石油と中東

石油(含、天然ガス)と中東関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。

天然ガスは目先買い手市場に:BPエネルギー統計2016年版解説シリーズ(天然ガス篇24完)

2016-09-12 | BP統計

(注)本シリーズは「マイライブラリー(前田高行論稿集)」で一括してご覧いただけます。

http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0387BpOilGas2016.pdf


7.天然ガスの価格(続き)

(かつてはヨーロッパ、米国の方が日本より高かった時代もあった!)

(2)日本のLNG価格を1とした場合のヨーロッパ、米国の天然ガス価格

(図http://members3.jcom.home.ne.jp/maedaa/2-5-G02.pdf 参照)

 ここで取り上げた日本とEUと米国の天然ガスの価格は日本がCIF価格であり、米国はパイプラインの受け渡しポイントHenry Hubにおける価格である。従って米国と日本を単純比較することはできないが、ここではその点を含んだ上で日本のLNG価格を1とした場合の2000年から2015年までのヨーロッパ及び米国との格差を比較すると、まず2000年のヨーロッパ価格は日本の0.57倍、米国は0.89倍であった。つまりヨーロッパ価格は日本より4割安く米国価格は1割程度安かったのである。

 

 その後2002年までは3者の価格差に大きな変化はなかったが、2003年には米国Henry Hub価格が上昇、日本との相対価格は1.18倍に逆転した。原油価格が安定したため原油にリンクした日本のLNG価格が低く抑えられたのである。その後も米国の価格は上昇、2005年には米国価格は日本の1.45倍まで格差が広がった。つまり2003年から2005年までの3年間は米国の天然ガス価格の方が日本のLNG価格より高かったのである。一方この間にヨーロッパの対日相対価格も徐々に上昇し2005年には日本価格を上回り1.2倍になり、翌年も1.1倍となった。即ち2005年は日本価格が米国価格及びヨーロッパ価格のいずれよりも安かったのである。

 

 しかし2007年には再び日本価格がヨーロッパ及び米国価格を上回るようになり、特に2009年以降は原油価格の急騰に伴い日本の価格が急上昇したのに対しヨーロッパ価格はさほど大きな変動が見られず、米国はシェールガスの開発が本格化し日本とは逆に価格が急速に下落した。その結果、3地域の価格格差は年々拡大し、2015年は日本=1に対してヨーロッパ価格は4割近く安い0.63倍であり、米国価格は日本の4分の1に水準にとどまっている。

 

 今後この格差がどうなるか予断を許さないが、豪州、東アフリカ等世界各地で天然ガスの開発が進み、また米国のLNG輸出が開始されるとLNGのスポット価格は下がる可能性がある。またパプアニューギニア、豪州、モザンビーク、米国シェールガスなどのLNGプロジェクトに日本企業が資本参加することで安定的な価格と量の確保が可能となる。さらに原油価格は現在1バレル50ドル前後の低い水準のままであり日本の輸入LNG価格もそれに引きずられた形で低位安定することが見込まれ、一方米国ではシェールガスの減産により市場価格が上昇すれば、3者特に日米の価格差が縮小する可能性もあると言えよう(2015年の日本向けLNG価格にその兆候が見られる)。

 

 歴史を遡って見ると、LNGが本格的に市場に登場したのは1997年にカタールと日本の中部電力が長期需給契約を締結した時からである。この時、米国或いはヨーロッパにおけるパイプラインを介した天然ガス価格はLNG価格算定の参考にならず、日本向けLNG価格は原油価格とリンクした価格体系が編み出された。

 

 1990年代後半は1980年代のOPEC支配の時代が終わり第二次オイルショック時には40ドル/バレルに達した原油価格が1998年には12ドル台にまで暴落し原油は市況商品とみなされるようになっていた。従ってこの時点でLNG価格を原油価格にリンクさせることは長期的な安定取引を望むカタール及び日本の双方にとってメリットがあったことは間違いなかったのである。

 

