決となった。
 その経緯については端折らせてもらうが、要は連日の大雨で、郊外にあるクライアントの洋館風の屋敷へと通じる道が崩壊し、孤立してしまったのだ。
 その為、警察が来るまでの間、ちょっとしたクローズド・サークル状態になってしまったというわけだ。
 私と助手の高橋正義はホテルに入り、夕食までの間、休憩することにした。
 私と高橋とはシングルが別々に取られていて、私は気兼ねなく休めそうだった。
 屋敷では私と高橋が同室だったので、いくら私に心酔してくれているとはいえ、やはりそれはそれで気を使うものだ。
 高橋が私の押し掛け助手になったのは先述した通りだが、あの時のことが仮眠中に夢に出てきた。

[3月22日13:00.天候:晴 東京都内某所 愛原の事務所兼住居]

 私は都内の住宅街に、2階建ての店舗兼住宅を借りている。
 1階は何かの店だったらしいのだが、私はそこを事務所、2階の住居部分をそのまま住居にしている。
 その日は特にボスからの電話も、クライアント直接の依頼も無かったので、私はのんびり事務所でテレビを見ていたのだが……。
 何故か私とテレビの間には、高橋が深刻な顔をして仁王立ちしていた。
 高橋の手には大きなキャリーバッグ、そしてリュックサックを背負っている。
 Tシャツの上からフード付きのパーカーを羽織り、下はジーンズである。
「あのさ、キミ。今、テレビ、いい所なんだけど……?」
「愛原先生。どうか俺を弟子にしてください」
「は?」
「先生の探偵としての洞察力、観察力に感動しました。俺、やっと自分のやりたいことを見つけた気がします。俺も先生のような一流の探偵になりたいです。だからどうか、ここで住み込みの弟子をさせてください!」
「う、うん……絶対ヤダ」
 何故にこの私が男と2人暮らししなければならんのだ。
 確かに高橋も容疑者候補となったあの事件、私は解決できた。
 だが、あれは真犯人があまりにも墓穴を掘り過ぎてくれた為に、簡単に分かったことなのだ。
 “名探偵コナン”でも、コナンに眠らされていない状態の毛利小五郎ですら簡単に解決できた事件であろう。
 この男、一体なにを考えている?
 見た目は20歳を過ぎていて……25歳は越えていない……か?
 どちらかというとイケメンの部類に入るであろう。
 つまり、前途有望な青年だ。
 こんな世界に入ってこなくても、もっと楽にドカッと稼ぐ仕事をやろうと思えばできるはずだ。
 それなのに、何故?
「どうしてですか!?」
「いや、どうしてって……。別に俺は弟子だかアシスタントだか欲しくて、あの事件を解決したわけじゃないんだ。そりゃプロとして報酬はもらったよ?プロってのは、お金をもらってその仕事を完遂するのが義務だからな。キミがどれほど俺のことをカッコいいと思ったんだか知らないが、俺は別にキミを弟子にしたくてカッコつけたわけじゃない……って、何メモってんだ!?」
「探偵の心得、ですね。勉強になります!今日からよろしくお願いします!」
「いや、だから、うちはそんなに経営が順風満帆ってわけじゃないから、人を雇い入れる余裕なんて無いんだ!」
 だが高橋、キャリーバッグの中から札束をドサッとテーブルの上に置いた。
 厚さからして100万、200万ではない。
「部屋代、並びに受講料は払います!」
「……確か、上の部屋1つ空いてたかな。ちょっと汚いが、掃除すれば住めると思う」
「ありがとうございます!」

 そういうわけで、彼は押し掛け同然の助手兼弟子となった。
 さすがにタダ働きさせるのもあれなので、アルバイト扱いしておいた。
 バイト代といっても、コンビニの高校生バイトよりも安いかもしれない。
 だが、それによる奏功はあった。
 ボスから回される仕事量が増えたのだ。
 何でもボスによれば、『助手を雇い入れるというそのやる気を買った』とのことだ。
 因みにボスが誰なのか、実は私もよく分かっていない。
 恐らく、探偵アソシエーション(協会)のおエラだと思っているのだが……。

