もう今から11年も前の、随分古いインタビュー記事ですが、一所の姿を見て、やみくもに非難してはいけないなと、考えさせられました。
どんな世界にもやはり、裏と表、正と悪、というような、対極なものだけではないものが存在するのだと。
原発製造企業・東芝を内側から問う
インタビュー・
東芝働く者ネットワーク・松野哲二さん/上野仁さん
『●月刊『オルタ』2月号アジア太平洋資料センター刊 (2001年1月10日談 聞き手/内田聖子)より転載
★原発製造の現実
―アジア諸国への、原発輸出の問題を考える時に、日本の大企業が、原発製造にかかわっている、という現実があると思います。
そして、当然のことながら、その労働現場には、たくさんの労働者がいる。
上野さんと松野さんは、東芝府中工場で働きながら、労働運動の一環として、東芝に、原発の製造中止を訴え続けてきたわけですが、
まずは、お二人のかかわる「東芝府中働く者ネットワーク」が、これまでどのような運動をしてきたのかを、教えていただけますか?
●上野
1979年の市議選で、会社と組合が一緒になって、自分たちの代表を当選させようとする、企業ぐるみ選挙が行なわれました。
そこで、松野さんたち数人が中心となって、「こんなでたらめは許せない」ということを書いた、ビラを撒き始めたんです。
私自身は、入社して4年目くらいの時期だったのですが、興味を持ったので、一緒に活動するようになりました。
それが、今のネットワークにつながる始まりですね。
その後、ひどい職場を少しでもよくしていくために、ビラを撒いたり、いろいろと発言をしたり、組合と議論したりしてきました。
―その中で皆さんは、「原発製造の中止」を企業側に訴えてきたわけですが、
そもそも、働いている人たちは、自分が原発をつくっているということを、どうやって知るのですか?
●上野
現場に流れてくる図面に、「原子力」、という朱印が押されているんです。
一つの原発をつくるのには、何千、何万という数の図面があるんですが、その一枚一枚に押してあるので、それを見ればすぐにわかります。
東芝府中では、原子炉そのものはつくっていなくて、僕らがつくったさまざまなものが、最終的に現地で組み立てられて、原発ができるわけです。
●松野
原子力発電であれ、火力・水力発電であれ、一つのシステムをつくるには、おびただしい数の部品やパーツが必要なわけです。
例えば、ただの配電盤も、原子力発電所のシステムに組み込まれてはじめて、「原子力発電所用の配電盤」になる。
その時に、「これは、原子力発電所で使われる部品ですよ」ということを生産者が知るために、印がつけられているんです。
―朱印が押されているかどうかで、つくる側の意識は変わるのですか?
●松野
実際には、原子力のハンコが押してあるから丁寧にやるかと言えば、そんなことはないですよ。
みんな、「お釈迦」をつくらないように、一生懸命やるだけです。
結局は、東芝にとってのお客さんである電力会社に対して、
「私たちはきちんと、製造管理・安全管理を徹底していますから、品質は保証できますよ」というポーズだと思います。
★台湾原発中止で企業が儲かる!?
―企業側からは、原発そのものの、危険性などについての情報や説明は、なされるんですか?
●松野
会社側は、原発についてのPRを、盛んにしているんです。
それはもう、おびただしい量のパンフレット類を発行して、みんなに配っています。
今、
世界の流れは、脱原発なのにもかかわらず、「原発の見通しは明るい」「これからも国内外、特に中国・台湾の需要がもっと伸びます」と。
つまり、国内はだめでも、国外があるからいい、とにかく儲かればいい、という発想なんです。
●上野
そういったパンフレットも、結局は労働者向けではなくて、東京電力や、社会見学に来る子どもたちなど、外側の人たちに向けたパフォーマンスなんですよ。
会社はなるべく、「会社からもらった印刷物は、家庭に持ち帰って家族に見せるように」と言っていますけど、たいていの人は捨てていると思います。
要するに、
会社から与えられた仕事をこなさなければ、給料がもらえないわけですから、
それが原子力であろうが、水力であろうが、兵器であろうが、そんなことは考えない。
●松野
大企業の現場では、自分たちがつくるものが、原発であるか兵器であるかと考える以前に、「成果をあげろ」ということを強制されている。
だから、いちいち仕事の意味を問うている暇はなくて、量をとにかくこなさなければならないんです。
危険な仕事や、社会悪の仕事を、労働者に従順にやらせるには、中身を政治的に理解させるよりは、毎日毎日労働漬けにしていく方が、よっぽど効果があるんだな、と思います。
―自分たちのつくる原発のシステムが、アジア諸国へ輸出されるということを、皆さんが知る機会はあるのですか?