 現在のEU或いは米国との価格差をとらえて、日本企業のLNG取引の稚拙さを非難する声があるがそれはあくまで結果論と言えよう。エネルギー資源の無い日本にとって石油及び天然ガスを長期安定的に確保することが至上命題であり、その時々の価格の高低に一喜一憂することは余り意味のあることとは思えない。

 

(天然ガス篇完)

 

本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。

        前田 高行         〒183-0027東京都府中市本町2-31-13-601

                               Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642

                               E-mail; maeda1@jcom.home.ne.jp

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天然ガスは目先買い手市場に:BPエネルギー統計2016年版解説シリーズ(天然ガス篇23)

2016-09-11 | BP統計

 (注)本シリーズは「マイライブラリー(前田高行論稿集)」で一括してご覧いただけます。

 http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0387BpOilGas2016.pdf

 

7.天然ガスの価格

(三つに分かれるガス価格。日本と米国では2.6倍の格差!)

(1)2000年~2015年の天然ガス価格の推移

(図http://members3.jcom.home.ne.jp/maedaa/2-5-G01.pdf 参照)

 天然ガスの取引価格には通常US$ per million BTU(百万BTU当たりのドル価格)と呼ばれる単位が使われている。BTUとはBritish Thermal Unitの略であり、およそ252カロリー、天然ガス25㎥に相当する[]

 

 市場の自由取引にゆだねられた商品は価格が一本化されるものであるが(一物一価の法則)、天然ガスについては歴史的経緯により現在大きく分けて三つの価格帯がある。LNGを輸入する日本では原油価格にスライドして決定されている。巨額の初期投資を必要とするLNG事業では販売者(カタール・オーストラリアなどのガス開発事業者)と購入者(日本の商社、電力・ガス会社などのユーザー)の間で20年以上の長期安定的な契約を締結することが普通である。この場合価格も両者間で決定されるが、その指標として原油価格が使われているのである。

 

 これに対してヨーロッパでは供給者(ロシア、ノルウェー、アルジェリアなど)と消費者(ヨーロッパ各国)がそれぞれ複数あり、パイプライン事業者を介して天然ガスが取引されており、EU独自の価格体系が形成されている。また完全な自由競争である米国では天然ガス価格は独立した多数の供給者と需要家が市場を介して取引をしており需給バランスにより変動する市況価格として形成される。その指標となる価格が「Henry Hub価格」と呼ばれるものである。

 

 ここでは日本向けLNG価格(以下日本価格)、英国Heren NBP index価格(以下ヨーロッパ価格)及び米国Henry Hub価格(以下米国価格)について2000年から2015年までの推移を比較することとする。なお参考までに百万BTU当たりに換算した原油価格も合わせて比較の対象とした。

 

 2000年の日本価格は4.7ドル、ヨーロッパ価格2.7ドル、米国価格4.2ドルであり、当時の原油価格は4.8ドルであった(いずれも百万BTU当たり)。ヨーロッパ価格が低く、日本価格及び米国価格及び原油価格は4ドル台で原油が最も高かった。この傾向は2002年まで続き、2003年には米国価格が一時的に原油価格、日本価格、ヨーロッパ価格のいずれをも上回った。

 

 2004年以降原油価格の上昇に伴い天然ガス価格もアップし、2005年の価格は米国価格8.8ドル、原油価格8.7ドル、ヨーロッパ価格7.4ドル、日本価格6.1ドルとなり、日本向け価格が最も安くなった。しかしその後2008年にかけて原油価格が急騰する中で日本価格とヨーロッパ価格が原油価格を後追いする形で急激に上昇した中で、米国価格は横ばい傾向を示したのである。その結果2008年は原油価格16.8ドルに対し日本価格12.6ドル、ヨーロッパ価格10.8ドル、米国価格は8.9ドルとなり、日本価格と米国価格の格差は1.4倍に広がった。

 

