ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

熱波とマンモグラフィと蛍と

2023年07月28日 | ひとりごと
マンモグラフィ、乳がん検査、これが平気な女性っているのだろうか?
あの、ぎゅうううう〜っと、文字通り板挟みされる数秒間…それを思い出しただけで息が詰まる痛がりのわたしは、コロナ禍をいいことに乳がん検査をサボっていた。
最近では、無痛MRI乳がん検査なるものができるようになったそうで、それだと全く痛くないし、被曝もないし、服を着たままでできる、良いことづくめの検査である。
台の上に乗せた乳房を、パン生地のごとく引っ張られたり押されたり、それだけでも十分不快で痛いのに、その後に本番の、情け容赦のない板挟みが続く検査に比べたら月とスッポン、天国と地獄である。
しかも無痛検査の精度は爆痛検査の5倍も高いというではないか。
なぜもっとパーッと増えていかないのだろう…。
費用は3万円弱。もしかしてこれ、保険が効かない?
ううむ、そうだとすると痛みを我慢する方を取るだろうな。

昨日、友人Aに勧められ、予約を取るまでうるさく確認のメールを送ると脅され、その名もズバリBreast Centerという名前の、女性専用の病院に行った。
ちゃんと行くかどうか怪しいからわたしも付いていくと言って(一体どこまで信用されていないのか😅)、Aが車で送り迎えしてくれた。
スタッフも助手も医者も全て女性。めちゃくちゃ親切であたたかい。
検査室に入った途端ビビりまくっているわたしに、ごめんね、できるだけ痛くないようにするからねと検査技師さんが言って、その言葉通り今までで一番痛みが少ない検査だった。
これだと年に1回なら我慢できるかも。

こちらも一昨日から熱波が来て、玄関のドアを開けた途端にむわ〜っと熱気に包まれるのだけど、日本の酷暑に比べたらまだまだチョロい。
大阪や三重に在住の家族や友人から、外気温は40℃などという話を聞いて、それって「アリゾナでは車のボンネットで目玉焼きが作られる」っていうのとどっこいどっこいじゃないかと思ったが、アリゾナは空気が乾燥しているので、日陰に入るとそれなりに涼しい。
日本の高湿度で40℃は辛過ぎる。

そんな熱波の真っ只中の夕方に、今日も一日暑かっただろうと、菜園や庭木にお水を撒くと、蛍がチラチラと芝から浮き上がってくる。
蛍も行水がしたいのだろうか。
前にも書いたことがあると思うのだけど、ペンシルバニア州では、高速道路沿いに延々と続く大豆畑から、いきなり光の祭典が始まったかと思うぐらいのとんでもない数の蛍が、ブワ〜っと浮き上がってくる。
高速で走っているのだから相当な距離なのだけど、その蛍の光の祭典はけっこう続く。
ほ〜た〜るのひ〜か〜り、ま〜ど〜の〜ゆ〜き〜、などと悠長なことを言っている場合ではない。
無数の超小型のUFOが、いきなり道の両側から出現した、という感じなのである。
その蛍、名前をペンシルバニア蛍という。そのまんまなのである。
それを初めて見た時は、あっけに取られてしまって、ただただうわぁ〜と叫んでいた。
子どもの頃はともかく、日本にいた時は、蛍はすごく特別で日常の中には存在しない生き物だったから、何かの折に蛍の光を見つけたら、そのたった一つのピカリに心を踊らせたものだ。
なのに一体全体、どうしてこんなことが起こるのだろう。
と疑問が湧いたので調べてみた。
どうやらこちらの蛍は源氏蛍ではなくて平家蛍のようだ。
源氏蛍は渓流に住むが、平家蛍は田園地帯に住むのだそうだ。
こちらには田んぼはどこにも無いけれど、どの家にも芝生が植えられている。
だから、体長1センチぐらいの蛍が、どの家の庭でも飛んでいる。
部屋の中に入ってきたりもする。
それで、蚊取りライトに釣られて死んじゃったりもする。

ペンシルバニアなんぞ、高速道路の照明灯もどきにまで進化している。
ペンシルバニア出身の夫が日本で住んでいる時に、蛍で大騒ぎしているわたしたちを見て首を捻っていた理由が、こちらに来てやっとわかった。