[6月24日17:30.天候:曇 霧生市中心部のホテル]

 ベッドに横になっていた私だが、ライティングデスクの上の電話が鳴り響いて目が覚めた。
 私が起き上がってその電話を取ると、相手は高橋だった。
「お休みのところ申し訳ありませんが、そろそろ夕食にしませんか?」
 とのことだ。
「あー、そうだな。じゃ、行ってみるか」
 私は頷いて電話を切った。
 といっても東横インでは夕食の取れるレストランが無いので(一部例外あり)、本当に外に出て食べに行かなければならない。
 私は財布とスマホだけ持つと、すぐに支度をして部屋の外に出た。
「先生。行きましょう」
「そうだな」
 私と高橋はエレベーターに向かった。
「何食べる?」
「この町の名物なんかどうでしょう?」
「名物?何だっけ?」
「この町はハーブがよく自生するそうですので、ハーブを使った料理が名物らしいです」
「そうなのか。ハーブティーなんか、後でお土産に買って行くか」
「そうですね」
 エレベーターのボタンを押して、エレベーターを呼ぶ。
「いい店あるのか?」
「タクシーでここに来る時、途中にそれらしい店を見つけました。そこに行ってみようと思います」
「おっ、いいね」
 私と高橋はエレベーターに乗り込み、1階へ降りた。

 ホテルのフロントに鍵を預けて、外に出る。
「こっちです、先生」
「ああ。何か、雨降りそうだな?」
「天気予報では曇のようですが……」
「まあ、いいや。行ってみよう」
「はい」
 私と高橋は名物料理を出すというレストランに徒歩で向かった。
 そうしている間、何故か救急車や消防車、そしてパトカーがサイレンを鳴らして行き交っている。
「……何か、町の様子がおかしくないか?」
「そうですね。何かあったんでしょうか?」
 裏路地の方を見ると、酔っ払いが千鳥足でヨタヨタと歩いているのが見えた。
 まだ夕方だというのに、もう千鳥足の酔っ払いがいるのか。
 よく見たら、酔い潰れて寝ているのか、はたまたホームレスなのか、道端に転がっている者もいる。
 よく分からん町だ。

 そうしている間に、私と高橋は店に到着した。
「いらっしゃいませー!2名様ですか?」
「ええ」
「おタバコはお吸いになりますか?」
「いや、禁煙で」
「かしこまりました。あいにくですが、テーブル席の方が只今いっぱいになっておりまして、カウンター席でもよろしいでしょうか?」
「私は構いませんが……。高橋君はどうだ?」
「先生がよろしいと仰るのでしたら」
「じゃあ、カウンターでお願いします」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
 私達は若い男性店員に案内されて、カウンター席に座った。
 道路を背にして座る形であるが、ちょうどテレビが見える。
「先生、この『店長のオススメ』なんかいいかもですよ」
「どれどれ……?『三種のハーブをあえたチキンステーキ』か。いいね」
「『グリーンハーブは傷や体力を回復させる効果があり、ブルーハーブは毒消しの効果があり、レッドハーブはそれだけでは何の効果は無いものの、他のハーブと組み合わせることにより、そのハーブの効能をより一層高めることができます』とありますね」
「ふーん……なるほど。要は薬草をふんだんに使った薬膳の洋食版といったところかな?」
「きっとそうですよ。よし、じゃあ……」
 私は手を挙げて店員を呼んだ。
「ええ。この『店長のオススメコース』を1つ……」
「あっ、先生、俺もお願いします」
「ああ。じゃあ、2つで」
「はい。セットでライスかパンが付きますが、どちらになさいますか?」
「ライスで」
「俺も」
「かしこまりました。お飲み物は何になさいますか?」
「あー……と、そこは取りあえずビール。大瓶でグラス2つください」
「かしこまりました」
 注文すると、最初に運ばれてきたのは当然ビール。
「じゃあ、事件を無事に解決できたことだし、まずは乾杯だな」
「はい!」
 私は高橋のグラスにビールを注いでやった。
「先生に注いで頂けるなど、何と恐れ多い……!」
「気にするな。キミも助手としてよく頑張ったな。それじゃ、乾杯」
「お疲れさまです!」
 私と高橋は、グラスを口に運んだ。