 2008年の反動で2009年には原油価格が急落、日本、EU、米国それぞれのガス価格も下落したが米国の下落幅が大きく、日本価格は米国価格の2倍以上になった。2009年以降原油価格は再び急上昇したが、この時3地域の天然ガス価格は明暗を分けた。日本価格は原油価格に連動して上昇の一途をたどったのに比べヨーロッパ価格は緩やかな上昇にとどまった。そして米国価格はさらに下落する傾向を示したのである。

 

 この結果、2014年の各価格は原油価格16.80ドルに対し、日本価格は16.33ドル、ヨーロッパ価格8.25ドル、米国価格4.35ドルとなった。日本価格はヨーロッパ価格の2倍、米国価格に対しては3.8倍である。2014年から2015年にかけて原油価格が暴落したため、2015年のガス価格は3地域とも大幅に下落した。中でも原油価格にリンクした日本向け価格は大きく下がり、2015年は10.31ドルと対前年比4割近く下がった。これに対してヨーロッパ価格は6.53ドル、米国価格は2.6ドルであった。ヨーロッパ価格の対前年比下落率は20%であり、米国価格は同40%であった。下落率では米国価格が最も大きかったが、これは米国でシェールガス増産により供給過剰となったためである。現在日米の価格格差は4倍に達している。

 

(続く)

 

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今週の各社プレスリリースから(9/4-9/10)

2016-09-10 | 今週のエネルギー関連新聞発表

9/5 JOGMEC スリナム共和国海上における帝石スリナム石油株式会社の事業終結について 
9/5 出光興産 当社大株主、公益財団法人出光美術館・出光文化福祉財団に対する当社の申入れについて 
9/6 三菱商事 LNG燃料供給・販売の全世界ブランド「GAS4SEA」を発表 
9/7 出光興産 ロイヤル・ダッチ・シェルからの昭和シェル石油株式会社の株式(33.3%議決権比率)の取得時期に関するお知らせ 
9/9 JOGMEC マレーシア・サバ州沖深海S鉱区におけるインペックス北西サバ沖石油株式会社の事業終結について 
9/9 三菱商事 米国メキシコ湾で洋上原油生産設備(FPSO)事業の生産開始~シェル・オフショア社向のFPSO傭船・操業・保守事業~  

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天然ガスは目先買い手市場に:BPエネルギー統計2016年版解説シリーズ(天然ガス篇22)

2016-09-09 | BP統計

(注)本シリーズは「マイライブラリー(前田高行論稿集)」で一括してご覧いただけます。

http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0387BpOilGas2016.pdf

 

6.カタールと日本の輸出入の動向(2006~2015年)(続き)

(頭打ちになった日本のLNG輸入!)

(6-2)日本の場合

(図http://members3.jcom.home.ne.jp/maedaa/2-4-G08.pdf 参照)

 日本は世界一の天然ガス輸入国である。日本の輸入は全てLNGであり従って世界一のLNG輸入国でもある。日本のLNG輸入量は2006年の819億㎥から2008年には921億㎥に達した後、2009年、2010年と横ばい状態であった。しかし2011年には一挙に1千億㎥を突破、2012年には1,188億㎥に達した。これは再三触れてきたように原発停止による火力発電用燃料として天然ガスの需要が急増したためである。2011年及び2012年のLNG輸入の対前年増加率は14.4%、11.1%と二桁台の大幅な伸びであった。しかしその後は輸入の伸びは頭打ちとなり、2015年のLNG輸入量は1,180億㎥であった。

 

 2006年から2015年までの日本のLNG輸入を相手国別に見ると、2006年はインドネシアからの輸入が186億㎥と最も多く、これに次いでオーストラリアが157億㎥、マレーシアが156億㎥であり、第4位以下にカタール(99億㎥)、ブルネイ(87億㎥)が続いていた。しかしインドネシアからの輸入は2008年の188億㎥をピークに2012年には100億㎥を下回り、2015年の輸入量は89億㎥にとどまっている。インドネシアは国内の天然ガス消費の増加により輸出余力が無くなっており数年先には純輸入国に転落するものと思われる。またマレーシアも同様の事情であり日本の輸入はここ数年200億㎥前後で頭打ち状態にある。

