イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「新しい国境 新しい地政学」読了

2022年10月26日 | 2022読書
クラウス・ドッズ/著 町田敦夫/訳 「新しい国境 新しい地政学」読了

ロシアのウクライナ侵攻以来、「地政学」という言葉がクローズアップされている。もともと、ナチスドイツが侵略行為を正当化するために使われた考え方というのであまり表立って使われる言葉ではなかったそうだが、定義としては、「地理的な条件に注目して、軍事や外交といった国家戦略、また国同士の関係などを分析、考察する学問」ということらしい。
その中で一番の関心事というのは国境である。その線がどこに引かれるかというのは自国の国益にとっては重要な問題となる。特にどの国も経済的な余裕がなくナショナリズム的な動きをしている今の時代には国が生き残っていけるのかという問題なのである。ロシアの行為や中国のなりふり構わない行動というのはまさに彼らが地政学の解釈を勝手にねじ曲げ、それを笠に着て行動しているようにも見える。この本に書いている通り、過去からの歴史的、政治的背景によって揺れ動いてきた国境線を自分の都合のいいように解釈しているのだ。

僕が知りたかったのは、どんな理由でロシアや中国は自国の行為を正当化しているのか。また、世界の各地で起こっている国境問題、例えばイスラエルとパレスチナ、38度線、南沙諸島、この国では竹島、尖閣諸島そういう問題が歴史の中でどうしてそういったもめ事になったのかということだったのだが、読み始める前から、この本は多分僕が求めているものとは少し違うのではないかとは思っていたけれども、まずは何か取っ掛かりが欲しいと思っていたので出版年度が新しいこの本を選んでみた。

そもそもだが、この、国境に関する問題、紛争はいたるところに存在しているようで、全部取り上げるととてもじゃないが1冊の本に収まるようなものではなさそうだ。一見平和そうに見える国どうしでも何らかの問題を持っていて、逆にきちんと国境を決めて平和に管理されている場所のほうが少ないのが現実だ。お隣があると必ずもめ事が起こるというのは個人の家も国家も同じようなのである。
先に書いた、国際的にも有名になっている紛争に加えて、インドにはバングラデシュ、パキスタン、中国とのいざこざ、南米ではベネズエラとガイアナ、アルゼンチンとウルグアイ、トルコと北キプロス、北欧のスヴァールバル諸島に燻る各国の思惑などなどいくらでもある。そんなことは全く知らなかった。
この本ではそういった個別の具体的な問題の解説ではなく、数々の問題が起こる要因、そして将来的に国境というものはどう変化してゆくのかということが書かれていた。

もともと国境とはどんなところに引かれていたか、陸続きの場所では大体が川のど真ん中であったり山の稜線であったりというあまり人が近づけないような場所である。この本ではノーマンズランドというような表現で書かれているが、そんな場所を舞台にして様々な国はその国境を守るために多大な努力をしているのが現実だ。海の国境も同じである。排他的経済水域に他国の軍艦や巡視船が入ってきたというのは常にニュースになる、人間でいうと国境は皮膚のようなものなのだろうから、そこに対して難民であれ軍人であれ侵入してくるというのは大きな拒絶反応を起こすのだろう。自分の国にもある日突然北朝鮮の兵士や中国の軍人が上陸してきたとしたら恐怖しか覚えない。

地球温暖化によってその国境の姿も変わろうとしている。氷河に覆われた国境は氷河が後退して通行が容易になったりすることがある。また川の流れが変化することで地図に書かれたそれとは異なってゆくようなこともある。そういうことも紛争の火種になる。
温暖化による海面上昇で国自体が無くなってしまう恐れがある国もある。こういう国は、もとあった領域の資源開発の権利と引き換えにほかの国の土地を間借りして政府を継続させるしか手立てがなくなるのかもしれないという。
紛争の火種になる原因は資源問題だ。山領が国境になっている所では水資源、川や海の境界では地下資源や食料資源である漁獲の争奪がおこる。