 ここまでなら、ごく普通のよくある光景だ。
 だが、魔の手は刻々と私達に迫っていたのである。
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“私立探偵 愛原学” 「序章」

2016-06-23 21:06:42 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[6月24日10:00.天候:雨 某県霧生市郊外・とある屋敷]

 私の名前は私立探偵、愛原学。
 今回は仕事でこの町にやってきた。
 何県なのかは守秘義務によって明かせないが、そこの県庁所在地以外の町である。
 それにしたって、そこそこ大きな町ではあるのだが。
 私と助手の高橋は、クライアントからの依頼を受けて事件解決に頭を悩ませた。
 次々と殺されていく関係者。
 1度は犯人だと確証した容疑者の死。
 私と高橋はこの屋敷に泊まり込みながら、ついに真犯人を突き止める成功した。

「謎が全て解けました。そもそも、この事件の背景についてですが……」
 私は前置きを説明し、そして、
「真犯人“地獄よりの落ち武者”は、あなたですね?沖裏勝治さん?」
「怨嫉謗法はやめなさい!この老体のどこが犯人だと言うのだ!?」
「まず、第一のトリックですが、【以下略】」
「はっ、ハハハハっ!何のことかな〜?そういうことなら、そこにいる大沢にもできるだろうが」
「第二の犯行のトリックですが、【以下略】。これで容疑者候補の中に、まだ沖裏さんがいますね?」
「私以外にも、まだ岩子がいるじゃないか。こいつにだって、その時のアリバイが無いぞ?」
「わ、私は……」
「そして、そこで発生する第三の事件です!あなたは岩子さんにアリバイが無いことを知った上で、彼女に疑いの目が行くように仕向けたんだ。その時の証拠がこれです」
「愛原先生、それは……」

 【長くなるのでカット!🎬】

「……どうです!?これであなた、言い逃れをしますか!?」
「怨嫉謗法だ!頭破七分だ!いいですか!?怨嫉ばかりしていては、せっかくの功徳が台無しですよ!そんなことより功徳を語りましょうね!」
「いい加減にしろ、クソジジィ!」
「高橋君!」
 高橋が真犯人の胸倉を掴んだ。
「先生がこれだけの言い逃れできない証拠を揃えたんだぞ!いい加減に認めろ!」
「高橋君、放せ!」
 私は高橋を制した。
 まだ20代半ばの若者は、加減を知らんようだ。
「あ、あいつは……!あいつは、私の恋女房、カヨをバカにしたんだ……!それで、私は……私はーっ!」

 警察に連行される真犯人。
「今すぐ放しなさい!怨嫉謗法は最もやってはいけない謗法ですよ!?このままではあなた達は地獄行きです!それでいいんですか!?」
「はいはい、分かったから早くパトカーに乗ってくれ」
 パトカーで連行された真犯人だった。
「先生、確かあの爺さん、『不信謗法が最も罪障の重いものです』とか言ってませんでした?」
「そうだったかな?俺は学会員じゃないから分からんや」
「宗教絡みの動機だったのでしょうか?」
「ここから先は警察の領域だ。俺達、私立探偵は事件を解決する所まで。分かったか?」
「は、はい!メモっておきます!」
 バババッとメモを取ろうとするが、それがスマホという……。

[同日15:00.天候:雨 霧生市中心部・タクシー車内→東横イン霧生]

