イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「LIFE SCIENCE(ライフサイエンス)  長生きせざるをえない時代の生命科学講義」読了

2021年06月24日 | 2021読書
吉森保 「LIFE SCIENCE(ライフサイエンス)  長生きせざるをえない時代の生命科学講義」読了

なんとなく外国人が書きそうなタイトルと装丁だが、これは日本人が書いた本である。だからだろうか、内容はかなり読みやすいように思う。中にはすでに知っているような内容のものもあるが、知っていると言いながら、自分でそれを説明せよと言われるとそれができない。結局、知ったかぶりをしているということになるのだろうけれども、だから、同じような内容の本を何冊も読むのである。そのうちに血肉になっていってくれるだろう。それに加えて、後半の部分はちょっと大げさだが、驚きの内容が書かれている。

タイトルには、「長生きせざるをえない」と書かれているが、とくにそれが何を意味しているかというのは明確ではない。それを抜きにしても理解しやすい内容と、知っていそうでじつは詳しくはわからないというところをうまく突いているのは著者が世間の人の理解度はこんなものというところをよく知っているのだろう。
著者は、細胞がたんぱく質を分解し再利用するという、「オートファジー(自食作用)」の研究者で、 2016年にノーベル賞を受賞した大隅良典教授の弟子だそうだ。

最初の部分は、科学的思考とはどのようなものかということから始まる。現代は様々な情報が飛び交い、医学に関する情報も様々な中で、科学的な思考を理解し、リテラシーを持たなければならないというのが著者の考えだ。
まず、科学は真理に到達できないということを理解しなければならない。仮説を検証し、できるだけ真理に近づこうとするのが科学なのである。だから科学の世界では、あの人は「間違えていた」「嘘をついた」と攻撃するのは間違いなのである。
昔、話題をふりまいたSTAP細胞であるが、あれも、「これは仮説です。」と言い続ければよかったのだが、「STAP細胞はあります」と言ってしまったからおかしくなったと著者は言う。なんだかよくわかるようなわからないような・・。という感じではある。
提出された仮説を追試験して検証するのだが、その過程で、仮説がおかしければそれが認められないとなるだけで、嘘を言ったと責められないというのが科学の世界らしい。まあ、STAP細胞の場合は周りの人が功に焦って無理にいろいろなことをでっち上げたことでおかしくなってしまったのだろうが・・・。
ちなみに、この論文は科学の世界では一番権威がある「ネーチャー」に掲載されたそうだ。
論文というのは、必ず学術雑誌に掲載されて世の中に発表されるらしい。その過程で、査読ということがおこなわれ、おかしければ掲載を見送られ、それでも世に出したければ権威のランクが低い雑誌に掲載を申請するというような形になっていくらしい。しからば、なぜ、STAP細胞は掲載されたのか、そこになにやら変なからくりが隠されていたような気がした。やはり、功を焦って裏から手を回したひとがいたということなのではないだろうか。
あとからすぐにおかしいとバレるのじゃないかと思うのだが、これも人のココロがなせる業ということか・・。
雑誌に掲載するからといって掲載料がもらえるわけではなく、逆にお金を払って載せてもらうらしい。権威のある雑誌では50万円もかかるという。
また、購読料も馬鹿高く、ネットで閲覧できるようなコースだと大学単位で10億円もする雑誌もあるそうだ。
そして、「相関」と「因果」ということを意識して物事を見なければならないと筆者は言う。
相関とは、目に見える関係。見かけ上なにか関連性があるように見える現象で、因果とは原因と結果の関係、これが原因でこうなるということだが、因果関係が明確なものが信用できるとなる。そこを惑わされないようにというのが著者の警告である。