 

 これら両国に代わる輸入先がカタール、オーストラリア及びロシアである。特にカタールは原発事故以後のLNGの緊急輸入先として大きな存在感を示している。即ちカタールからのLNG輸入量は2006年から2010年まで100億㎥前後で推移していたが、2011年には1.5倍の158億㎥に急増、さらに2012年には200億㎥の大台を超え前年比35%増の213億㎥に達し、2015年の輸入量は202億㎥である。

 

 オーストラリアの2015年輸入量は257億㎥で輸入国としてはトップである。オーストラリアでは日本企業が関与したLNGプロジェクトが建設中であり、今後安定した供給先となることが期待されている。ロシアは2009年に極東LNGプロジェクトが操業を開始し、同年37億㎥が日本に輸入された。その後輸入量は順調に増え2015年には同国から105億㎥を輸入、オーストラリア、カタール、マレーシアに次ぐ第4位の輸入国となっている。なおLNG需要の急増に対して上記各国の他、UAE、エクアトール・ギニア、オマーン、ブルネイなど約20カ国からスポット物を含めたLNGが輸入され調達先が多様化している。

 

(貿易量完)

 

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天然ガスは目先買い手市場に:BPエネルギー統計2016年版解説シリーズ(天然ガス篇21)

2016-09-08 | BP統計

 

(注)本シリーズは「マイライブラリー(前田高行論稿集)」で一括してご覧いただけます。

 

http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0387BpOilGas2016.pdf

 

 

(6) カタールと日本の輸出入の動向(2006~2015年)

本項では世界第二位の天然ガス輸出国であるカタール及び世界トップの輸入国である日本の両国について2006年から2015年までの9年間の輸出相手先或いは輸入相手先を見てみる。

 

(目を見張るカタールの天然ガス輸出。2011年までの6年間で数量も輸出先も4倍!)

(6-1)カタールの場合

(図http://members3.jcom.home.ne.jp/maedaa/2-4-G07.pdf 参照)

 カタールはLNGの輸出量が世界一であり、パイプラインとLNGを合計した輸出量でもロシアに次いで世界第2位である(前項参照)。カタールは2007年からUAE及びオマーン向けにパイプライン(ドルフィン・パイプライン)による天然ガスの輸出を開始したが、これを含めて2006年から2015年までの同国の天然ガス輸出の動向を見ると以下のとおりである。

 

 2006年のカタールの天然ガスの輸出量は311億㎥で全量LNGであった。最大の輸出先は日本向けの99億㎥であり、これに次ぐ韓国向けが90億㎥、インド向け68億㎥であり、この3カ国だけで同国の輸出の83%を占め、輸出相手国はこれら3カ国に加えスペイン、ベルギー及びメキシコの計6カ国であった。2007年には英国、台湾などが新たなLNGの輸出先に加わりまたUAE向けにパイプラインによる輸出も始まり、LNG380億㎥、パイプライン8億㎥の合計388億㎥に増加した。2008年にはパイプライン輸出が本格的になり、UAEが日本を抜いてカタールの最大の輸出相手先となった。

 

 2009年にはカタールの輸出は2006年の2倍を超える678億㎥に達し、その後2011年には1千億㎥を突破、2006年の4倍の1,149億㎥と飛躍的に増加している。対前年比増加率でみると、2007年から2011年までは毎年20~40%と言う驚異的な増加率を示している。2012年以降は輸出の伸びはとどまっているが、10年間の平均年間増加率は18%という高い数値を示している。

 

 2006年に日本を含め6カ国にすぎなかった輸出相手国の数は、その後台湾、UAE、中国、英国、イタリアなどが新たな輸出相手国に加わり2015年には20カ国以上に増加している。日本向けの輸出量は2006年から2010年まで100億㎥前後で安定していたが、その間にカタールの総輸出量が急増したため日本のシェアは2006年の32%から2010年には12%まで低下した。しかし2011年の東日本大震災をきっかけに日本の輸入が急増、2015年の日本のカタールからの輸入量は202億㎥に達している。