 現場となった洋館からタクシーで宿泊先のホテルに向かった私と高橋。
 もちろん事件を解決したからすぐに帰れるというわけではなく、私自身も事件の当事者として警察と色々話をしなければならなかったし、あとはクライアントと報酬について話をした。
 いくらかは明かせないが、これまでで1番高額の報酬を約束してくれた。
 振り込み日が楽しみだ。
 そんな話も終わり、私と高橋はクライアントが予約してくれたタクシーで町の中心部へ向かい、そして宿泊先のホテルへと向かった。
「あいつら、超一流の探偵である先生に、こんな扱いしやがって……!」
 タクシーで向かう間、高橋は何やら不満があったようだ。
 どうやら高橋の奴、ホテルは高級ホテルで、しかもハイヤーで送迎してくれるものと思っていたらしい。
 まあ、こんな地方都市で高級ホテルは無いだろうし、ハイヤーも、『霧生ハイヤー』という名前のタクシーだからいいんじゃないか。
 車種はトヨタ・コンフォートという、ごくありきたりな車であったが。
「まあ、いいじゃないか。報酬は私が探偵事務所を開いて以来の高額だ。キミにも夏のボーナスを渡せそうだよ」
「それはそれでありがたいですが、俺はもっと一流の探偵になれるよう、先生の下で勉強したいのです」
「それは涙が出るほどありがたい話だけど、そんなに慌てないようにな。キミは頭も良さそうだから、すぐにマスターできるよ」
「はい!」
 と、そこへ、タクシーが渋滞に巻き込まれた。
「おかしいな。まだ夕方のラッシュってわけでもないのに……」
 運転手が首を傾げる。
 止まっては走り出し、走り出しては止まるを繰り返す。
 おかげで時間制も併用されたメーターがどんどん上がって行くが、元よりタクシー代に関してはクライアント持ちだ。
 既にこのタクシー会社のタクシーチケットをもらっているので、愛原的にはいくらメーターが上がっても良かった。
「あ、先生。やっぱり事故みたいですね」
「んー?よく見えるなぁ……」
「俺、両視力2.0ですから」
「マジかよ!?俺の裸眼視力の20倍かよ!」
 そういうわけで、私は眼鏡を掛けている。
 ようやくパトカーの赤ランプが見えた。
 そして、ワゴンタイプのパトカーに、大きく『事故』と書かれているのが見えた。
「すいせんね、お客さん。この辺りは迂回路が無くて……」
「いや、いいよ」
 車同士の事故らしい。
 2台の車が激しく衝突しており、うち1台はひっくり返った亀のようだ。
 その車の運転席から、恐らくは既に死んでいるであろう運転手が、血だらけで這い出た状態で倒れていた。
「んっ?」
「どうしました、先生?」
「いや、今の車……。事故で死んだにしちゃ、何か死体の様子が変だったな……」
「変?」
「何か、全身が腐ったような……?」
「何ですか、それ?」
「……なワケないか。気のせいかな。さっきまでの事件のせいで、惨殺死体を何度か見たせいで、感覚がおかしくなってるのかも」
「先生、早くホテルに入って休んでください。運転手さん、まだ着かないんですか?」
「ああ、もうちょっとです。やっと事故現場を通り過ぎて、渋滞も解消されましたので……。あそこですね。東横イン」
 青いネオンサインが特徴のホテルの看板が見えてきた。
 タクシーはようやくそのホテルの前に止まる。
「お待たせしましたー」
「どうも。タクシーチケットで払います」
「はい」
 私がボールペンでチケットにメーターの金額を書き込んでいる間、高橋は荷物をトランクから降ろした。
「ありがとうございましたー」
 私がタクシーを降りると同時に、サイレンを鳴らした救急車がホテルの前を通過していった。
 そういえば、もうこれで何回目だ?
「さっきの事故現場の方に向かった感じですね」
 私の視線に気づいたか、高橋がそう言った。
「そうだな。まあ、それより、早くホテルに入ろう」
「はい」
 私と高橋は、キャリーバッグを引いてホテルの中に入った。

 今から思えば、ゆっくり1泊なんてしてないで、この時点で町から出ていれば良かったのかもしれない……。
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“大魔道師の弟子” 「新たな目付役」

2016-06-22 19:26:06 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[6月10日09:00.天候:晴 長野県北部山間部の村郊外 マリアの屋敷]

