(注)本レポートは「マイライブラリー(前田高行論稿集)」で一括してご覧いただけます。
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金融(政府系ファンドSWF):ヨーロッパ偏重からアジアへ目を向ける
GCC諸国の政府系ファンド(Sovereign Wealth Fund, 以下SWF)としてはアブダビ投資庁(ADIA)或いはクウェイト投資庁(KIA)が有名であり巨額の資産を運用しているが、天然ガス(LNG)輸出による余剰資金が豊富なカタールにも有力なSWFがある。同国最大のSWFはカタール投資庁(Qatar Investment Authority, QIA)であり、世界的なSWF調査機関SWF Institute(米国)によればQIAの資金量は世界第12位の1,150億ドルとされている。因みに1位はノルウェー政府年金ファンドの7,372億ドルで、ADIAは第3位(資金量6,270億ドル)、KIAは第6位(同3,860億ドル)である。
QIAはADIA、KIAに比べ規模が小さいが、2011年7月のSWF Instituteレポートでは850億ドルであり2年余りで300億ドル(約3兆円)増加している。ただQIAに限らずGCC各国のSWFは財務内容がベールに包まれており、SWF InstituteはQIAの透明度を10段階の中間の5と評価しており、透明度10のノルウェー政府年金ファンドに比べ見劣りがする。
QIAはADIA、KIAに比べて歴史が新しく 、ADIA、KIAが2008年のリーマンショックで深手を負った際もQIAはほとんど無傷であった。そのためリーマンショック以降QIAはハマド前首長のもとで積極的な投資活動を行ってきた 。当時のQIAの投資行動はほぼ4つの分野に分けることができる。それは(1)金融不安に陥った欧州の銀行への資金注入、(2)両国トップの信頼関係によるフランス企業への投資、(3)サッカーワールドカップ開催に関連した投資、及び(4)ホテルなど海外での観光(tourism)分野への投資、の四分野である。
銀行への資金注入としては金融危機に陥ったスペイン及びギリシャの銀行にそれぞれ3億ユーロ及び5億ユーロを貸し付けている(2011年)。サルコジ大統領とハマド首長(共に当時)の個人的信頼関係が強固であったフランスに対しては水企業Veoliaの株取得(2010年4月)及び原子力企業Arevaの株取得(2010年11月)がある。さらに2022年の開催地となったサッカーワールドカップ関連では仏サッカーチームParis St Germainの買収(2011年6月)があり、独建設企業Hochtief社の9.1%株式取得もワールドカップ施設建設をにらんだ戦略と思われる。そして観光分野ではカナダのフェアモントホテル株40%取得(2010年4月)、スペインの保養地Golden Coastのマリーナ買収(2011年7月)、英国のF1サーキット運営権の買収(同年8月)などQIAは矢継ぎ早やの投資を行った。
上記を見ても解るとおりQIAの投資はこれまで西欧諸国が殆どであった。その理由はQIA内部の投資コンサルタントが欧米金融機関からの派遣者或いはOBだからである。彼らお雇い外人たちは手っ取り早く成果を上げ、しかも失敗のリスクを抑えるためにM&A情報を得やすい欧米市場に絞り込み、リスクが不確かなアジアなど新興市場を敬遠したのは当然のことであろう。彼ら欧米人コンサルタントが破格の待遇を受けていることは一部で「Qatar is a gold mine for advisors」と報道されていることからもうかがい知れる 。彼らにとってカタールはまさに「いいカモ」であった。
欧米投資のリターンがどの程度であったかはわからない。QIAの透明度は低く、運用情報は全く開示されていない。しかし常識的に考えてもスペインやギリシャの銀行に対する投資がペイしたとは考えにくい。それどころか元本割れで多額の損失を抱えている可能性は否定できない。また仏企業VeoliaやArevaの株取得或いはParis St Germainの買収は金満国家カタールの名を高めることには寄与したかもしれないが経済合理性に見合っていたかどうかは甚だ疑わしい。サルコジ大統領が退陣したあとフランスでは極右国粋主義者のルペンがイスラム国カタールの対仏投資にかみついているほどである 。
QIAはこれまでも中国銀行株のIPO投資(2010年6月)やシンガポールの名門ホテルRafflesの買収に動くなどアジアでの投資を行っているが、今後これまでのヨーロッパ偏重からアジア投資重視の動きが本格化しそうである。その布石としてQIAは今年8月香港在住の元銀行マンをM&A部門のトップに据え、またモルガンスタンレーのアジア地区担当責任者を新設のインフラ投資チームに招いている 。
以上、カタール首長交代後の同国の外交、エネルギー及び金融各分野における新たな動きを概観した。これらの動きが今後加速するかどうかはまだしばらく様子を見る必要があろう。皇太子時代のタミーム新首長の言動から見る限り、彼は父親ほどの剛腕ではなさそうだ。と言うよりも側近のお膳立てに従い、敵を作らないように慎重に事を運ぶ性格のようであり人の良い二代目の風貌である。カタールはゆっくり慎重に舵を切っていくのであろう。
(完)
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