ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

土と野菜と太陽と

2024年10月09日 | 友達とわたし
心友のNちゃんから、ぜひこの人に会ったらいいと思う、と言われて会いに行ったKさんのお宅。
Kさんは、うちから20分ほど離れた町に住んでいる、野菜と土作りの達人です。

すべてKさんの手作りの菜園、というより花壇、いや、菜壇と呼びたいほどの美しさ!


草ぼーぼーの我が家の菜園と真逆の美しさ!
Kさんがここに越してきた時の前庭は不毛の砂地で、雑草でさえも生えることができないような状態だったそうです。
ここまでにするには、そりゃもう言葉では言い表せないほどの苦労と工夫を重ねてきたんだろうなあと思います。

Kさん自身で木を切り、小さく刻んで作ったウッドチップの数々。これにかけた労力と時間を想像しただけで気が遠くなりそうです。




絶対的な存在感を漂わせている菊芋。背丈は3メートルを超えています😳。

ど迫力のアップ写真。

これはむかごだそうで、こんなふうに実をつけるのだと初めて知りました。


朝一番に、ブロッコリーやニラの芽やピーマンやイチゴやブルーベリーやラズベリーなどを採って朝食にいただく毎日…いいなあ…。








健康で美しく美味しそうな茄子、今年は育ちが遅くて、これからが本番だそうです。


胡瓜をコンパクトに育てる(無闇矢鱈に広がらないようにする)技も教えてもらいました。

でも、こんなに開けっぴろげで大丈夫なんですか?鹿とかグラウンドホッグとかモグラとかスカンクとかリスとか、そういうのに食べられちゃいませんか?
と尋ねると、うちはこれを置いているから大丈夫と見せてくれたのがこれ、害獣の超音波駆除機です。
小さなソーラーパネルが付いているので、充電の手間も要りません。


これはゴボウ、だったっけか?

ゴーヤもすごく元気です。


ジャガイモは、ネギの根っこと寄り添うようにして育てるといいということも初めて知りました。
コンパニオンプランツ、共栄、または共生作物と言われるものだそうです。

これは茄子にオススメのコンパニオンプランツのお話です。
コンパニオンプランツ」は、野菜など栽培したいある植物に対して、近くに植えることで互いに良い影響を及ぼし合う別の植物のことや、その組み合わせを指す言葉です。
ある植物を単体で育てるよりも、コンパニオンプランツを一緒に育てることで、病害虫が広がるのを防いだり、成長を促進したりするというメリットがあります。
日本語では「共栄作物」や「共生作物」と表現されることもあります。ざっくりと「植物には相性のいい植物がある」と認識しておいても良いでしょう。

というわけで、ほんの基本的なことすら知らないことだらけでKさんにはすっかり呆れられてしまいましたが(例えばトマトには水はあまり必要ではないとか、茄子は毎日欠かさず水をあげなければならないとか)、教えてもらったことを来年の菜園に活かせることができるように、わたしも頑張ろうと思いました。

いろんな野菜の種もいただき、


蚊取り線香が据えられた椅子に座って、世にも美味しいシソジュースをいただき、


Kさんイチオシのニラの芽もいただき(めちゃくちゃ美味しかった😭)、


お刺身グレードのマグロの頬肉までいただいて、

とんでもなく厚かましい、二日に渡りお邪魔虫と化したわたしでした😅。
Kさん、本当の本当にありがとうございました!
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サウスボストンとサラトガとスパ初体験と

2024年07月30日 | 友達とわたし
旦那さんの仕事の都合で、ボストンのアパートメントとニュージャージーの持ち家での暮らしを、週に半分ずつに分けてすることになった心友Nちゃん&Jさん夫妻の、ボストンの方のお家に遊びに行った。
ボストンといえばシーフード🐠!
さっそく近所のレストランに連れ立って出かけた。
レストランには、Nちゃん夫妻、NちゃんのFB友だちのTさん夫妻、それから我々の6人が合流し、新鮮で甘みとコクがあってメチャクチャ美味しいシーフードをいただいた。


自分では撮らなかったので、Tさんのfacebookからお借りしました🙂

メニューの中で見つけたこのカクテル、名前を「抹茶プロブレム」という😅。
柚子と抹茶とバニラ風味って書いてあって、その組み合わせの無茶苦茶さに興味がわき、我らかしまし娘3人組は全員これを頼んだのだけど、いやあ、美味しかったっす!
ただ、清々しい柚子の香りとほのかなバニラ風味は確かにあったんだけど、抹茶はどこや?色だけなんか?

食事の後はアパートメントに移動。11階の窓の向こうには、ビルディングと海。いいなあ、やっぱり海が見える街っていいわあ。


さらに高い階にあるラウンジのテラスでワインを飲み直している間に、空がだんだん夕暮れてきて、気がつくと真っ赤な太陽が強烈に、こっち向かんか〜い!とアピールしてるではないか。

目には真っ赤っかなのに、写真に撮るとどうしても白になる。素人だもんなあ…。

翌朝はNちゃんお手製の美味しい朝ご飯をいただき、夫のマッサージチェア初体験が終わるのを待って、Nちゃんたちの散歩コースを我々も歩くことにした。
ものの5分も歩くと海辺…いいわぁ〜ほんとに(何回言う?😅)。

おぉ〜、BOSTON TEA PARTY(ボストン茶会事件)!