リテラシーについてはこの辺までで、ここからが最初の本題だ。
細胞を構成しているタンパク質やアミノ酸について書かれている。
人間の細胞は約37兆個あると言われている。これも一昔前、僕がまだ高校生だったころには60兆個と習ったような気がするが、それは間違いだったそうだ。これも仮説が更新されているということなのだろう。
細胞はタンパク質や脂質からできているが、そのうち、タンパク質はアミノ酸がつながって構成されている。アミノ酸はDNAの3個の塩基の組み合わせ情報が基になって作られる。ちなみにアミノ酸の種類は20種類。そのうち9種類は体内で合成できないので必須アミノ酸と呼ばれる。
DNAでコードされたタンパク質はアミノ酸が一列になって合成されていくが、最終的には折りたたまれて立体構造となる。それが不思議なのだが、もっと不思議なのはその立体構造が免疫やエネルギーの運搬、消化などに有効に働くのである。
人体のたんぱく質の中でいちばん種類が多いのが酵素だそうだ。酵素はその立体構造にぴったりとはまる物質にだけ反応できるという特徴を生かして様々な体内の化学反応の触媒としてや情報の伝達役として働くのである。

そして、最終的には様々なタンパク質をコードすることになるDNAだが、細胞の核のなかに入っているDNAを一列に並べると地球を数周してもおさまらないほどの長さになるというのだが、これはにわかに信じられない。本当だろうか。

そしてここからがいよいよライフサイエンスっぽくなってくる。
病気とは何かという定義から始まるのだが、それは「細胞が通常と違ったことになっておこる。」ということである。
人間を含めて多細胞生物は細胞の集合体であるから、それが普通の状態なら健康体で、そこがおかしくなると本体というか、本人というか、それが病気になったとなる。
量子の世界ではミクロの現象とマクロの現象は違った振る舞いをするのだが、細胞レベルではミクロの世界とマクロの世界が同じ振る舞いをするということになるのだ。
例えば、ミトコンドリアはエネルギーを作る際に、活性酸素が発生する。それが細胞の中の不具合でミトコンドリアに穴が開くとこれが漏れ出す。活性酸素は体内の物質を酸化させてしまい害になり、病気の元となるのである。ちなみに、ミトコンドリアなどの細胞の中の構造物は総称として、オルガネラと呼ばれる。

次に病気の発生源を抑える免疫機能について。この本は2020年の末に出版されているのでコロナウイルスの特性も交えながら書かれている。
免疫というのも、何冊かの本を読んでいるので知っているつもりだけれども複雑すぎるのと記憶力がないということがあり読むたびにああ、そうだったと再認識するのである。
免疫には自然免疫と獲得免疫がある。自然免疫とは、食細胞(白血球の一種)が体外からの異物を食べてしまうというものだが、獲得免疫というのは人が生まれてから後に獲得するものだ。抗体というものもそのひとつである。
抗体にもいろいろあるらしく、普通の抗体と中和抗体というものがある。抗体もタンパク質の一種なので、鍵を持っていて抗原にぴったり当てはまると無力化できるのだが、肝心の細胞に取りつく場所にぴったり当てはまらないと無力化できない。そういう抗体を中和抗体というが、これができないと免疫にならない。
ただ、抗体自体はウイルスを殺さない。細胞への侵入を防いだり、抗体を目印にして食細胞に細菌を食べさせる役割りをするだけである。
抗体は、元々、無数に準備されていて侵入者があると片っ端から抗体を量産し、何がはまるかを試している。無数の合いかぎを持っているというイメージだそうだ。これはノーベル賞を受賞した利根川進博士が発見した。しかし、これでは効率が悪いので獲得免疫が活躍する。これだと確認作業が必要なくなるので素早く異物に対応できるのである。はしかはこういった類のものである。
しかし、季節性のインフルエンザやデング熱などはワクチンを打っても次の年には感染してしまう。これは、変異がすごくて古い抗体はすぐに効き目がなくなるというが原因らしい。ウイルスや細菌は人の免疫系と永遠にいたちごっこを繰り返しているということらしい。

ただ、コロナウイルスについては、まったくうつさないひともいるし、ひとりで大量にうつすひともいる。また、日本人に死者が少ないのは、交差反応であるという仮説がある。交差反応というのは、完全に合致した合い鍵ではないものの、よく似た鍵の形をした抗体が感染をある程度防いでくれるというもので、東洋人は以前に似たウイルスに感染していたからだという仮説があるらしい。やはり免疫というのは奥が深い。