わたしの健康管理役を自ら買って出てきてくれているAの庭に蛍の楽園がある。
今年はちょっといつもより遅れていて、そろそろ開場されるらしい。
蛍の映像を撮るのはすごく難しいんだけど、もし良いのが撮れたらお見せしますね。
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米国『ランタンフライ』事情

2023年07月21日 | 米国○○事情
キュウリが日に日に大きくなってきた。
それと共に、あの忌々しい連中も集まってきた。
ランタンフライ(日本名はシタベニハゴロモ)である。
こちらでは、農業や林業に深刻な被害を及ぼす侵略的外来種として恐れられている。



文字通り、よってたかってキュウリに食らいついている。
去年は気づかずにいて、あっという間に枯らされてしまったので、今年はなんとかして助けようと奮闘しているのだけど、どの方法もイマイチ効果がない。
彼らはとてもすばしっこくて賢い。
近づいていくとじわじわと動き出し、こちらとは反対側に回り込んで隠れる。
手を近づけていって掴もうとすると、ノミのような速さでパッとどこかに飛んでいく。
そのジャンプ力たるや…。
なので、酢や洗剤を水と混ぜた液を噴射しても、その液体が届くより先に姿を消すので、肝心のキュウリにかかってしまうだけに終わってしまう。
フェイスブックにこんな写真が載って、よっしゃ〜これで一安心だ〜とばかりに急いでスーパーに材料を買いに行き、キュウリのすぐ横に置いた。


溶液は、同量のパイン・ソルと水、そこに約10グラムの砂糖を入れて混ぜるというもの。
わたしは今回ここに来て初めてこの洗剤を知ったのだけど、こちらでは誰もが知ってる多用途洗剤らしい。
松の木から抽出された天然のパインオイルを元に作られている。
松の精油は殺菌消毒作用が強く、リビングからキッチン、お風呂、トイレ、ペット用品の掃除など、これ1本で家中掃除することが出来るのだそうな。

残念ながらうちの奴らには効かなかったみたいで、だからせっせと手で弾いてトラップ液にダイブさせようとしているのだけど、10回のうち1回ぐらいしか成功しない。
だから1日に何度も見回りに行くべきなんだけど、わたしは蚊に食われると異様に反応してしまうので、いちいち長袖長ズボン+手袋とネット付きの帽子を被っていかなければならない。
その面倒さったらない上に、駆除できる数は高が知れている。


その前はこれを試してみた。

これはそもそも黒蠅を捕まえるものなのだけど、もしかしたら引っかかるかもしれないと思って設置した。
対象が黒蠅だけに、この中の溶液から放たれる臭いといったらもう、昭和初期の肥溜めそのものである。
たまーにランタンフライの幼虫も捕まってるみたいだけど、駆除とは到底言えない。
結局パイン・ソルが大量に残ってしまいそうな予感がする。とほほ…。

まあ、そんなこんなの、いろんな臭いが漂っている菜園だけど、キュウリは毎日数本採れる勢いだし、オクラは可憐な花を咲かせ、シシトウやナスやピーマンやトマトも元気よく育ってくれている。




この時期、採れたての、まだほんのりと温かいキュウリをさっと洗い、夫と二人で半分こしてポリポリとかじるのが夏版『小確幸』なので、わたしは明日もまた、コツコツと退治に行くのである。
どこかの化学者さんが発見してくれないかなあ…ランタンフライの幼虫の退治方法…と愚痴ると必ず夫が、その昔は、日本から侵入してきた黄金虫が農作物に深刻な被害をもたらした話をする。
今回のランタンフライも今のところは外来種なので敵無しの状態だ。
ニュージャージー州やデラウェア州、そしてメリーランド州でも、この害虫の駆除方法を見つけたら報告して欲しいというサイトが立ち上げられていて、思っている以上に事態は深刻なのだ。
今じゃ卵が産み付けられている場所を匂いで探知できるよう、犬の訓練が始まっているそうだ。
すでに他のことで訓練された犬のみならず、一般家庭の犬にもその訓練の機会を与える動きが始まっている。
がんばれ化学者!がんばれワンちゃん!
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小さいけれど確かな幸せをありがとう!