これは、アメリカがイギリスの植民地であった時代に勃発した事件だけど、詳しい話は頭の中には残ってなくて、今日改めてググってみたら、この事件がアメリカの独立戦争のきっかけになったって書いてあってびっくりした。
で、ここでは観光客用に、お茶箱を海にぶん投げるショーをやっていて、箱が海に落とされるたびに大歓声が上がっていた。
みんなストレス溜まってんなあ〜。



カヤック体験もできるみたい。


う〜み〜は〜広い〜な〜大き〜い〜な〜🎵

水族館もある。

マーケットもある。



外に出ると花いっぱいの公園に出会った。

花が咲くのかと思いきや、葉っぱがニョキっとな?

線香花火みたいな花。

大きなビルディングや通りを支えてる柱。いつまで大丈夫なんだろう…。

散歩コースの締めはお昼ご飯。
微かに磯の香りがする外のテーブルで、心地よい海風に吹かれながら食べるって、もうそれだけで心が満たされる。

あっという間のボストンだったけど、いろいろお世話になりました。
すごく楽しくて美味しかった!Nちゃん、Jさん、ありがとう!


そして我々は、もう一つの目的地、ボストンから西に3時間弱走った所にあるサラトガという街に行った。
ここでいつもの大ボケが発覚。
何も事前に調べてなくて、だからもちろんホテル以外は予約もしてなくて、わたしはただただ、サラトガという温泉町に行って、素っ裸は無理だろうから水着で温泉に浸かる自分、というのを妄想していた。
ホテルに着いて、夫がおもむろに、そりゃそうとまうみはどこに行って何をするか決めてんの?と聞いてきた。
今回、この町にどうしても来たいと駄々をこねたのはわたしだし、温泉温泉と呪文のようにつぶやいていたのもわたしだったので、夫は仕方なく同行した、という立場の人だ。
だからこの質問はとても正しい。
えっと、あの、州立公園の中に入ったら、なんかいっぱいスパがあるんちゃう?
まうみはスパの意味わかってる?
温泉風呂とちゃうの?
こっちのスパはまうみが想像してる温泉とは違うで。自分で調べてみた?
うーん……。

サラトガ・スパ・州立公園にさえ行けば、そして水着さえ事前に着ていけば、あちこちで湧いてるであろう露天風呂に入りまくれる、などと妄想していただけのわたしは、完全に黙秘状態になってしまった。
慌てて調べてみると…。

あかん、完全にわたしの手落ちだ(いつものことだけど…)。
ルーズベルト・バズ&スパに予約の空きがあるか尋ねてみるも、めちゃくちゃ混み合っていて繋がりもしない。
仕方なく伝言を残し、二人してどんな所なのかを検索していると、夫が興味深い体験談を見つけた。
その男性は、新しいもの、未知のものに対して許容力があるし、決してけなそうとは思っていないが、としつつ、
「狭い浴槽がポツンと置かれた部屋に入ると、水質が原因なのか、どこもかしこも薄茶色の汚れがこびりついていた。温水とはいえ、38℃の湯は温泉に入っているとは言い難く、もう少し熱くしてもらえないかと尋ねると、この温度でないと効能が発揮されないのでできないと言われ、なんだかなあと思いながら20分そのぬるま湯に浸かり、その後服を着替えて外に出た。これで40ドルというのはなあ。僕自身としてはもう一度経験したいとは思わないね」という感想を述べていた。
それを読んだ瞬間に、ルーズベルトはものの見事に消え去った。
そしてわたしは大きな思い違いをしていたのだと、ここにきてやっと思い知ったわけである。
いやあ〜遅いっ!遅すぎるにも程がある!

じゃあ、もう時間もあまり無いことだし、近くのコングレス公園にある湧水を何ヶ所か飲んで、もしもホテルがここがお勧めだと教えてくれたら、そのスパのお店に行って個室風呂に入って帰ろうということになった。
ホテルが勧めてくれたのは、そこから徒歩2分のスパで、個室風呂だけにするつもりがフェイスエステの予約にも空きがあると聞いて一瞬フラッとしたのだけど、価格を聞いて即却下。
夫は対応してくれたフロントの女性が不親切で、こちらの質問にちゃんと答えなかったからと、スパ自体の質を疑ったのか、自分は外で待っていると言う。
せっかくの初体験なのにもったいないと思ったが、説得するのも面倒なので、自分だけで入ることにした。
予約の時間までに1時間ほどあったので、コングレス公園を散策。

まずはこちら。
レストランで出された水と同じ味がした。
この町ではやっぱり水道口から天然水が出てくるんだなあ…。



これはちょっとやばいかも。
恐る恐る飲んでみる→口に含む間もなく吐き出した。
超〜鉱物味。というか、錆びた釘を目一杯詰め込んだコップの水を飲んでるような感じ。
便秘にいいんだそうだけど、これはきつい。


これは一番ショックを受けた水。強烈なサビ味+微かな炭酸。飲めなかった。



水が豊かな土地で育つ木々の伸びやかなことよ。

なぜかここも湧き水がドボドボと流れ落ちていた。
昔は露天浴してたのかな?