 稲生勇太とマリアンナ・ベルフェ・スカーレットは魔法で建てた洋館に住んでいる。
 元々イリーナが魔法で建てたものだが、魔力を使い過ぎて、2人で住むには不釣合いなほどに広くて大きな屋敷となっている。
 たまに師匠イリーナ・レヴィア・ブリジッドがやってきて、何日か滞在する程度だ。
 そのイリーナもまたヨーロッパに向かっていて、今ここにはいない。
「あ、そうだ。ユウタは知ってる?」
 屋敷内の大食堂で朝食後、マリアがユウタに声を掛けて来た。
「何ですか?」
「ジルコニア達の不祥事の反省で、大師匠様の下に監視役を置くことにしたんだって」
「そうなんですか」
「ミシェル・スローネフ師。他門だけど、逆にそこからでの起用でないと、監視にならないだろうってね」
「? どこかで聞いたことあるな……?」
「確か3ヶ月前、仙台に行った時、宿泊していたホテルにちょっと寄って来たあの人だよ」
「ああ!何か、大企業の女性重役って感じの!」
 キツそうな性格に見えたが、逆に個性派だらけの魔道師の上に立つには、それくらいでないとダメなのだろう。
「この屋敷にも巡察に来るみたい」
「そうなんですか。何か、緊張するなぁ……」
「来るとしたら、師匠がいる時だろう。師匠が帰って来るのは来週だ。恐らく、その時だ」
「なるほど。どういう所を見られるのでしょうか?」
「まあ、ちゃんと真面目に修行しているかどうかじゃない?」
「そうですか」
「だって、特に見習のユウタの、他にどこを見るというのだ?」
「ま、そうですよね。すると、マスター(1人前)のマリアさんは、ちゃんと魔法が使えるかどうかですか?」
「……ちょっと、魔道書取って来る」
「あ、僕も行って来ます」
 マリアは食堂の奥のドアへ向かい、稲生はエントランスホールへ出る方のドアへ向かった。
 と、そこへ、玄関ドアのベルが鳴らされた。
 どうやら、来客らしい。
「あー、ハイハイ」
 稲生が食堂からエントランスホールに出ると、玄関ドアに向かった。
 既にメイド人形のミカエラが玄関ドアを開けていて、そこから入ってきたのは……。
「やァ」
 イリーナだった。
「イリーナ先生!?あ、あれ!?確か、お帰りは来週だったはずじゃ……?」
「いやあ、ある御方から急遽戻るように言われてねぇ……」
「ある御方?」
「もういらっしゃってるよ。どうぞ」
 イリーナが半開きになっているドアを更に開けると、そこから入って来たのは……。
「! あ、あなたは……ッ!」
 長身のイリーナと並ぶのは、グレー系のスーツの上から大魔道師のローブを羽織った女性。
 長い黒髪をアップで束ねているのが特徴で、稲生を見据えるかのようにエメラルドグリーンの瞳を向けている。
「監視役のミシェル・スローネフ師よ。あなたは先生と呼んで差し上げて」
「は、はい!おはようございます!僕は……」
「イリーナ組2番弟子、稲生勇太君ね。仙台で1度だけ会ったわね」
「は、はい!」
「これからも、修行頑張りなさい」
「はい!」
 見た目の年恰好はイリーナと大して変わらない。
 その為、実年齢は分からなかった。
 ただ、イリーナが目を細めている(気が落ち着いている)とはいえ、恐縮しているのが分かることから、イリーナよりも更にベテランの魔道師なのかもしれない。
 そこへ、マリアが慌ててやってくる。
 赤い縁の眼鏡を掛け、手には魔道書と魔道師の杖を持っている。
「お、お待たせしました!マリアンナです!」
「マリアンナ・ベルフェ・スカーレット。先般の“魔の者”との戦いの功績が認められ、総師範ダンテ・アリギエーリ師より、正式な登用が認められた(1人前のマスターに認定された)。……そうだったわね?」
「は、はい。そうです」
「契約悪魔は“七つの大罪の悪魔”の一柱、怠惰の悪魔ベルフェゴール。契約悪魔が契約悪魔なだけに、普段からの修行の態度については、ある程度の寛容が必要であるが……」
 ミシェルはつかつかとマリアの前に近づく。
 それに気圧されたマリアは一歩下がったが、ミシェルはマリアが着けている赤いリボンタイをキュッと締め直してやった。
 緩んで、首からぶら下がっている状態だったからだ。
「マスターになったということは、クライアントから依頼を受ける権利が与えられたということだ。クライアントは魔道師の魔法力よりも、クライアント本人の姿を見て決める。身だしなみには気を使うように」
「は……はい……」
「屋敷の奥も見ておきたいんだが?」
 ミシェルはイリーナに言った。
「はい。すぐご案内します。……あなた達はお茶の準備をしておいて。特に稲生君」
「わ、分かりました!」