●上野
仕事表に押されたハンコには、地名も書かれてあるんですよ。
だから、例えば台湾へ持っていかれるものには、「台湾○号機」、という記載が必ずされてきますからわかります。
―昨年、台湾では、原発製造が中止される、ということが決まりましたが、その影響はあるのですか?
●上野
うちは昨年、台湾に持って行く予定のものを、かなりつくりましたが、途中でストップされました。
それを、台湾が引き取るのかどうかはわかりませんが、とにかくすべてを梱包して、どこかに送っています。
解体する方が費用がかかりますから、当面は捨てずに取っておいて、別の国からの引き合いを、待っているのかもしれない。
同規模の同型であれば、そのまま使えますからね。
●松野
主要には、中国に転売したいと思っていると思います。
あとは、アメリカの圧力が、台湾の政治を変えてくれるんじゃないか、という期待を持っていると思うんですよ。
―台湾の原発中止も、企業にとっては、大したダメージではない。
●上野
たとえ中止になっても、企業はもとは取れるんですよ。
中止になったら、当然、その保証は、台湾から出るでしょうし、出してこなければ、東芝は要求するだろうし、日本政府も、アメリカのGEだって、要求するでしょうしね。
むしろ、台湾からは補償金をもらって、どこか別の国へ、つくったものを転用すれば、またお金が入ってくるわけですから、東芝にとってはおいしい話ですよ。
多少は、困ったポーズもするでしょうけど、痛くも痒くもないと思います。
●松野
結局、台湾やドイツの例を学ぼうとはしていなくて、「AがだめならBがある」という発想なんです。
根本的に、やめようという発想にはならない。
だから、
残念ながら、台湾の結果は、日本の住民運動を勇気づけても、原発製造企業や電力会社に、反省を促すことにはなっていないでしょうね。
★原発製造企業の傲慢さ
―そうした企業の姿勢に対して、皆さんはずっと「原発製造中止」を求めて運動してこられました。
そこには、どんな思いがあったのですか?
●上野
ほとんどの人は、東芝が原発をつくっているなんて、知らずに入社するんですよ。
私自身も知らなかったし、知った直後も、別に悪いと思ったわけではないんです。
でも、働きながらいろいろと勉強して、見たり聞いたりする中で、自分たちが危険なものをつくっていることがわかり、「これはやばいんじゃないか」と思った。
それで、原発をつくらされている立場の者として、黙っていない方がいいんじゃないか、という結論に達したわけです。
●松野
やはり、一つは、反戦・平和の意識ですよね。
労働組合の運動方針には、「平和運動」という課題が必ずあって、「反核・核兵器反対運動に取り組みます」とある。
しかし実は、東芝の労働組合は、原発推進の立場を取っているんです。
すると、当然のことですが、僕たちの反戦・平和の意識と、仕事として原子力発電をつくる、ということは矛盾しますよね。
それから、僕らが徹底的に怒ったのは、組合が発行していた、東芝の『理論誌』というものに対してなんです。
当時、会社は、自分たちが言えないような政治的なことや、労務管理上のことを、その『理論誌』上で言わせていたんです。
その中で、東芝が、組合を通じて、自分たちの正当性を主張するために、第二次大戦を、肯定的にとらえるような記述を載せていたんです。
それは、「第二次世界大戦は、帝国主義の列強による資源争奪の争いで、日本はそれに巻き込まれた。
このまま原発を推進していかないと、石油資源が少なくなってきて、再び戦争に向かう」という、荒唐無稽な論理で、
日本の侵略についての反省など、まったく欠落した視点で貫かれていた。
原発を推進する、という論理が、日本の歴史までつくり変えているということに、非常に恐ろしさを感じました。
だから、僕らは絶対に、反原発の姿勢でいかないといけない、と思ったんです。
実際、東芝の経営全体から言うと、原子力の利益は三%くらいで、そんなに高くない。
それでもなぜやるのかというと、「国策」といういう意気込みと、傲慢さがあると思うんです。
★内側から、声を挙げ続ける
―皆さんの活動に対して、会社はどんな反応を示しているんですか?
●上野
まずは、「原発は安全だ、推進しよう」という大量情報を日常的に流し、労働組合を通じて、さらに徹底している。
僕らが一枚二枚ビラを撒こうが、どこかの集会で反対の声を挙げようが、そんなものは虫ケラみたいなものだ、と思っているんでしょうね。
また、職生以上は全員、原子力発電所を見学させて、感想文を書かせているんです。
それは、一種の踏み絵で、同意書のようなものを、会社が回収することになるわけですよね。
さらに、僕らのような人間が増えないように、僕らをいじめるわけです。
例えば、
新入社員に対して、「松野は大変危険だから、口を聞くな」というようにして、まず人間の鎖を断ち切る。
他にも、
絶えず、監視や尾行をされたり、トイレの回数が多い、と注意されたり、始末書、反省文をたくさん書かせられたり、飲み会やレクリエーションに誘われなかったり。
―上野さんは、会社を相手に、裁判を起こされたそうですが、その内容はどんなものだったんですか?