この色目のカモを見るのは初めてカモ😅

食事に没頭するカモさんたち。


一休み。


卵を抱いてるのかと思いきや。

奥にこんな楽しそうなものを発見!

回転木馬🐴!もちろん乗った😆!
子どもは無料、大人は1ドル。


スパの予約時間15分前になったので戻る。
店に入る前に夫が、向こうの接客態度が横柄だったらちゃんとしっかりと文句を言え、向こうの言いなりになるな、浴槽や温度に問題があったらちゃんと伝えろ、などなどうるさいったらない。
わ〜かったっちゅうに!わたしだってええ歳してんねんから、嫌やったら嫌やって言うわ!
ぷんぷんしながら店に入る。

まだ時間があったけど、先に2階に上がってリラックスルームでゆっくりしてくださいと案内された。
ドキドキ💜

着替えのロッカールームとリラックスルームを案内してもらう。



こんなのしかないけどご自由に、というコーナーがあって、わたしはもちろんお水をガブガブいただいた。



いよいよ浴室へ。
迷いそう…。



ふぇ〜…いい感じ😍

リラックスと関節炎の痛みを緩和する効果があるオイルとお塩を入れてもらう。


この部屋には全く同じ浴槽がもう一つあって、夫も一緒に入れたのになあ…と思いつつ、いやいや、ひとりでのんびり優雅に過ごすのも良かろうと思い直す。



お湯の温度は41℃。温度の上げ下げは自分でできるようなっていて、ジャグジーも好きなプログラムを組める。

いやあ、ほんと、至福の時を過ごさせてもらった。

というわけで、思い描いていた(妄想していた)お風呂体験とはかなりかけ離れてしまったが、なんかめちゃくちゃ気持ちのいい時間だった。
また絶対に行きたい。
今度はちゃんと予習して、予約して、自分が一体何をしに行くのか分かってから行こう😅!

ご参考までに。
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7年ぶりの再会

2023年06月23日 | 友達とわたし
まず最初に、先日生検に出された限りなく怪しい出来物は良性だったことをお伝えする。
まったく、わたしの体には、限りなく怪しい姿をした良性ブツが多すぎる…。

6月特有の、清々しさが朝から晩まで居座ってくれる天候が続いた週末に、うちからちょうど1時間ぐらい離れた大学街に住む、夫のペンシルバニア大学時代のルームメイト(夫婦ともども)に会いに行った。
二人ともに超エリートで、特大企業の役員(そして彼はとても過酷な癌からのサバイバーでもある)と建築家のカップルで、彼女がデザインした(わたし的には夢のような)お部屋がこちら。









と、ここまでは前回(といっても7年も前だったらしい…コロナ禍の3年がどんなに大きな破壊力だったかを思い知る)と同様で、今回は新たにこれ↓が増築されていた。


いわゆるお外キッチン。
天井のスレートは開閉可能な全天候型。アレクサに呼びかけると開いたり閉じたりしてくれる。
夫の左側の横長の暖炉からは、怪しくも優雅な火が立ち上がる。
この空間が気持ち良すぎて、1年の半分以上はここで料理をして食べているのだそうな。
わかる気がする。

この丸いのが気になって仕方がない。

鉄板のように見えるがそうではなく、別の金属でできていて、だいたい1000℃ぐらいまで熱くなるそうだ。
火を入れて温度をあげていく。


調理開始!




家の中のキッチンでは、栄養はもちろん彩りや食感までにこだわりを持って作られた惣菜が並ぶ。






いやもう、どれもこれもが超〜美味しくてたまらない。
鶏のもも肉がハンパなくジューシーで柔らかで、こんなの今まで食べたことがない。恐るべき1000℃鉄板もどき。

食事は友人夫婦、そして近所に住むお母さんとの5人でいただいた。
台湾人のお母さんはわたしの母と同い年で、老齢に入ってから3回も癌にかかり、常に果敢に挑んでは乗り越えてきた人。
背筋がピンと伸び、普段から努めて歩くようにしているという彼女の足取りはとてもしっかりしている。
彼女は日本語が堪能である。
日本の占領下に置かれていた台湾で、家の内外で日本語のみを話すようにされていたからだ。
彼女の父親や叔父は、その当時役所のお偉方だったので、日本語を話すモデル家族に認定された。
日本から酷い目に遭ったという認識は持っていなかったと言う。
酷い目に遭ったというならそれは中国で、同じ占領でも内容や待遇は全く違ったのだそうだ。
もちろん、そんな思いを持つ人ばかりではないのだけれど、わたしの身近に、日本の占領によって実際に辛い思いをしたという人がいないことに救われる。
彼女はこちらに移ってから栄養学を学び、栄養士としてしばらく働いたのだけど、それまでの間にバイトで働いていた図書館の仕事の方が性に合っていることがわかり、もう一度司書の資格を取るべく学校に入り直したのだそうだ。
そして同じ図書館で30年近く司書として働いた。
凛として、けれども可愛くて、出来ればずうっと話を聞いていたくなる人だ。