 

(続く)

 

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ニュースピックアップ:世界のメディアから(9月7日)

2016-09-07 | 今日のニュース

サウジとロシアが石油市場協力で共同声明発表。中国広州で両国エネルギー相会談

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見果てぬ平和 - 中東の戦後70年(36)

2016-09-07 | 中東諸国の動向

第4章:中東の戦争と平和

 

8.ナクバの東

 イスラエルの独立を賭けた第一次中東戦争でアラブが惨敗したため、アラブ諸国ではこの戦争のことを「ナクバ(大災厄)」と呼んでいる。その最大の被害者はパレスチナに住んでいたアラブ人、すなわちパレスチナ人であった。戦争終結後の数年間で約75万人のユダヤ人が世界各地からパレスチナに流れ込んだが、それとほぼ同数のパレスチナ人が難民となって国外に押し出された。その後の中東戦争でも多数のパレスチナ難民が生まれ、難民の総数は世界全体で1千万人と言われるが、その多くは東の隣国ヨルダンに逃れたのである。ヨルダンが「ナクバの東」という訳である。

 

 しかしもともと貧しい国であるヨルダンではパレスチナ難民の暮らしは苦しく、彼らの多くはそのころ石油ブームが始まったばかりのクウェイト、サウジアラビアなどの湾岸アラブ産油国へ移住した。彼らはナクバの地パレスチナからヨルダンを経てさらに東へと移動していったのである。湾岸産油国で彼らは重宝がられた。同じアラブの同胞、共にアラビア語を話す容易な意思疎通、宗教はイスラーム、宗派も同じスンニ派。そしてサウジアラビアやクウェイトがなによりも重宝したのはパレスチナ人の学力の高さであった。

 

 湾岸諸国では外国から来る出稼ぎ者を「ゲスト・ワーカー(客人労働者)」と呼び、自らを「ホスト国」と称した。アラビア語で日常会話をし、金曜日にはモスクで一緒に礼拝するパレスチナ人出稼ぎ者は地元では最良の「ゲスト・ワーカー」だった。ただし「ゲスト(客人)」という言葉の響きに惑わされてはならない。石油の富の分け前を求めてこの国にやってくるパレスチナ人はあくまでも出稼ぎ労働者に過ぎない。だからパレスチナ人たちは冷遇される。時には自らを棚に上げてパレスチナ人を罵倒する者もいる。子供たちもそれを真似て理由もなくパレスチナの子供たちをいじめる。

 

 しかしパレスチナ人たちはじっと耐え忍ぶしかない。ここでは故郷の数倍の給料がもらえるが、身分は不安定で、雇用主の気分次第で簡単に首にされ国を追い出される。出稼ぎはまさに現代の奴隷制度である。

 

 ただ出稼ぎは移民と異なることを指摘しておく必要があろう。移民は他国から移住してその国の市民権を取得した人々である。社会的差別があるにしても移民は本来の国民と同様の政治的権利を持ち、社会保障を受ける権利を有する。しかし出稼ぎ労働者にはそのような権利は与えられない。

 

 パレスチナ人は明らかにクウェイトやサウジアラビアの国民よりも学問があり、経験豊かで礼儀正しかった。それでも出稼ぎという現代の奴隷制度のもとでは彼らは屈辱に耐えて働き続けるほかなかった。彼らは毎月の給料の大半をひたすら故郷に送り続けた。いずれ退職してヨルダンに帰ったときにアパートを建てて家主になるか、或いは小さな店を開いて自営業者になることが彼らの夢だったのである。

 

