(注)本レポートは「マイライブラリー(前田高行論稿集)」で全7回を一括ご覧いただけます。
7.小国カタールは天然ガス輸出国の盟主になれるか?
カタールのLNG年産能力7,700万トンが過剰設備であることは間違いない。しかしこれほど巨大なLNG設備を有する国は他に無く、カタールの優位は当面動かし難い。カタールは生産設備を巨大化しただけではなく、輸送能力即ちLNGタンカー船隊も編成した。同国のタンカー運航会社NAKILATは現在54隻のLNGタンカーを運航している。内訳は在来型(積載容量145,000-154,000㎥)9隻の他、Q-Flex型(同210,000-216,000㎥)と称する大型31隻、そしてスエズ運河が通行可能な最大船幅の超大型Q-Max(263,000-266,000㎥)14隻の合計54隻である。
Q-Flex及びQ-Max型は在来型に比べ容量がそれぞれ50%、80%大きいうえ運航中のエネルギーロスが40%も低いため、運送コストは在来型より20-30%安いとされている。Q-Flex、Q-Max型45隻のうち25隻はNAKILATが韓国の造船メーカーに建造させた自社船であり、その投資額は75億ドルに達する 。
但し天然ガスを液化するLNG生産設備とその運搬船を所有したからと言って世界中どこにでも天然ガスが売れる訳ではない。LNGは積卸港でLNG貯蔵タンクと再ガス化装置が必要であり、その投資額は生産設備に劣らず巨額である。これに比べてパイプラインの場合は末端の圧力を少し下げるだけでユーザーに供給することが可能であり、消費地における販売コストはLNGと比べ物にならないほど安価である。このためLNGの顧客は先進工業国の大規模な電力会社やガス会社など投資負担に耐え、長期間安定的かつ大量に引き取ることができる大企業に限定される。
LNG生産国が市場の覇者となるためには、液化設備から輸送及び再ガス化設備まで一貫して支配すること、即ちLNGのサプライチェーンを自ら構築し支配しなければならない。カタールは市場の覇者を目指し手始めに昨年5月英国のウェールズにヨーロッパ最大のLNGターミナルを建設した 。さらに50億ドルでLNGターミナルを建設する覚書を今年5月にギリシャと取り交わしている 。
本国での7,700万トンLNG生産施設、54隻のLNG船団、そして世界各地でのLNGターミナル建設と言う過大な先行投資は果たして実を結ぶのであろうか。それよりも過大投資が同国財政に与える影響は問題ないのであろうか。通常の民間企業であれば稼働率が6割を切るうえ、過去の巨額投資の借り入れ負担が加われば業績悪化は避けられないところである。しかしカタールの場合、今年度の財政収支は324億ドルの黒字の見込みである 。さらに同国の政府系ファンド(SWF)であるカタール投資庁は600億ドルの資金を保有していると言われ 、また格付け会社Standard & Poor’sはつい最近カタールのソブリン格付けをAAからAA+に格上げしている。このように現在のカタールは大幅な財政黒字及び豊富な余裕資金があり国際的な評価も高くLNG関連の過剰投資は全く問題にならないと言える。
課題は先行投資に見合った市場シェアの拡大ができるかということであろう。もしカタールが巨大な余剰生産能力と運搬能力を駆使してLNGのダンピング輸出を仕掛ければかなりのシェアを獲得できるかもしれない。実際カタールはLNGをスポットでダンピング販売している。しかしそのようなダンピングによる市場シェアは長続きするとは思えない。そもそも天然ガス貿易はパイプラインが主流でLNGは4分の1を占めるにすぎず、LNGだけで天然ガス市場を左右できる訳ではない。小国のカタールはヨーロッパ市場で自国より大きなシェアを占めるロシアやノルウェーを敵に回す勇気はないであろう。
結局カタールはLNGの覇者になることはできても、天然ガス輸出国の盟主となることは難しい。ガス版OPECとされるGECF(天然ガス輸出国フォーラム)の先兵として存在感を示すのが関の山であろう。カタールの天然ガス埋蔵量はロシア、イランに次いで世界第3位であるが 、同国は公称人口170万人 のうち自国民は2割に過ぎない小国である。天然資源の保有量が世界トップレベルであっても、小国は決してその分野でリーダーになることはできない。そのことは石油におけるクウェイトを見ればよくわかる。かつてOPEC全盛のころクウェイトは顧客を無視した傲慢な販売姿勢を取り続けた結果市場での信頼を失った。カタールが天然ガスの市場でクウェイトの轍を踏まないことを期待したい。
(完)
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