観葉植物や盆栽も、その一々がユニークで美しい。


彼女の専門は建築だけど、ランドスケープの才能にも魅せられる。







おまけ写真は罠にかかったグラウンドホッグくん。

うちにも時々出没する、この憎可愛いやつは、ありとあらゆる努力をして、我々が丹精込めて育てた野菜をパクパク食べる。
この後彼は、車で遠いところまで運ばれて放されたそうな。
夫が、野生動物を捕らえて放してやる場合は、川を越えなければならないと言う。
そうしないと、かなり遠くまで行っても戻ってくるのだそうだ。
グラウンドホッグ、ウサギ、シマリス、リス、スカンク、キツネ、シカ、アライグマ…共存できるに越したことはないのだけれど、やっぱり育てた花や野菜を見ごろ食べごろにパクパク食べられちゃうと頭にくる。

これは一昨日夫が撮った写真。
整備されていない野原は、彼らにとっては居心地がいいのかもしれない😭。


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ともだちっていいな

2023年06月10日 | 友達とわたし
親友Aの大事な家族、チャウチャウのウィリーくん。
ここ最近いろいろと健康被害が出てきて病院通いしている。
同じ名前だからか、余計に親しみがわいている夫が、漢方で治療に加わった。
良くなるといいなあ。

このモコモコがたまらん。

やきもちを焼いて擦り寄ってきたオディールは、真っ黒ででっかいプードル。

ゲイシャ(白銀色の鯉)も元気。

混ざりっ気なしのジャスミンの花茶。

親友Aはいつも、何か楽しいことや嬉しいことがあると、花火みたいな勢いのある字で手紙を書いて送ってきてくれる。
来週は彼女がずっと前からイチオシしてた皮膚科の先生に、わたしの身体中に居座っているイボイボ各種を診てもらいに行く。
そのC医師は70歳で、けれど診察室ではクレイジーかつパワフルで、トランプ(元大統領)が大っっっっ嫌いな女性で、だからきっとまうみと気が合うはずだと、もうかれこれ5年以上は勧められていた。
それでやっと重い腰を上げて診察予約を取ろうと思ったら、もう新患は取らないことにしたのでと、きっぱり断られてしまった。
それは困る、絶対に困る。
なので今回はズルをして、C医師に向けて書いた熱々のラブレターを、ちょうど診察の予約を取ってあったAに渡してもらうことにした。
わたしも診てもらえることが決まって、いよいよ来週に診察を受ける。
どうか困ったチャンが見つかりませんように。


庭の花が綺麗に咲いたからと、ほんとは先週渡すつもりで用意してくれていたらしい。
だからちょいと花の端々がくるまり始めてるけど、美しい心と優しい思いが嬉しくて、しばらくじっと眺めていた。
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難病指定の再生不良性貧血と闘うワカコさんを支援しよう!

2022年07月17日 | 友達とわたし
友人の西嶋明子さんらが立ち上げてくれた寄付支援プロジェクトを紹介します。
突然難病に襲われてしまったワカコさんは、このブログでも何度も登場している女性です。
例えばこの「日本政府に対し在外ネット投票制度導入を求める署名運動」。
2万6千27筆が集まり、林芳正外務大臣へ書名を手渡すことができたのですが、この署名運動の発起人の一人がワカコさんなのでした。(モニター画面上段右に映っているのが彼女です)

以下の支援寄付を募る紹介文にも書かれていますが、
「心の優しい方で、これまでも入院中の子供たちやお年寄りをお見舞いするボランティアをしたり、海外在住日本人が在外投票しやすくなるような運動に参加したりと、さまざまな無償の活動をしてきた」人です。
みなさんのご支援、どうぞよろしくお願いします。
難病指定の再生不良性貧血と闘うワカコさんを支援しよう

みなさん、こんにちは。

私はニューヨーク市に住む子田稚子(こだ・わかこ)さんの友人で、西嶋明子という者です。
わかこさんは2022年の5月に突然、日本では難病指定となっている再生不良性貧血という病気に罹ってしまいました。
この病気は骨髄の中の造血幹細胞が減少し、赤血球・白血球・血小板など全ての種類の血球が減少するというもので、完全に治癒するには骨髄移植しかないと言われています。

わかこさんは、5月2日に、極度の貧血でクイーンズのエルムハースト病院のERに運ばれました。
当初彼女のヘモグロビン値はたったの2で(通常は13程度で3以下になると心臓発作などで亡くなる可能性もあるほど危険な状態)、生きているのが奇跡のような状態でした。
そのまますぐ病棟に移動して入院生活が始まり、5月10日にマンハッタンのベルビュー病院に移動し、多くの検査の結果やっと再生不良性貧血という診断が下りました。
血液が足りなくなるので輸血と検査を繰り返し、5月19日にようやく一時退院しました。