 ミシェルは30分掛けて、マリアの屋敷内を巡察した。
 大食堂の上座で稲生達が用意したお茶をもらいながら、ミシェルが言った。
「師範代とマスターの住居だ。それが大きな屋敷である必要性は、ある程度認めよう。だが、無駄な設備も多い。それについて後ほど改善勧告を行うので、よく精査して従うように」
「はい」
 と、イリーナは小さく頷いた。
「それと……稲生勇太君」
「は、はい!」
「ちょっとこっちへ」
 ミシェルは稲生を手招きした。
「緊張する必要は無い。もうちょっとこっちへ来なさい」
「な、何でしょうか?」
 稲生はミシェルに近づいた。
「ちょっと失礼する」
 ミシェルは稲生の前髪をかき分けて、稲生の額を見た。
「……!」
 稲生は何だか、自分の脳の中を見られているような気がした。
「ダンテ師が、キミがかの南光坊天海僧侶の転生だという見方をしていたが、その可能性は高いようだ」
「そうなんですか!?」
「あいにくと、私の能力でもってしても、100%の確証は持てない。100%言えることで言うとするならば、確かにキミは高僧とされる者の転生であるということだ」
「そうでしたか!」
「キミが法華経と関わったのも、無理からぬことだろう。法華経を魔法の依り代として使用する手は、十分に実用的であると言える。今の修行法を続けて行くと良いだろう。……効率はあまり良くないがな」
「は、はい。頑張ります」
「マリアンナ・ベルフェ・スカーレットさん」
「はい」
「壮絶な人間時代の過去だったわね。そして、あなたのようなコはこの門内に沢山いる。甘えは許されない。だけど、あなたが今のトラウマに向き合う姿は評価できる。このトラウマを乗り越えたら、次は過去に向き合うこと。それが“魔の者”撃退の大きなカギとなるだろう」
「ど、どういうことですか!?」
「今回のイリーナ組の巡察は、これにて終了とする」
「ありがとうございました」
「ミシェル先生は“魔の者”の正体を御存知なんですか!?」
「私もかつて戦った。あなたも、いずれ正体に気づく時が来るだろう。その為のヒントは、今言った通りだ」
(過去に向き合う。マリアさんが、人間だった頃ということか?)
 と、稲生は思った。

 玄関まで見送る3人。
「次はアナスタシア組ですかね?」
 と、イリーナ。
「アナスタシア組は最後でいいだろう。何しろ弟子の数が多い。全員を見る為に集合させるまで時間が掛かるだろう。次は、ポーリン組だな」
 そう言ってミシェルは玄関の外に出ると、瞬間移動の魔法を唱えて消えた。
「もう大丈夫だよ。ご苦労さんだったね」
「いえ……。でも、緊張しました」
「…………」
「厳しい御方だけど、話せば分かる人だから。アタシもせっかく戻ったことだし、お茶にでもしようかねぇ……」
「そうですね。マリアさん、どうしました?」
「あ、いや、別に……」
 マリアは1番最後に、大食堂に戻った。
(魔道師になった時点で、過去の事とは決別したはずだ。それをもう1度向き合えとは……)
「マリア、色々考えることもあるだろうけど、まずはお茶にして落ち着きましょう」
 イリーナは目を細めたまま、先ほどミシェルが座っていた上座席とは隣の横向き席に座った。
 このように、イリーナは実質的な屋敷のオーナーであるが、けして上座には座らない。
 上座には、自分より立場の上の者が座るべきと考えているからだ。
 その1人が、先ほどのミシェルというわけだ。
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