1月30日(火)
伊賀市にある株式会社ウィッツ青山学院高校の卒業式が、いま、終わった。
通信制を含め卒業生は11人。 株式会社立の高校としては、日本初の卒業式だ。
熱血・好漢、畑康裕校長が、声涙ともにくだる熱血祝辞を述べ終え、来賓各位の祝辞ののち、卒業生総代の答辞を校長に捧げたSくんとKくんの肩を壇上でヒシと抱いておられる。 }
余滴;送辞を述べた在校生総代くんも口跡がとても良く、
語る内容に実があり、メリハリが利いててGood!でしたよ~!
感極まった畑先生の心中をよぎるのは、日本で初めて株式会社立全寮全日制高校を、伊賀市(青山町)の ”教育特区” に立ち上げる、という未知の領域を極めてこられた5年に及ぶご苦労のあれこれ。 そうして、若い人を育てる!という、こよなきやり甲斐に対して、…であったに違いない。
畑先生とは、カバゴン先生こと阿部進先生(教育評論家、野生学園主宰ほか)からのご縁で、お見知りをいただくこととなった。
カバゴン先生、畑先生との偶然の出会いを、私は2005年11月2日のブログに次のように記している。
『阿部先生とは、新聞社時代からそのご謦咳に接し今に至っているのだが、実は、8月の去る夕方、たまたま大阪から戻った私は横浜に戻られる先生と、偶然のお出会い…
「えっ? もしや? 阿部先生…? なんで、名張に?」
なんとなんと、「?」尽くしの久しぶりのお出会い。「この男、贔屓にしてやってください。日本初の、校舎を構えた全日制の株式会社立高校を手がけます」と、引き合わせて頂いたのが、好漢・畑先生(3児のパパ)であった』。
しかし、いったい高校の卒業式でこんなに熱い濃い手づくりの式典が、この後全国にどれほど展開されることだろう?
多分、おそらく、これは稀有な快挙と言っていい。
伊賀市にある株式会社ウィッツ青山学院高校の卒業式が、いま、終わった。
通信制を含め卒業生は11人。 株式会社立の高校としては、日本初の卒業式だ。
熱血・好漢、畑康裕校長が、声涙ともにくだる熱血祝辞を述べ終え、来賓各位の祝辞ののち、卒業生総代の答辞を校長に捧げたSくんとKくんの肩を壇上でヒシと抱いておられる。 }
余滴;送辞を述べた在校生総代くんも口跡がとても良く、
語る内容に実があり、メリハリが利いててGood!でしたよ~!
感極まった畑先生の心中をよぎるのは、日本で初めて株式会社立全寮全日制高校を、伊賀市(青山町)の ”教育特区” に立ち上げる、という未知の領域を極めてこられた5年に及ぶご苦労のあれこれ。 そうして、若い人を育てる!という、こよなきやり甲斐に対して、…であったに違いない。
畑先生とは、カバゴン先生こと阿部進先生(教育評論家、野生学園主宰ほか)からのご縁で、お見知りをいただくこととなった。
カバゴン先生、畑先生との偶然の出会いを、私は2005年11月2日のブログに次のように記している。
『阿部先生とは、新聞社時代からそのご謦咳に接し今に至っているのだが、実は、8月の去る夕方、たまたま大阪から戻った私は横浜に戻られる先生と、偶然のお出会い…
「えっ? もしや? 阿部先生…? なんで、名張に?」
なんとなんと、「?」尽くしの久しぶりのお出会い。「この男、贔屓にしてやってください。日本初の、校舎を構えた全日制の株式会社立高校を手がけます」と、引き合わせて頂いたのが、好漢・畑先生(3児のパパ)であった』。
しかし、いったい高校の卒業式でこんなに熱い濃い手づくりの式典が、この後全国にどれほど展開されることだろう?
多分、おそらく、これは稀有な快挙と言っていい。
このブログで初めて知り、新聞で改めて知りました。
大阪の友人が息子さんの進学で悩んでいるので、ブログと新聞をFAXしました。
ウィッツ校は、上津小学校という地元の廃校を活かして開校された地元密着の高校のようですよ。
昨日は、大手5紙が全紙取材に来ておられました。