一時退院したとはいえ、その間も通院が続き、6月14日の血液検査の結果が悪かったため1泊2日の入院で輸血もしました。

6月21日から28日までは、免疫抑制療法(ATG)という治療のため再び入院してICUに滞在。
モニターで全て管理されての孤独な隔離治療を受けました。
6月29日からは一般病棟で、ステロイドと免疫抑制剤を大量に投与する治療を受けて、7月9日にようやく退院しました。
現在は自宅で療養中ですが、未だ予後看過中であり、自宅でも高額な薬をたくさん飲まなくてはいけません。

転倒したり体をぶつけたりすると血が止まりにくいこと、免疫抑制剤を飲んでいるので感染症にかかりやすいこと、貧血が起こりやすいこと、などなどの理由で働くことも制限されています。

この病気を完治できる治療法は骨髄移植だけなので、今後も絶えず検査をしながら病気をコントロールする治療を続けなくてはいけません。
これからどうなるかまだまだ先行きは不明な状態です。

わかこさんはアメリカに家族がいないので、私たち友人や知人の援助が必要です。
わかこさんは心の優しい方で、これまでも入院中の子供たちやお年寄りをお見舞いするボランティアをしたり、海外在住日本人が在外投票しやすくなるような運動に参加したりと、さまざまな無償の活動をしてきました。
どうかわかこさんが安心して治療に専念できるよう、とりあえずの生活費や薬代を補う寄付のサポートをお願いします。

ご協力ありがとうございます。

わかこさんの友人を代表して
西嶋明子
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桜だ〜〜〜🌸

2022年04月15日 | 友達とわたし
40枚の桜の写真と、4枚のガチョウさんの写真を一挙にお見せします。
みなさんにもお花見気分を満喫していただけたらと思います。
訪れたのは我が家から車で10分のところにある桜公園です。
毎年、いつでもすぐに行けるやと思ってしまって、何度も花見をし損なってきましたが、今回、この公園の噂を聞いて、わざわざクイーンズからやって来てくれた明子さんと一緒に、快晴の空のもと、花見を楽しむことができました。
今は平日しか動けないのですが、今週は生徒たちが春休みで、ポコポコとレッスンに空きがあるので、思い切って行くことにしました。
わたしの背中を押してくれた明子さん、ありがと〜!


さて、このブランチ・ブルック公園にこんなにたくさんの桜を寄贈した人は、キャロライン・ファード氏、アメリカの女性実業家です。
日本を訪れた際に見た桜に感銘を受け、帰国後、2000本以上の桜の木を、この公園に寄贈したそうです。
彼女は、アインシュタインが籍を置いて教授をしていたプリンストン高等研究所の共同設立者でもあります。
アメリカで桜の名所といえばワシントンD.C.の桜公園ですが、なんとこの公園の桜の本数は、ワシントンD.C.よりも多く、4000本を超えているそうです。
ただし、ワシントンのようにダァーッと桜だけを密に植えられておらず、場所によっては雑木の合間で咲いていたり、そもそも公園の面積が広大過ぎて、一度に見ることができません。
この公園は、アメリカ合衆国初の郡が運営する公園で、ニューアーク市中心部から南北へ6kmにわたり細長く延びています。
この公園の敷地面積は145 ヘクタール、ニュージャージー州で一番広い公園です。
どおりでいつ行っても迷ってたわけだ…。

というわけで、今回初めての入口から公園に入ったわたしは、見たこともない風景にオロオロ…。
でもまああちこちに桜が咲いているので、明子さんと車から降りては散歩しながらの撮影会を楽しみました。



明子さん、逆光でお顔が暗くなっちゃってごめん!






桜吹雪に大興奮!






老齢の枝垂れ桜さんを見学中のガチョウさん

ゆったりと座ってくつろぎ始めたので、


近づいてみると、

調子に乗ってさらに近づいていくと、

怒った…😅




これから咲く気満々の八重桜さんたち


この公園の桜の種類は一体どれだけあるんだろう?







青空の下では枝だけでもいい。

桜の花びらが流れていく。


やっと見慣れた場所に到着。








ああ、この古木はまだ健在でした。

明子さんと一緒に。

わたしもついでに。

タイトル写真にも載せましたが、この公園で一番好きな桜です。

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寿司と友だちとライブ音楽と

2021年10月05日 | 友達とわたし
寿司三昧❣️
お友だちのおかげです。

のんちゃんの友人さんが本マグロを釣り、その釣りたてホヤホヤのマグロの切り身がドカンと送られてきたそうな。
そこでプロのシェフさんにお願いして、マグロパーティなるものを開くことになり、お相伴に預かることになりました。

まずはHideyoシェフによるマグロこれでもか〜寿司。


生まれて初めてのマグロの鎧(ヨロイ)身。

お寿司を食べるのは年に何回か数えられる程度なんだけど、好きなネタはハマチとアナゴとタイ。
マグロはどちらかというと苦手な方で、いつも他の人に食べてもらうか、頼まないようにしていました。
だけどこの日、めちゃくちゃ新鮮な本マグロの鎧身というものを口に入れた途端…えへらえへらと意味不明の笑いが込み上げてきて、のんちゃんちの庭から採れた紫蘇に巻いてはパクリ、またパクリと、贅沢の限りをさせてもらいました。

手巻きのネタとビーツとポテトのサラダ

炙りマグロ。

自家製缶詰マグロの作業開始!