そして、ここからがおそらくはこの本の本題であろうオートファジーについてである。
オートファジーという言葉はたしかに耳にしたことはあったが既に記憶の彼方に消えてしまっていた。”自動的なあいまいさ・・”って一体何なのだと思ったことを思い出す。

簡単に書いてしまうと、オートファジーとは細胞内の不要なものを包み込んで消化する過程のこととなるそうだ。そして、どんな作用があるかというと
①飢餓状態になったときに、細胞の中身をオートファジーで分解し、栄養源にする。
②細胞の新陳代謝をおこなう
③細胞内の有害物を除去する
というものらしい。

どんな過程で行われるかというのは、本の中のイラストを拝借して載せておこう。



そして、この本の中で重要なものは②と③である。このふたつの作用が老化の防止と若返りをもたらすヒントになってくるらしいというのである。”くるらしいというのである”というのは、まだ相関関係がわかったところで確実な因果関係がわかったわけではないということらしい。
病気の根源は細胞が異変をおこすからということだから、細胞を健康に保つ必要があり、それにこのオートファジーという作用が深く関わっているかもしれないのである。
著者たちは様々な実験をして、オートファジーが働かなくなると細胞の中に老廃物が溜まり細胞が死ぬことがわかってきた。パーキンソン病やアルツハイマー病は細胞の中に溜まったタンパク質が原因で神経細胞が死ぬのである。そういったものを膜で包み込んでリソソームに食べさせるので細胞の中が常に健康な状態で保たれるのだ。(ちなみに高校の生物の試験に出てくるリボソームとはまったく別のものである)
そして、老化が進むとオートファジーの作用が鈍くなる。これをなんとか維持できれば人は永遠に若さを保てるというのである。その鍵を握るのが「ルビコン」というタンパク質で、オートファジーを抑制する作用があり、高齢になるほど細胞の中に多くなってくることがわかった。すでに生殖年齢を超えたぐらいから急激に増加しているそうだ。高脂血症などの患者にはこれが多いこともわかっている。実験でも、「ルビコン」を作る遺伝子を破壊した線虫などは普通の2倍くらいは長生きするという結果があるらしい。おそらく人間でも同じことが言えると考えられているが、それはいまだ相関関係がわかった段階で、確実な因果関係がわかるまでには至っていないそうだ。
老化と寿命は別物である。アホウドリやハダカデバネズミはタイマーがセットされているかのように若い個体が突然死んで老化を迎えずに寿命を終えるそうだ。そして、その、老化という現象はなぜ起こるのかということにも言及されているが、これも動物が進化の過程で獲得したものであると考えがある。人間をはじめとする多数の動物は老化の末に寿命が来る。老化はどういう役に立っているのか、ひとつの説では、老いた個体は若い個体よりも先に外敵や病気にやられる。そうやって年寄りが時間を稼ぐことによって若い世代が生き延びる確率が高くなるというのである。自然とはなんと厳しい世界であろうか・・。

また、オートファジーは免疫にも一役買っているらしいということもわかってきた。抗体というのは、細胞の中に逃げ込まれたウイルスや細菌を死滅させることができない。もし、細胞の中に入られたとしたら、自然免疫の自食作用で細胞ごと除去するしかないのだが、細胞の中でも異物を膜で囲んでリソソームが食べることによって細胞が異変を起こさないように保っている。
抗体がないのになぜ異物とわかるかというと、ウイルスや細菌が細胞の中に入ってくるときにはすき間をすり抜けてくるのではなく、細胞膜の一部を陥入させて入ってくるのだがそのときに細胞膜の袋に包み込まれるような状態になる。ウイルスや細菌が悪さをしようとしたらその膜を破って外に出ないといけないのだが、破るやつは悪いやつだと判断して食べてしまうらしい。なんとも精巧にできているものだ。
しかし、新型コロナウイルスについてはオートファジーでは殺せないという仮説がある。それは、コロナウイルスは不要物質を包み込んだ状態の袋(オートファゴゾーム)を作る過程を阻害する能力があるかららしい。SARSウイルスも同じ能力があるそうだが、それはこのふたつは親戚関係にあるウイルスなのだからだそうである。
これまた相手も厄介でかつ精巧というか、巧妙である。