2023年07月15日 | ひとりごと
キュウリとズッキーニには、性懲りもなくランタンフライの幼虫がたかりに来る。
でもキュウリのパリポリ幸福感は本当にこの間しか味わえないので、せっせと見回りに行って追っ払うしかない。

さて、昨日は朝から晩まで、新井洋介さんが家の修理をしてくれた。
とにもかくにも、洋介さんはご自身の家からここまで、マンハッタンまでの地下鉄を乗り継ぎ、ニュージャージーまでの電車に乗り替えて来なければならない。
こちらの電車事情は恐竜時代並みの古さで、階段の上り下りなんて当たり前。
なのにこの荷物…。

洋介さんのことは、友人のA美ちゃんからの紹介で知った。
この家はそもそも、誰も住まなくなっていたまま、as is(どこも直さずありのまま)で売られていたので、暮らすには手を入れなければならないところだらけだった。
けれども家の頭金やローンの支払いだけで精一杯で、先立つものが無かった我々ができることは、ベトベトに汚れていた一階と二階の床を、靴を脱がなくても歩けるようにすることだけだった。
なのでいろんな問題や不便さを抱えながら暮らしてきたのだけど、それがもう14年以上にもなるなんて…。

洋介さんはHandyman、家周りの修理などに対して幅広い技能を持つ人だけど、さすがにうちが頼む修理のいくつかにはたじろぐかもしれない。
などと心配しながら、修理してもらいたい事柄の説明と写真を送ったところ、大丈夫ですよ、お邪魔しますと言ってくれたので、お願いすることにした。

まずは、ほぼわたし専用になっている一階のシャワー室。
ここのトイレを生徒や生徒の親御さんたちが頻繁に使う。
床は裏庭に向かってかなり傾斜していて、便器に座ると昔懐かしいクイズ番組のタイムショックの滑り台に乗っているような気分になる。
どれもこれもがものすごく古くて、その場しのぎのなんちゃって補整をして誤魔化しているのだけど、天井の照明がちょっとでも湿っけると点かないのには往生していた。
スイッチをオンにしても、死にかけの電球みたいにオレンジ色の光がじわ〜っと点くだけで明るくならない。
それでそのままにしておくと、いつの間にか点いていたりする。
なので、今日はちょっと湿度が高いなあ、などという日には、1時間ほど前倒しで点けておかなければならない。

カバーを外すと案の定、水分が付着してサビて焦茶色になっていた。


とりあえずこれもいつまで持つかわからないので、一番安価でシンプルな照明器具を選んで取り付けてもらった。


スイッチをオンするとパッと照明が点く幸せ…。
今日まで、今回はちゃんと点いてくれるかといちいち心配しながらスイッチに手をかけていたことが、自分が思ってた以上にストレスだったんだとしみじみ気がついた。
用もないのに灯りを点けたり消したりしてはニヤニヤしているわたしを、洋介さんと夫が苦笑いしながら見ていた。
あなたたちにはわかるまい。でもそれでいいのだ。

洋介さんと夫は、いやわたしもだけど、気が合うからか話が弾む。
夫もわたしも話が弾む人というのは数が多くないので、このことはとても嬉しかった。
彼は親切で丁寧で、一所懸命で、楽しそうに仕事をする。
わたしたちはあれこれ話しながらたくさん笑った。
そうこうしているうちに、困っていたことがどんどん消えていくのだからありがたい。

次に台所の蛇口。


わたしとしては古くても全く構わないのだけど、丈が低い上に蛇口の向きを変える時は、足を踏ん張り、下っ腹にグッと力を入れなければ動かないほど固い。
こちらでは食器洗浄機で洗うのが当たり前なので、シンクに食器や鍋がうず高く積まれるということは稀だから、蛇口が低かろうが高かろうが動かしにくかろうが関係ないのかもしれないけれど、うちは100%手洗いなので、この機会に変えてもらうことにした。
ついでに、シンク下に居座っている古い浄水器のタンクとフィルターも取っ払ってもらった。




そしてこれは地下室の水栓。

レバーに替えたのは洋介さんのアイディアで、水漏れを起こしていたのはこんな感じのをもっともっと古くしたハンドルだったのだけど、外の水栓を開ける時だけこれを開くことになっていた。
なぜなら、開けっぱなしにしておくと外の水栓が水漏れするからだった。
でも、1ヶ月ほど前からこの水栓を開けた途端、半端じゃない量の水が漏れてきて、だから庭や菜園の水まきをしている間は、栓の真下にバケツを置かなければならなかった。
もう面倒くさいったらないし、手を伸ばして天井近くの水栓を開け閉めするたびに上半身がびしょびしょに濡れてしまう。
これからはいちいち開け閉めしなくて良くなったし、びしょ濡れになることもない。