メイソンジャーのフタが新しいかどうかが大事だそうです。

圧力鍋で何分だったっけか?もう忘れちゃっいました。

出来上がり

このまま常温で何ヶ月もオッケー。果物やトマトソースなど、いろんなものでできるってことを聞いてびっくりしてたら、今まで知らなかったの?と反対にびっくりされちゃいました。

Hideyoさん手作りのデザートがまたすごくて、写真に撮り忘れてしまったのだけど、グルテンフリー&ビーガンの、これまた名前も材料もすっかり忘却の彼方…でも口に入れた時の至福感は今もくっきり残っています。
彼女のいろんなビデオはここで観られます。


そして次の土曜日は、ACMAがついに、バーチャルではない演奏会を開くことができた記念日でした。
ほぼ2年ぶりに顔を合わせた仲間たちと、新しい会の旗。


やっぱり生の音はいいなあとしみじみ思いました。

そして急いで家に戻り、歩美ちゃんと息子くんカップルをお迎えしたのですが、二人が持参してきてくれた手巻き寿司セットがすごかったのでした。
歩美ちゃんが、自分がどうしても食べたかったから、えいっと決心して買ってきたというマンハッタンの高級お魚屋さんのウニ。
その値段を聞いて目玉が飛び出しそうになりましたが、胸はワクワクドキドキ。


味はどうだったかって?
いやもう、言葉にならない美味しさでした。
こんなの食べちゃったら後々困ります。
わたしなりにえいっと決心して買って食べた(まあ1年か2年に一回ですけど…)ウニもそれなりに美味しいと思ってたのが吹っ飛んじゃいました。

お寿司で盛り上がり過ぎちゃって、ジャズフェスを聞きに行くのが遅くなり、到着して15分ほどで終わってしまいました。
このジャズフェスも去年は中止だったので、町の人たちの盛り上がりのすごかったこと。


ちょっとびっくりしたのは、マスクをつけていない人が多かったことと、かなり密接していたことです。

わたしたちの住む地域ではマスク着用率がとても高く、マスクをつけていない人がいるとギョッとするほどなのに、なぜかこの夜は無礼講だったのか、それともコロナ禍以前の日常が戻ってきたと思いたかったのか、理由はわかりません。

というわけで、お友だちのおかげで、心身ともに小確幸ならぬ大確幸な週末を過ごさせてもらいました。
感謝!!
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だいじょうぶ だいじょうぶ

2021年04月01日 | 友達とわたし
『大きな空」演奏=フォンテーヌ (『ジャズ組曲 音泉大国・群馬』より 撮影地=高崎市観音山)

友人夫妻がすてきな歌を作って送ってくれた。
本島阿佐子・歌&コーラス 
冨田芳正・作詞作曲&編曲と楽器演奏  
わたしがちょいと落ち込んでるってのを小耳に挟んだから、一番に送ったって言ってくれた。

今、たくさんの人たちが、どちらかというと楽しくない状況の中でグルグルと毎日を過ごしてる。
どちらかというとどころか、悲しくて苦しくて辛くて痛くて疲れてる。
どうしたらいいのか決められなくて、分からなくて、困り果てている。
ひとりじゃないけどひとりで、どんどん心が塞がって、話したり歌ったりするのも億劫になっている。

でもだいじょうぶ、だいじょうぶ。

苦しいね、悲しいね、辛いね。

でもだいじょうぶ、だいじょうぶ。

だけど無理しないでいいからね。
時間かかってもいいからね。
みんなそれぞれ精一杯生きてる。
みんなそれぞれいろんなことを抱えて生きてる。
これまで生き続けてこられただけで立派なサバイバーだよ。
この世で生きてる全ての人はみんなサバイバーだよ、かっこいいよ。
うーんと褒めてあげようよ。

井戸の底で膝を抱えて、その膝小僧におでこを乗せてじっとしてたみたいな半年間だった。
そんなわたしの話を聞いてくれるセラピストのジェドが、毎回必ずわたしに言う。
とにかく自分のことを許してあげなさいな。
いいから、それでいいからって言ってあげなさい。
一日中ウダウダして、不健康な物を食べて、不安で心配でみぞおちの辺りがイヤな感じでドキドキして、気がついたら夜になってても、ああよく生きたねって思ってあげなさい。
どんな一日でも、時間が過ぎて眠ったら明日になる。
ああまた生きられたね、えらかったね。
そんな最悪な一日の繰り返しでも、それは永遠に続くことはない。
いつかきっと、まあどれだけの時間がかかるかは誰にも分からないけど、それでもいつかきっと、あああんな事があったなあって思い出せる時が来る。
それはあなたが一番知ってるでしょう?