再び老化の話に戻るが、老化を防ぐ効果というものに、寿命延長経路というものあるらしい。それは、以下の五つだそうだ。
①カロリー制限
②インスリンシグナルの抑制 
③TORシグナルの抑制 
④生殖細胞の除去 
⑤ミトコンドリアの抑制

①はプチ断食が健康によいと聞いたことがある。これは僕も実感したことがある。ダイエットをしていた頃、よく夕食抜きという生活をしていたのだが、体重が減るにしたがって顔の皮膚がスベスベになってきたような気がしたのだ。これはただの相関関係レベルでしかなかったのかもしれないが、きっと何かの作用で体が健康になってきたのに違いないと思った。ただ、それも長続きはせず、今では髪の毛はどんどん白髪が混じり、ちょっと歩いただけで心臓が悲鳴を上げている。これはきっとルビコンが体の中に溜まりきっているにちがいないのだ。②はインスリンは働かなければ困るが、インスリンをあえてあまり働ないようにすると長生きするそうだ。③は細胞の増殖や代謝をコントロールするタンパク質であるTORの働きを抑制すると寿命が延びるらしい。④は中国の宦官は長生きしたという事実がある。⑤は活性酸素をあまり出させないようにするということだろうか。ちなみに高校生のころに習ったミトコンドリアの形はそら豆のような形をしていたが、あれはほぼ死にかけている状態の画像だそうで、生きているミトコンドリアはひも状の形をしているらしい。これが判明したのは光るクラゲのDNAを発見してノーベル賞を受賞した下村脩教授の功績だそうだ。
これらはどれもオートファジーの働きを活性化させるという共通点があるようなのである。
ただ、体の中のどこでもオートファジーを働かせればいいかというとそうでもないらしく、例えば脂肪細胞で働きすぎるとエネルギーが出すぎて糖尿病の原因になったりしてしまうらしいことがわかってきた。また、がん細胞はオートファジーを使って自分の体の中から栄養を作り出して生き延びようとしているらしい。これも一筋縄ではいかないようだ。
多分、遺伝子工学が発達してくると、局所的にルビコンを減らしたり増やしたりして健康を保つ方法なんていうのができてくるのかもしれない。ひょっとしたら副作用とか倫理的な問題を抜きにしたら今でもやれるのかもしれないが、どうなんだろう。
そんなことは期待できないが、今すぐオートファジーを活性化できる方法というのに以下のようなことがあるそうだ。
食べることでオートファジーを活性化させる物質には、「スペルシン」「レスベラトロール」「アスタキサンチン」「カテキン」などがあるそうだ。
スペルシンというのは、納豆、味噌、醤油、シイタケなどのキノコ類に含まれている。レスベラトロールというのは、ポリフェノールの一種で、赤ワインにはたくさん含まれているそうだ。アスタキサンチンはエビ、カニなどの甲殻類、カテキンはお茶に含まれている。
どれだけ食べれば効果があるのかということははっきりわかっていないそうだが、意識して食べるにこしたことはないのだろう。
また、やはりたまには一食抜いてみるというのも効果があるそうだ。オートファジーの働きとして、新陳代謝があるけれども、飢餓状態になると自分の中身を消化して栄養分にするという働きと相まって新陳代謝が促進されるらしい。ただ、これは、4時間ほど何も食べないくらいでもそれなりに効果があるそうなので無理に食べないようにする必要もないということだ。
それら総括すると、『腹八分で適度な運動をする』という、至極当たり前の生活態度に収束するそうだ。散々期待を持たせておいて最後はこれか・・。と思うけれども確かに画期的な方法なんかがあるとしたら、こんな本に書かずにそれを使ってもっと儲かる方法を考えるだろうから、まあ、こんなものなのだろうが参考にはなる本であった。

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