そして最後に玄関ベル。

これは去年のクリスマスに次男くんがプレゼントしてくれたのだけど、これまでのベルが超がつくアンティークだったので、そちらの処理をどうしたらいいのかわからなくて、今まで保留にしてしまっていた。
取り付けに時間がかかったのは、放っておいた時間が長過ぎて本体のバッテリーが切れていたからという、ちょっと笑える理由だったけれど、これもやっと解決。

ということで、長いもので10年以上、短いもので1ヶ月強、悶々としながら使って(使わずに)きた物事が、それぞれの定位置に収まってきちんと働いてくれるようになった。
この充足感、幸福感をもたらしてくれた洋介さんに、心から感謝する。
ありがとうHandyman!

ボクちんは家の中が怪し過ぎて入れんかったから、暑いのに一日中外でいなあかんかったんやで〜😠

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誕生日おめでとう!

2023年07月11日 | 家族とわたし
今日は夫の58歳の誕生日。
「欲しいものは?」って聞くと、いつものごとく「別に無い」と言う。
毎年夏は稼ぎが極端に少なくなる時期なのだから、贈り物用にと事前にへそくっておけばよいものを、急な入り用のために使い果たしてしまっている。
ならば、『肩たたき券作戦』で行こうではないか。
ということで、朝から菜園で菜葉を摘み、夕ご飯までに萎びてしまわないように水を吸わせておいて、あとは冷凍冷蔵庫内の食品を駆使して、アルモンデ誕生日おめでとうディナーを作ることにした。
そこに『肩たたき券』ならず『神の手マッサージ券』をプラスしたら、それなりに喜んでもらえるはず。

4月に日本に居たので、自分の誕生日は母と義父の家で迎えた。
どちらも大人の誕生日など祝う日ではない世代の人たちだから、その日はおめでとうの一言も無かった。
こちらでの23年間、誕生日というと朝から晩まで特別な人扱いをしてもらい慣れてしまったからか、あまりにも寂しかったので、スーパーに行って赤飯を買った。
夕飯を食べる時に、「今日は誕生日おめでとう〜」と自分で自分に言ったら、呆気に取られたようで、「いきなり何を言うてんの」と苦笑いされた。
いやはや習慣というのは恐ろしいものだ。
久々に祝ってもらえない誕生日を過ごした夜に、しみじみとこちらの誕生日を恋しく思った。
年老いた親から、兄弟姉妹から、社会の中堅どころになった子どもたちから、友人たちから、おめでとうの電話がかかってきたり、プレゼントが送られてきたり。
もちろん大人だから、平日であれば普通に仕事をする。
でも特別なのだ、その日の起きている間の16〜7時間は。
あなたが○○年前の今日生まれてきたことを心からお祝いします、という人たちがいて、その人たちの声を聞いたり顔を見たりしながら、生まれてきたこと、そして今も無事に生きていられることに感謝する。
誕生日って感謝する日なんだなと思う。

誕生日おめでとう。

これは誕生日イブの外食。
これに比べると今日のアルモンデディナーはかなり見劣りするのだが、夫はしきりに昨日の料理より何倍も美味いと言う。
愛、なんでしょうかね😅

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夏のひとこま

2023年07月05日 | ひとりごと
家野菜第一弾

今年もランタンフライの幼虫がやって来たのだけど、今のところ黒蠅キャッチャーがいい仕事をしてくれているので、無事にキュウリの収穫が叶いそうだ。

裏庭でゆったりと過ごす若者シカたち。なのでソメイヨシノの柵はまだまだ外せない。

外に置いていた金柑の木にランタンフライの幼虫がたくさん集ってきていたので、慌てて部屋の中に入れたのだけど、よく見るとこんなお方が…。

眩しいんだね。

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ごめんなさいが言えなかった父

2023年07月05日 | 家族とわたし
窓の外から、どこかで上がっている独立記念日の、花火のクライマックスの音が聞こえてくる。
今年は夫もわたしもクタクタに疲れていて、花火見学を見送り、家のテレビでNetflixのドラマを観て終わりにすることにした。

