石油と中東

石油(含、天然ガス)と中東関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。

荒葉一也SF小説「イスラエル、イランを空爆す」(3)

2010-07-19 | 中東諸国の動向

パイロットのもう一つの敵

 空を自由に飛び回りたいと言う人間の本能的欲求を現実のものにするのがパイロットである。パイロットが昔から男たちの憧れる花形の職業であったことは洋の東西を問わない。特に戦闘機のパイロットは祖国防衛、敵との交戦と言う愛国心と闘争本能が加わり一層花がある。日本の零戦、ドイツのメッサーシュミットとそのパイロット達は敗戦後もなお国民の郷愁をかきたてる英雄である。戦勝国の米国が作る戦争映画でも日独の戦闘機パイロットが悪役にされた映画は無い。地上戦で敵国の将軍や兵隊が冷酷極まりない悪人として描かれているのとは対照的である。

  イスラエルでも空軍パイロットは憧れの的だ。彼らは度重なる中東戦争で大活躍し祖国の勝利に貢献した。しかし21世紀に入るとその風向きが変わり始めた。20世紀前半の第一次、第二次世界大戦は国家間及び大陸間の戦争として戦闘機が主役となった。第二次大戦後の東西冷戦下でも朝鮮戦争、ベトナム戦争など世界各地で米国とソ連がバックアップする国家間の紛争が続発、そこでは戦闘機の性能が競われた。ところが21世紀は国家間の紛争は局地的なものとなり、代わって宗教色の強いテロ活動、即ちイスラム・テロ活動が世界各国に頻発した。

  テロ活動は多くの場合、人口が密集した都市部で発生する。テロ組織も一般市民を装って日常活動を行う。しかも活動拠点が常に移動する。戦闘機は敵国の首都、空港、軍需工場など目標の所在が明確な施設を迅速に爆撃することが得意である。しかし頻繁に移動するテロの軍事拠点或いは都市に潜むテロ組織幹部に対する急襲などは治安部隊など地上軍の出番である。空軍が出動するとしてもアパッチ型ヘリコプターによるロケット砲攻撃がせいぜいであり、スピードが速いだけで全く小回りが利かない戦闘機の出る幕はない。

  21世紀に入り出番の無くなった戦闘機とパイロット達はイスラエル軍の中で次第に厄介者扱いされるようになった。実は彼らにも一度だけ出撃のチャンスがあった。2003年のイラク解放戦争である。イスラエル政府と軍部はイラク解放軍への参加を米国に打診した。しかし当時のブッシュ政権は親イスラエル色が強かったが、世界世論の手前イスラエルの申し出をやんわりと断った。解放戦争が始まって間もなくイラクのフセインはスカッドミサイルをイスラエルに撃ち込んで挑発した。イラクのミサイルはイスラエル占領地のヨルダン川西岸に着弾しただけで被害と言えるほどのものは何もなかったが、イスラエルにとってはそんなことは問題ではない。口実さえあれば敵を徹底的に叩くのがイスラエル流のやり方である。空軍は直ちに応戦体制を敷き、戦闘機のパイロット達はバグダッド空襲に勇み立った。

  しかしこの時も米国はイスラエルの反撃を許さなかった。もしイスラエルの参戦を認めれば「独裁者からのイラク解放」と言う大義名分で同盟軍に参加させたパキスタンなどのイスラム諸国、或いは陸上部隊の自国通過を認めたサウジアラビア、クウェイトなどの湾岸諸国から反発を受けることが明らかだったからである。

  こうしてイスラエル空軍のパイロットたちはCNNテレビでバグダッド空襲の実況中継を眺めるだけであった。戦闘機から発射されたミサイルが目標に向かって真っすぐ突っ込む様子、そして上空で目標攻撃の瞬間をとらえた偵察機からの映像をCNNは繰り返し放映した。テレビ・ゲームのように見えて実はゲームではない本当の戦争が行われているのであるが、それはバグダッド市民以外は誰も痛みを感じない世界であった。

  さらにイスラエル国内に戦闘機部隊を無用の長物とみなす意見が拡がっていた。現在の主力戦闘機F15、F16は既にかなり老朽化している。イスラエル空軍は米国が開発した最新鋭超音速戦闘機F22、通称ステルス戦闘機ラプターがのどから手が出るほど欲しかった。ステルスなら敵のレーダーや赤外線追尾装置に捕まる可能性が低い。ラプターを開発した米国メーカーもユダヤロビーと結託してイスラエルへの輸出を政府に働きかけた。イスラエルの隣国サウジアラビアもラプター導入に熱心であった。こちらはオイルマネーをちらつかせ、米国の言い値で購入すると持ちかけた。ラプターは1機2億ドル以上もする超高値であるが、サウジアラビアにとってはたいした出費ではない。

  しかし米国の兵器輸出には一つの鉄則がある。最新兵器は常にイスラエルが中東で最初の顧客で無ければならないという鉄則である。ユダヤロビーは米国製最新兵器がイスラエルよりも先にアラブ諸国に渡ることを決して許さないのである。まずイスラエルが導入すればその後米国議会はサウジアラビアなどアラブ諸国への輸出を承認する。それは米国兵器産業を支援することになり、また競争相手のフランスやロシアを阻止するためでもある。しかし今のイスラエルにはラプターを導入する財政的余裕がない。

  現在のイスラエルはハマスやヒズボラーなどイスラム過激派組織と間断のない戦いを強いられ戦費は増える一方である。国防予算がGDPの8%以上を占め財政を圧迫している。半世紀以上続く準戦時体制で一般国民も嫌気がさし始めている。1機2億ドルもするステルス戦闘機の購入に国民は拒否反応を示したのである。

  さらにイスラエル空軍パイロットを脅かすもう一つの兆候がイスラエル国内にもあった。無人爆撃機の開発である。IT産業の発達したイスラエルではIT技術を軍需産業に応用する研究も盛んである。その一つとしてパイロットを必要としない低コストの無人爆撃機の開発が進められ、既に実用化段階に達しつつあった。そうなれば空軍の戦闘機部隊はIT技術者と整備士が基幹要員となる。パイロットは地上戦の負傷兵を病院に搬送するためのヘリコプター要員だけで十分であり、戦闘機のパイロットはお払い箱である。

  戦闘機による有人爆撃は無用のものとなりつつあった。中東戦争で活躍し今は指導教官となっている先輩パイロットはもとより現役パイロット達の焦りの色は濃くなり、戦闘機部隊の存在感をアピールする必要があった。今回のイラン空爆は焦燥に駆られた空軍のごり押しとも言える作戦計画の結果であった。幹部の中には今回のイラン作戦が最期の有人爆撃になるかもしれないと覚悟した者もいたのである。

(続く)

(この物語はフィクションです。)

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