だからだいじょうぶ、だいじょうぶ。

阿佐子の歌声を聞いてください。
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夏の気持ち

2020年07月14日 | 友達とわたし
ひと目で好きになる人がいる。
性別や年齢に関係なく。
そんな人の中の一人、アードリーの家に遊びに行った。
彼女はインテリアデザイナー。
キャリアはもう随分と長い。
出会ったのは夫が先で、きっと好きになるよと言われていて、二階の浴室の改装をするに当たってデザインをお願いした。
彼女の顧客のほとんどは裕福な人たちで、だから彼女がやりたいように、やれるだけやってしまえる仕事が多い。
うちの場合はほんの2畳半ぽっちのちっちゃな室内に、日本風の深い浴槽を入れたいというだけが希望で、けれどもできるだけさっぱりした感じの浴室にしたかったので相談した。
彼女が提案してくれた壁と床のタイルにまず惚れて、その価格がまるで高価じゃなかったことにまた惚れた。
結局工事の段階で、頼んだ業者がきちんと仕事ができなかったので、ものすごいストレスに見舞われてしまったけれど、その空間は本当に気持ちが良くて、数年が経った今でもそこに入るたびに感謝の気持ちがふつふつと湧いてくる。

彼女自身はほんの2年前までの30年間、ものすごく狭いアパートメントで暮らしていた。
大きな犬が好きで、チャウチャウを3匹、でっかいテリアを1匹を飼っている。
新しいパートナーとの生活も始まり、さすがに窮屈になったので家を買うことにしたのだけど、
もうニュージャージーとはおさらばして、どこか全く違う風土の場所に引っ越そうと、いろんな州の町を探したらしい。
すごく美味しいコーヒーが飲めて、ニューヨークタイムズが簡単に手に入る場所ならどこでもよかった。
全く違う風土は2週間もすると嫌気が差してきて、おまけにすごく美味しいコーヒーとニューヨークタイムズを簡単に手に入れるには、やはりトライステートに留まるっきゃないことに気がついた。
そんなところに、家を早急に売りたい人がいるという情報を得た。
そこはわたしのうちから車で20分ぐらいの、もちろんだからニュージャージー州の家だった。
おさらばしたかった所にまた戻っていくのには抵抗があったのだけど、まあとりあえず見にいくだけでもと思い直して訪れた。
そこは確かに地図上ではニュージャージー州なんだけど、ペンシルバニア州の広々とした雰囲気があってとても異質な空間だった。
そして彼女はその家に一目惚れした。

COVID-19の被害を大きく受けた新しい世界では、会ってもハグも握手もできない。
もちろん家族以外の家の中には入って行かない。
入ったとしても、靴を脱ぎ、手を洗い、マスクをつけて、ほんの短い時間だけにする。
アードリーも彼女のパートナーのマックも、わたしより少しだけ年上なので、ソーシャルディスタンスを守って外で楽しく過ごそうと思っていた。
だけど、到着した途端、家の中を案内すると言われて、いいの?いいの?とまごまごしながら彼女に付いていき、一部屋一部屋じっくり見せてもらった。
壁にかけられた絵や彫金がどれもこれもすごく良くて、まるでとてもカジュアルな美術館に迷い込んだみたいな気持ちになった。
彼女の好きな色、風合い、空間の取り方、小物の数々に出会うたびに、胸の中に浮かんだ小舟が心地よく揺れた。
極め付けは大きなオルゴールだった。
オークションで手に入れたというそれは、もうオルゴールというより、柔らかな夢の音のオーケストラだった。
すっかり舞い上がってしまって、写真もビデオも撮るのを忘れて聞き惚れていた。
今度はきっと紹介できるよう、気を落ち着けて聞こうと思う。

グルテンフリーに加えてデイリー(乳製品)フリーというなんとも面倒くさいわたしたちのために、美味しい軽食を用意してくれた二人と、美しくて若い鯉が泳ぐ池のすぐ横のパティオで楽しく過ごした。
すっかり長居してしまって、気がついた時には薄暗くなっていて、だから敷地内にあるサマーハウスの横の小さな林で群生する蛍の光の乱舞も見られた。

彼女が遠くに行ってしまわなかったことに感謝する。
いつでも来たい時に来てね!と言ってくれる彼女にまた惚れた。


ちょっと日が空いたので、かなり荒れてるだろうなと思いつつ、カゴとハサミを持って菜園を見に行った。
今年は本当にカブとビーツが頑張っている。


オクラはちょっと油断したら巨大になってしまってて、きっとこれはどんなに料理をしても食べられないだろうと反省…。


葉っぱものもぐんぐん大きくなっていた。
夏は人も野菜もぐんぐん大きくなる。
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おひな祭りの大雪と灯油ストーブと親友と

2019年03月04日 | 友達とわたし
春の雪はボタボタで、木の枝にしがみつく。


垣根が両側から垂れ落ちて、車道からうちに入れなくなっちゃった?!