先日、大好きな『うさと』の洋服を買いに、アップステートにあるS子さんのお宅まで、友人のNちゃんと出かけて行った。
洋服の販売と共にいろんなイベントも行われていて、生まれて初めて霊能者の方と30分間お話しした。
彼女にまず名前を聞かれたので伝えたら、いきなり「68歳」と言う。
「え?68歳?」
「今68という数字が来たんですけども、何か取り掛かっている作業がありますか?」
「取り掛かりたいと思っていることはあります」
「やってください、2年で叶います、形になります、活動し始めます」
「一回始めたからには毎日毎日やらなければならない、というふうに考えないでいいです。途中で休憩してもいい。気分に任せてやったりやらなかったり、基本的にやりたいことに向かっているので気楽に続けていいんです」

ふむ…どれのことだ?
作曲のことか?物語書きのことか?自身の演奏能力を高めていくことか?指揮のことか?

などと頭の中で混乱が生じたのだけど、口から出てきたのは今の自分の、夫との関係に対する不安の話だった。
いや待て、なんでこの話をするわけ?関係ないやん…と思うのに、彼との馴れ初めから説明している自分にストップをかけることができなかった。
「まうみさんは一生ピアノを弾き続けるし、一生女であり続けます」
「周りや生い立ちを見て、そろそろ落ち着かなきゃ、なんて思いがよぎることもあるけど、全くそんな気が無い人です」
「わたしは女として、ピアニストとして一生生きるのよっていう、ガンとしたエネルギーを堂々と自分の中に流して欲しい」
「そうすることによって、彼に対する愛が無いわけじゃないっていうこともちゃんと思い出せます」
「愛はあります。愛を思い出して、愛があるからこその正直な会話をし始めると、一人で今までクヨクヨと思い悩んでいたことから離れて想定外の展開がおきます」

なんてことを聞きながら、話は名前の話になり、ここでは書けないような、あまりにも赤裸々でプライベートな話になり、そこでも彼女の返事に何度もびっくりさせられた。
彼女はわたしの話を聞きながら、体のあちこちに痛みを感じたりしたが、それらは必ず話と深くつながっている場所だった。

そうこうしている間に時が経ち、残り時間が少なくなってきたので、気になっていた亡き父のことを聞こうと思った時、
「あ、ちょっと待って、耳鳴りがしてきた、ちょっと待ってね…コレなんだ?お父さん…お父さんのことどう思いますか?」
と突然聞かれた。
しばし絶句して、気を取り直して、父のことを簡単にまとめて話した。
「恨んで当然のことを何度もしてきた人でしたけど、やっぱり好きだったし」と言ったところで、彼女が「伝わってる」と一言。
それを聞いた途端、涙があふれてきた。
「お父さんここまでね、ここまで出かけてきてるんですよ、ごめんなさいっていう言葉が。けどね、それを言うことが返って卑怯じゃないか、狡いんじゃないかっつってここで止めてるんですよ」
「ごめんなさいに値しない親であった、人間であったというところで彼が止めていて、けれどもここまで気持ちが出てきているから、その気持ちを今届けさせてもらいますね」
「ごめんなさいと言いたい。けれども都合良過ぎじゃないか、それで帳消しにするみたいに思われそうでできない」
「なんでこんな俺を好きであり続けるのか、俺を見る眼差しが怖かった。酷いことをしても、それで傷ついている目が、俺のことを愛している目だったって言ってます」
「普通そんなふうに半端じゃなく痛めつけられるような辛いことが続いたら、そしてその原因を作ったのが父親だとわかっていたら、人間としてみなさないような目線になるはずなのに、目が違った。それがすごく怖かった。なんだこの生き物はと思うぐらい」
「普通だったら俺のことを人間じゃないような目で見るのに、まだ見捨ててない目線というものがあったと」
「今ね、棒読み状態でいいから『ごめんなさい』と『ありがとう』って言ってって彼に伝えてます」
「あ、『こんな僕でもよろしければ、守護霊の位置に置かせていただけませんか』と、かなり丁寧に、敬語でおっしゃってます。許可をもらわないとやってはいけないと思ってるみたいです」

家に戻り、父からの「ごめんなさい」を弟にも伝えなければと考えながら、父に弟とわたし、そしてわたしたちの家族を守ってくださいと、父の遺影に話しかけた。
弟はわたし以上に、父のために大変な思いをした。
彼も父からの謝罪の言葉は一言も聞くことができなかった。
弟よ、怖かったんだってよ、わたしたちの目が…これこそ泣き笑いものだよね〜。
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