1月中旬のある日、友人のわかこさんから【バーチャルクワイア(合唱隊)参加のお誘い】メッセージが届いた。
合唱隊が歌うのは『上を向いて歩こう』。
この歌はわたしの戦友だった。
まだ思春期を迎えたばかりの頃だ。
その頃のわたしは、今から考えても人生の破茶滅茶トップ3に入るほどの、大変さ度数がとても高い毎日を生きていた。
乗り越えても乗り越えても、しんどい峠越えが目の前に現れてきて、時には同時多発に襲いかかってきて、ため息も涙も出ずに、乾いた笑いが鼻先からこぼれる毎日だった。
さて、歌のことに戻ろう。
九ちゃん(坂本九)が歌うこの歌がヒットし始めたのは1961年の末頃からだから、わたしは4歳半だったのだけど、九ちゃんの歌い方にブツブツ文句を言っていた両親の横顔を覚えている。
わたしも幼いながらに、「うへをむふいてあーるこほほお」ってどういう意味?と首を傾げて聞いていた。
とにかく、この歌は日本国内に留まらず世界中に広がっていき、1964年5月15日には、外国人としては初めての全米レコード協会のゴールドディスクを受賞した。
結果的には世界約70ヵ国で発売され、総売り上げは1300万枚以上、1988年には、アメリカのテレビやラジオでのオンエア回数が100万回以上の楽曲に贈られるBMIの「ミリオン・エアー」を受賞した。
だから波乱万丈の毎日が確固として始まった1970年から1990年(その後はまた趣向の違う波乱が続いたのだけど)の間に、『上を向いて歩こう』はどんどん世界で愛されていった。
そしてわたしは、事あるごとにこの歌を口ずさんでいた。
時には誰もいない通りを上を向いて歩きながら。
時には公園のベンチに座って空を見上げながら。
時には差し押さえで家具を持っていかれてがらんとした部屋の中で天井を見上げながら。
時にはきつい検査の後の朦朧とした頭で、病院の処置室のベッドに寝ながら。
不思議なことに、この歌を歌う時だけ涙は自由になって、にじんだり流れたりした。
歌う時はいつも上を向いていたので、涙は必ず耳の中に流れ込んでいった。
慢性の中耳炎を患っていたので、いつもちょっと緊張した。
でも歌ったあとは少しすっきりして、心の重荷がちょっとだけ軽くなった気がした。
なのでこの『上を向いて歩こう』は、本当の本当にスペシャルな歌なのだ、わたしにとって。
だからすごく興奮した。
でもなかなかお尻が上がらなくて、期限ギリギリになって慌てて自分だけのための伴奏譜を書き、ピアノを弾きながら歌った。
ちょうど喉の調子が悪い時と重なって、何度も撮り直したのだけど、歌っているうちに胸がグッときてしまって、声がひっくり返ったりもした。
全体の伴奏をゼロから考え、アレンジをしてくれたわかこさんたちは、カラオケ音源を作って歌いやすくしてくれた。
どんな方法で録画するのかも丁寧に説明してくれた。
集まった動画を編集したり編曲したり、それを一つにまとめて作品にするには、本当に大変な労力がかかったと思う。
専門的なことはてんで分からないのだけど、後日談を聞くと想像以上の大変さだった。
でも、そんな彼らの頑張りのおかげで、こんなすてきな動画が仕上がった。
わかこさん、そして友人のみなさん、本当に本当にありがとうございました。
東日本大震災から10年~SING FOR SMILE PROJECT みんなが笑えば世界も笑う~【Virtual Choir LOOK UP AT THE SKY 上を向いて歩こう】
【動画最後のコメントより】
東日本大震災から10年が経った。
未だ自宅にも戻れず怒りや悲しみの中にいる人たちがいる。
同じように世界各地で起こる災害や戦争紛争などで、怒り悲しみの中にいる人たちがいる。
そこに一瞬でも「笑顔、笑い」があったら良いな。
笑顔や笑いは心の鎖をほどくから。
だから私たちは笑う。
人は笑うために生まれたのだから。
どんな時も笑っていてほしい。
皆と一緒に笑顔になりたい、元気になりたい。
みんなが笑えば世界も笑う。
今日はアメリカ時間の3月11日。
東日本大震災が起こり、原発が爆発してから10年が経った。
あの日、2011年の3月10日の、真夜中の暗い部屋の中で、パソコンの画面に流れる恐ろしい現場の様子を、椅子に座ることもできないまま凝視していた。
あの日から突然、ブログ記事の内容がガラリと変わった。
インターネットで毎日読んでいた新聞記事の内容が、こちらで伝えられていたこととずいぶん違うことに気がついたからだった。
偶然始めたばかりだったツイッターで伝わってくることも新聞とは違う。
新聞以外のいろんな記事やデータを読むようになった。
それまで面倒だからと読まなかった英文記事も我慢して読むようになった。
新聞テレビが真実を伝える割合は一体何パーセントなんだろう。
今年は新型コロナウイルスの爆発的感染が起こってから1年が経った年でもある。
自分の頭で考え、自分の目で見、自分の耳で聞き、自分の肌で感じ、周りの声に振り回されないように気をつけながら生きたいと思う。
本当に何が突然起こるか、誰にも分からないのだから。