粘着質は人間でなくてもやっぱり困る…。




わずか0.5センチぐらいの幅しかないフェンスの縁にも。


おひな祭りの日だというのに…。




向こうの空がようやく晴れてきた。


万が一の時のために、灯油ストーブの準備をする。


芯にオイルを染み込ませるために数時間放置してから点火する。
最初はすごく臭うので地下室で点火したのだけど、それでも1階全体がとんでもなく臭くなり頭が痛み出したので、慌てて外に出した。


今回は出番が無かったのだけど、二人ともに灯油ストーブの臭いにすごく弱いので、できたら使わずに済んで欲しかったりする…いやはや。


さて、先週の土曜日は、嬉しいお客さまをお迎えした。

漢方の学校で学び始めてから週末は土曜日しか無い事になった夫は、それでなくても週末のアクティビティ(いわゆる妻以外の人付き合い)を渇望しているので、何の予定も入っていない土曜日を忌み嫌う。
一方わたしは、週末こそは週日にできないことをしたり、逆に何にもしないでパジャマのままで、家から一歩も出ないでボーッとしたりするのが大好きなので、週末にあれこれ予定を立てるなんて意欲はほぼゼロに近い。
でも、結局夫が立てた計画でどこかに出かけたり人と会ったりすると、あ〜楽しかったと思う。
だからまあ、ただのめんどくさがり屋なのだ、わたしは。

わたしたちのめちゃくちゃ急な誘い&悪天候にもかかわらず、のりこさん&ジャンさん夫妻が遊びに来てくれた。
いつものごとく会話が弾み、話題はあっちこっちに飛んでは大笑い。

のりこさんとジャンさんが、のりこさんのお里の沖縄に遊びに行った時のこと、ジャンさんが日本語の『どうも』の意味をのりこさんのお父さんに尋ねたところ、お父さんはありとあらゆる辞書や本を持ち出してきて、一所懸命説明しようとした。
『どうも』…なるほど、ああいう時こういう時に使うと言えるんだけど、意味を説明しろと言われたら言葉が出てこない。
なんてなことを言ってたら、「じゃあ『Love』は?」と聞かれた。
「『Love』って何?」
「『Love』は『Love』、としか言いようがない」
「でも、『どうも』と同じく、いろんな言い回しができる」
「それって『Fuck』もだよね」
「まうみ、いつか『LoveとどうもとFuckと』っていうタイトルでブログ書いてよ」

えっ…。

むくむくと書きたい気分になってきた。
どちらかというと短編っぽい話で。
今すぐにはとても無理だけど、いつか気持ちに余裕ができた時にでも。

4人で散歩に出かけた時、のりこさんに見せたこの通り。


同じ道なのだけど、右側が裕福層が暮らす町で、左側が庶民(我々も含めて)が暮らす町なので、舗装がきっぱり違う。
税金もだから右側の家に暮らす人たちの方が高い。

はっきりしてるっていうか、はっきりし過ぎているっていうか、いつ通っても笑えてくる。


のりこさんと直に話せたのがとても久しぶりだったので、山のように積もっていた言葉をどこから抜き出していいのかわからないぐらいだった。
のりこさんは、在米の沖縄県系の人たちが、どういう行動に出たらいいかを模索し、話し合い、実行に移そうとしていることを教えてくれた。
インターネットを使って、全米に散らばっている人たちと話し合えることが素晴らしいし、それぞれ個々に行動する気持ちの強さもすごい。
こちらで暮らしているのだから、こちらの政治家に圧力をかけて、アメリカ国内での啓蒙に励もうとしている。

どんなに嫌だと言ってもやめてくださいと願っても、自分たちが暮らしている場所が米軍基地を増やすために破壊されるってことを、日本全土に課して初めて、沖縄が日本の県になる。

沖縄の人たちは、基地の全面撤去を望んでいるのではなくて、本土との分かち合いを求めている。
そのことがなかなか伝わらなくてとても歯がゆいと、のりこさんは言う。
のりこさん自身、自らの意思で沖縄から離れた。
まずは東京に出て、基地の無い暮らしに初めて接して心底驚いた。
基地のことが嫌で嫌で、けれどもそれでもその土地から離れられない人もいる。
沖縄といっても、そこには一人一人、人の数だけ違う考え方感じ方がある。
もちろん沖縄以外のところに暮らしている人たちにも、その人の数だけ違う考え方感じ方がある。
だから伝えていくことが大事なんだな。
日本中で米軍基地を受け入れよう。
そうなったらどうする?
そうなったらどう思う?

米軍基地も原子力発電所も、押し付けられてきた地域の人たちの命や暮らし、そして声を無視してきたわたしたちの生き方が、増やした物事だ。
どちらも政治家や大手土建会社に莫大なお金が流れ、その費用や何か起こった時の後始末代は、国民の税金や電気代に溶かし込んで賄われている。
政治家は痛くも痒くもないし、土建会社は儲かる一方。
建てられた土地は未来永劫ひどく汚染され、病気や事故が発生しても誰も責任を取ろうとしない。

はっきり言ってクソみたいな社会だけど、それでもやっぱりどんなに時間がかかっても、やるべきことをやり、伝えるべきことを伝えていくしかない。
どんなに地味でも、結果が目に見えなくても、行動して伝えていくしかないんだね。

二人が帰った後からずっと、そして今も考えている。
日本に『ろうそく革命』が起きて、悪党を政治の世界から追い出せるのは、まだもう少し先のことなのかもしれない。
けれども希望は持ち続けたい。
もうすぐ春が来る。
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