国境を決めるには「画定」と「確定」が必要なのであるが、それを一致させることは難しい。「画定」とは実際の地面が境界柱や草を刈り取られたような形で刻まれていること、「確定」とは法的に決められた境界であるが、すべての国境が画定されているわけではないので、確定された境界が実際にはどこであるかというのが紛争の素になるのである。
法的に認められていないというと、すべての国家から承認されていない国というのもある。パレスチナしかり、アブハジア、クルディスタン、北キプロスなどというあまり聞いたことのない国々がある。大体が西側諸国が承認せず、東側(ロシアを含めて)が承認しているというパターンが多い。
台湾は逆のようであるが、どちらにしても、承認する側には国境はあるけれども承認しない側にとっては不法占拠された地域ということになる。
しかし、未承認の国には未承認の国で独自のサッカー連盟があるというのには何となく微笑ましいものがある。国境の承認や確定なんて人が生きるという意味では大したものではないのだよと言っているような気がする。

また、南極や公海のように、国境を持たない場所がある。国際条約で取り決められ、どの国にも属さず、資源開発もされない場所だ。これは宇宙もそうである。宇宙の開発に関する条約というのは、『月その他の天体を含む宇宙空間の探査および利用における国家活動を律する原則に関する条約』という長い名前がついているそうだ。
こういった場所は資源の宝庫である。もちろん勝手に開発できるものではないので今は手付かずのままだが、他の場所の資源を掘りつくしたときや食料資源が限界にきたとき、こういった場所はどんな扱いをうけるのだろうか。こういった問題が国境の未来になるのだが、ある時、突然どこかの国が自分にとって都合がよい地政学の解釈をふりかざして囲い込みを始めるかもしれない。そういったことを防いで人類すべての共有財産とすることは並大抵の努力ではできうるものではないだろうし、おそらくは特定の大国がそれを独占しようとするのが歴史だろうと思ったりもする。

宇宙はどうだろうか。月や火星は具体的に人が住むかもしれない惑星だが、そこにも国境が生まれるのだろうか。
「機動戦士ガンダム」の世界ではスペースコロニーを拠点として人類が宇宙で生活をしているが、そこには国という概念があるのだろうか。ジオン公国というのは一応の独立国のようだが、その国が崩壊したあとの世界では、民間企業が軍隊を組織し、地球の支配に宇宙で育った人々が立ち向かうという物語が描かれる。
この本にも書かれているが、国境のボーダーレスという世界がこの世界に近いのだと思う。個人はデータ管理によってどこにいても国籍のある国の国民でいられるというものだが、国家に属するよりも、生きる上で最も重要な経済的な面で考えると経済的なよりどころとなる業に属することがアイデンティティになるという時代が宇宙時代なのかもしれない。住む場所であるスペースコロニー自体がそもそも工業製品であり、太陽系といえどもあまりにも広いから小惑星を資源として勝手に持ってきたり開発したりしても誰にも分らないだろうからだれも文句を言おうにも言えない。だからそれを開発する企業がやっぱり国家の代わりになってしまうのは必定になってくるような気がする。その企業に就職することが国籍を得ることであり、転職するということは外国に移住することになるのかもしれない。しかし、そうなると、社員は国の代わりになっている会社にがむしゃらに奉仕し、社長の言うことは絶対だという、なんだか独裁国家のような体制になってしまうような気がする。今でも会社というところは独裁国家みたいなところだからそれが宇宙に拡散されてしまうというのは困りものだ。
会社が嫌いな僕にとってはなんとも生きづらい世界なのかもしれない。もっとも、そんな時代まで生きることがないのでそんな心配は取り越し苦労なのであるが・・。

この本の面白いところは、こういった将来起こるかもしれない国境問題は映画を観てみるとよくわかると言っているということだ。「ランボー」や「007」「ターミナル」という映画を引き合いに出し、国境問題を解説している。ただ、平和な島国に生まれた僕にとっては地政学も国境もあまりピンとくるものがない。373ページを読み切るのに2週間もかかってしまった。
これはきっとこの国が意外と平和であるという証拠なのかもしれないのである。

コメント
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