 彼らは子供たちに大学教育をつけてやることにも熱心であった。流浪の難民が他国で生きていくためには人並み優れた知識や専門技術が必要だったからである。クウェイトで働くシャティーラ家とアル・ヤーシン家はそれぞれ教師と医師であったため、人一倍教育熱心であり、シャティーラ家では苦しい家計をやりくりして次男を米国に留学させた、サウジアラビアの石油会社で働く長男のシャティーラも給料の何がしかを弟の学費の足しにと父親に渡した。彼らは弟が米国の大学を卒業し市民権を取ってくれることを期待した。そこには万一、中東での生活が危うくなったとき、米国に移住しようという思惑もあったのである。

 

 ただ父親自身はトゥルカムに戻る希望を失っていなかった。彼には故郷の町で私塾を開き子供たちに学問を教えて余生を過ごしたいという夢があった。彼はクウェイトでの教師として定年を迎えた1970年代末にクウェイトを離れ、ヨルダンに戻った。シャティーラ家と前後してアル・ヤーシン家も娘のラニアをカイロのアメリカン大学に留学させると、それを機にヨルダンに戻った。こちらは医師の免許があるのでヨルダンに永住する覚悟を決め、パレスチナ国籍からヨルダン国籍に変更した。1970年の「黒い9月」事件以後、パレスチナの政治組織PLOはレバノンに移り、ヨルダンはフセイン国王の下で平穏な情勢であった。湾岸諸国に移住したパレスチナ人たちはいろいろな思惑を胸にヨルダンに戻ったのである。「ナクバ」の地パレスチナから東へ東へと移動したパレスチナ人は再び西へ移動し、ヨルダンでパレスチナに帰還できる日を待ちわびたのであった。

 

 (続く)

 

本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。

       荒葉一也

       E-mail; areha_kazuya@jcom.home.ne.jp

       Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642

 

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天然ガスは目先買い手市場に:BPエネルギー統計2016年版解説シリーズ(天然ガス篇20)

2016-09-06 | BP統計

(ロシアと日本がそれぞれ輸出入世界一!)

(5) 2015年の天然ガス貿易(パイプライン + LNG合計)

(図http://members3.jcom.home.ne.jp/maedaa/2-4-G06.pdf 参照)

 2015年のパイプライン(以下P/L)とLNGを合わせた天然ガスの輸出(入)量は世界全体で1兆424億㎥であった。輸出量トップはロシアの1,906億㎥であり、内訳はP/Lによるものが1,761億㎥、LNGが145億㎥であった。世界の輸出全体に占める同国の割合は18%である。これに次ぐのがカタールの1,262億㎥であり、内訳はLNG輸出が1,064億㎥、P/L(ドルフィンP/L)はUAE向けの198億㎥である。第3位はノルウェーの1,155億㎥で、同国の場合は殆どがP/Lによる欧州各国向けの輸出である。上記3カ国が天然ガスの三大輸出国であり、3カ国の合計シェアは世界の42%に達する。その他の主な輸出国はカナダ、アルジェリア、トルクメニスタン、オーストラリアなどである。

 

 一方輸入国としては日本が1,180億㎥と最も多く、次いでドイツの1,040億㎥が世界第2位である。日本は全量がLNG、ドイツは全量P/Lと両国の特色が分かれている。世界第3位の輸入国は中国(598億㎥)であり、第4位以下にイタリア(562億㎥)、トルコ(472億㎥)、韓国(434億㎥)と続いている。なお米国はGrossの輸入量は770億㎥であるが、一方505億㎥を輸出している。これを差し引いたNETの輸入量は265億㎥となり、世界12位の輸入国となる。さらに米国は近年シェールガスの開発生産が急増、国内での自給率が高まっている(第3項消費量(5)「主要国の需給ギャップ」参照)。従って輸入量は引き続き減少し、いずれ天然ガスの純輸出国になるものと思われる。

 

 輸入上位2カ国(日本、ドイツ)の世界全体に占める割合は21%であり、輸出上位2カ国(ロシア及びカタール)のシェア30%に比べてかなり低い。輸出は少数の国に握られ、輸入は多くの国が群がっていると言えよう。

 

(続く)