●上野
職場で、ビラの入った封筒を、同僚に渡したのが見つかったことがきっかけで、いじめられ始めたんです。
とにかく、いろいろと難癖をつけられたり、始末書を書かされたり。
その後に、上司と同僚から暴行を受けて、病院に運ばれたんですが、そのせいで仕事を休んでいた間の扱いが、「欠勤」とされていて、その年のボーナスも、欠勤分が引かれていた。
その間の慰謝料と、賃金を求める裁判でした。
結果としては、会社が控訴を取り下げで、決着しました。
●松野
上野くんが裁判で勝って、公然といじめられることは減りましたが、今だに陰では、いじめは続いています。
―そうした陰湿ないじめを受けながらも、運動を続ける中で、会社を辞めてしまおう、という判断はしなかったわけですか?
●上野
確かに、毎日毎日、「原子力」っていうハンコが押された仕事をするわけですから、矛盾は感じたし、悩むことも当然ありました。
でも、辞めても問題を先送りするだけで、何も変えられない、たとえ東芝を辞めて、別の会社に行っても、結局は無関係ではいられない、と思ったんです。
人間も、動植物も、食物連鎖でつながっていると言うけど、すべての労働や産業も、連鎖していて、自分一人が転職したから、安全な暮らしができるかというと、そんなことはないんだと。
だとしたら、顔見知りの仲間がいるところで、一緒に反対運動をした方が、効率がいいし近道じゃないかと。
●松野
確かに、企業の中にいて、批判の声をあげ続けるのは、大変ではあるんです。
企業や御用組合にとっては、労働者に、社会問題なんて知ってほしくないわけですからね。
ただ、僕らは常に、「自分たちの労働の意味を問う」という議題を、組合なりに提起してきたつもりなんです。
つまり、
組合は、賃金を多く取ればいい、というのではなくて、自分たちの労働の意味や、意義をきちんと問うべきで、
そこで、兵器や原発をつくっていいのか、ということを問題にしてきた。
例えば、
アジアの国ぐにの貧困も、先進国の大量消費社会とつながっているわけで、僕らが自分たちの社会を変えなければ、その貧困は解決しない。
まずは、自分がつくり出す生産物を通して、「労働の意味」を問うていけば、
もっと人にやさしい、社会にやさしい、生産物や働き方へと、変わっていくはずなんです。
そのためにも、労働現場で声を出すことが、大事だと思う。
企業だけでなくて、行政も、原子力発電や兵器という、巨大で、しかも、ひとたび手を離れてしまえば、大変な惨禍を生み出してしまうような製品をつくることから脱却しないと、結局は、人間性も失われる、と感じるんです。
そういう僕らの言い分に、会社も組合も、恐怖感と怒りを感じたんでしょう。
それが、激しい弾圧につながったんだ、と思います。
―会社側からすると、皆さんのような人たちは辞めてほしい、と思っているのではないですか?
●上野
それは思っていますよ。
向こうは向こうで、辞めさせるためのチャンスを狙っているし、我々は我々で、いかに辞めさせられないように楽しくやるか、というチャンスを狙って、毎日、会社の落ち度を探しているわけですよ(笑)。
その意味では、僕らは、会社にとっての「癌」なんです。
企業側は「やっかいな癌なんて、切ってしまえばいい」と思っているだろうけど、そういう癌が増えることで、企業はもっと変わっていくはずです。
だから、何とか切られてしまわないように、内部から訴え続けていきたいと思っています』
ああ!
この松野さんと上野さんという方々は、今も東芝の社員としていらっしゃるのだろうか。
「何とか切られてしまわないように、内部から訴え続けていきたい」
この言葉には、どれほどの強い意志と決意が込められているか。
「企業だけでなくて、行政も、原子力発電や兵器という、巨大で、しかも、ひとたび手を離れてしまえば、大変な惨禍を生み出してしまうような製品をつくることから脱却しないと、結局は、人間性も失われる」
本当にその通りだと思う。
「原発を推進する、という論理が、日本の歴史までつくり変えている」
11年前のインタビューなのに、まるで今現在そのままを語っているように思える。
それは多分、狂信と強慾が骨の髄までしみ込んだ人間達による原子力狂団の体質が、全く改善されないまま今に至っているからだろう。
闘っている人は、東芝の中にも存在した、あるいは存在している、いや、今も存在していてほしい。
こういう方々を、わたし達はどうやって支えることができるのだろう。