家の中からお姑さんの気配がしなくなってずいぶん経つ。
実際にお姑さんの持ち物のほとんどを整理したので、家の中にお姑さんを思い出すような物がなくなったからかもしれない。
思い出すのは、毎日の供養で手を合わせる時だけだ。
ところで、この前はお姑さんが亡くなってから初めて夢にお姑さんが現れた。
ふと気がつくと、私は見たことのない古い家の前に立っていた。
今の家の造りではもう見ることがなくなったが、玄関は引き戸で昔の家ではよくあったガラスが嵌められている。
その引き戸をがらがらと開けると、そこにお姑さんがにこにこと笑いながら立っていた。
お姑さんは、深い緑色の落ち着いた柄の着物を着ており、髪の毛はきれいに結っていた。
私が初めてお姑さんに会った頃は、もうすでにショートヘアで洋服ばかりだったので、そのような着物姿のお姑さんは見たことが無かった。(たくさん着物を持っていたのに・・・)
夢の中のお姑さんは、着物姿でうれしそうに笑っていた。
そして、にこにこしながらお姑さんは私に向かって「おかあさん」と言った。
お姑さんが私を「おかあさん」と呼ぶのは生きていた頃と変わっていないが、お姑さんの見た目がずいぶん変わっていることに私は驚いた。
見慣れた白髪のショートヘアではなく、黒々とした髪を頭の上の方で高くして結い上げている。
髪の毛に白髪がなくなっているのもそうだが、顔もまたかなり若返っていた。
亡くなった時の年齢は90歳を過ぎていたが、夢の中のお姑さんは、50代後半から60代前半といったところだろうか。(若返って出てくるのは亡き父も同じで、父は夢の中に現れる度に若くなっていった)
ところで若くなったお姑さんから「おかあさん」と呼びかけられて、私は夢の中で戸惑っていた。
「亡くなったはずなのに、なぜお姑さんはここにいるのだろう?しかも私が知っているお姑さんよりずっと若くなっている」と思っていたが、お姑さんは何も言わず、にこにこしながら目の前に立っていた。
・・・というところで目が覚めた。
起きてからもお姑さんの姿がはっきりと脳裏に焼き付いていたので、思わず夫にそのことを話したら、夫は「そうだ。おふくろは昔、着物を着た時に髪を上に高く結っていた」といった。
夫がまだ子どもだった頃、お姑さんは長い髪で結っていたそうだ。
いつしか着物を着なくなったが、夫の小学校の入学式や参観日などの時は、いつも着物を着て学校に来たのだとか。
ところで私は、人は亡くなっても魂は生き続けると信じている。
魂だけになった時、人はどのような姿で、どんな所に住んでいるのだろうか。母が亡くなった時、私が20代の頃だが、よくそんなことを考えていた。
亡くなった母が今どんな所にいるのか知りたくて、当時、流行っていた丹波哲郎さんの大霊界ナントカという映画まで観に行った。
映画の内容はもうすっかり忘れてしまったが、(間違っているかもしれないが)たしか亡くなった人たちが集まって暮らしていたようなことを覚えている。
しかし、それは違うと今は思う。
以下、私の妄想だと思って読んでください。
見知らぬ者同士、複数の故人が一緒に暮らしているのを、私は今まで見たことが無い。
それは故人の想念の中で作られた世界だから、知らない人と一緒というのは考えられない。
自分が生きていた頃に一番良かったと思う自分の姿で、一番思い出に残っている場所で、それらを想念で作り上げた世界で生きていた頃と同じように暮らしているのではないかと思う。
ただし、これは普通に生きて寿命が来て亡くなっていく場合であって、自殺などの場合は当てはまらないだろうと思う。もしかしたら見知らぬ者同士が一緒にいるということもあり得るかもしれない。
しかし、永遠にこのような想念の世界で暮らし続けることもない。時間が来たら再生に向けて進んでいく。
映画まで観に行って、どこにいて何をしているのか知りたかった亡き母だが、母は亡くなってしばらくの間、自分の想念で作り上げた世界の結婚してから住んだ昔の古い家に居た。
そこは、実際に私も18歳まで家族で住んでいた家だ。
その後、新しい家を建てたので引っ越しをしたのだが、母にとっては新しい家よりも結婚して子育てをした古い小さな家が思い出に残っていたのだと思う。
また母はそんなに若返っているようには見えなかったので、多分、自分の姿に満足していたのではないかと思う(笑)
父の場合だが、父は母と違って自分が働いて建てた新しい方の家に住んでいた。そして容姿も40代かと思うほど若くなっていた。これは、容姿に気を遣う、おしゃれな父らしいと思う。
ということで、お姑さんも着物をきた若い頃の自分が、一番戻りたかった姿だったのかもしれない。
また古い玄関のある家も、私には分からないが、お姑さんが一番思い出のある昔住んでいた家だったのかもしれないと思う。
さて、そんなお姑さんのことを夫に話したら、夫は想像以上に喜んでくれた。
やはり夫も亡くなった母が、どこで何をしているのか知りたかったのだ。
「そうか、着物姿で笑っていたか・・・最期は苦しそうだったからなぁ。それはよかった、よかった」
そう言って、夫もにこにこと笑顔になった。私もうれしくなった。