 

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天然ガスは目先買い手市場に:BPエネルギー統計2016年版解説シリーズ(天然ガス篇19)

2016-09-05 | BP統計

(4) パイプラインによる輸出入(2015年)

(図http://members3.jcom.home.ne.jp/maedaa/2-4-G05.pdf 参照)

 2015年のパイプラインによる天然ガスの主な国の輸出入量は概略以下のとおりである。なおパイプライン貿易では米国とカナダのように相互に輸出入を行っている国がある。例えば2015年に米国はカナダから744億㎥の天然ガスを輸入する一方、カナダとメキシコへ合わせて497億㎥を輸出している。国境をまたぐ多数の天然ガスパイプラインがあるためである。この他国境をまたがるパイプラインが発達しているヨーロッパでは輸入した天然ガスを再輸出するケースも少なくない。本項で述べる各国の天然ガス輸出量或いは輸入量は輸出入を相殺したNETの数量である。

 

(世界のパイプライン貿易の4分の1を支配するロシア!)

(4-1)国別輸出量

 パイプラインによる天然ガス輸出が最も多い国はロシアでありその輸出量は1,761億㎥、世界の総輸出量の25%を占めている。ロシアの輸出先は東ヨーロッパ及び西ヨーロッパ諸国である。第2位のノルウェーの輸出量は1,095億㎥(シェア16%)であり、年間輸出量が1千億㎥を超えているのはこの2カ国だけである。両国に次いで輸出量が多いのはカナダ(545億㎥)、トルクメニスタン(381億㎥)、アルジェリア(250億㎥)であり、カナダの輸出先は米国、アルジェリアは地中海の海底パイプラインにより西ヨーロッパ諸国に輸出している。なお冒頭に述べたようにカナダは米国と相互に輸出入を行っており、Grossの輸出量は743億㎥である。

 

 上記5カ国による輸出量は全世界の6割弱を占めている。従来パイプラインによる輸出は北米大陸とヨーロッパ大陸が主流であったが、最近ではトルクメニスタンから中国への輸出、或いはドルフィン・パイプラインによるカタールからUAEへの輸出など北米、ヨーロッパ以外の地域でもパイプラインによる天然ガス貿易が拡大しつつあり、カタールのパイプラインによる輸出量は198億㎥に達し世界第6位である。

 

(パイプラインによる天然ガス輸入量トップはドイツ!)

(4-2)国別輸入量

 2015年にパイプラインによる天然ガスの輸入量が最も多かったのはドイツで1,040億㎥であった。これに次ぐのがイタリア(502億㎥)、トルコ(397億㎥)、フランス(359億㎥)、中国(336億㎥)、メキシコ(299億㎥)、米国(247億㎥)である。ドイツの主たる輸入先はロシア及びノルウェーであり、イタリアはアルジェリア及びロシアから輸入している。英国はかつて天然ガスの輸出国であったが最近では純輸入国に転落しており、パイプラインによるほかカタールからのLNG輸入にも踏み切っている。なお米国の輸入量はカナダとの相互貿易を差し引いたNETの数量である。

 

(続く)

 

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今週の各社プレスリリースから(8/28-9/3)

2016-09-03 | 今週のエネルギー関連新聞発表

8/29 Shell Shell Divests Gulf of Mexico Assets for $425 Million Plus Royalty Interests  
8/29 Chevron Chevron and ENN Sign LNG  Sales and Purchase Agreement 
8/31 JXホールディングス/東燃ゼネラル石油 JX ホールディングス株式会社と東燃ゼネラル石油株式会社 との経営統合契約等の締結について  
9/1 出光興産 台湾での水添石油樹脂製造装置建設について 
9/1 昭和シェル石油 サウジアラビア国家産業クラスター開発計画庁・サウジアラムコとの 覚書締結についてのお知らせ 
9/1 BP BP signs second Chinese shale gas contract with CNPC 
9/2 BP Rosneft, BP and Schlumberger sign technology agreements 

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