▼私は、農家のも三男坊としてしかも末っ子として育ち、土着的ということに対する激しい抵抗と裏腹に、土着に対する狂おしいまでの憧れもありました。
▼あれはたしか、高校生の頃だったと記憶していますが、「浮き草」的な生き方が自分の持って生まれた運命であると覚悟しました。中山間地域の閉鎖的な農村に対する安心感と、いずれはそこからはじき出される恐怖感を押し殺しながら、自分の選択で自由な都会へ、速やかに脱出したいという願望がありました。
▼そして、東京へ出てきたわけですが、田舎と東京のいずれにも安住の地は見つからず、なんとも落ち着かない日々を過ごしてきました。62歳を過ぎた今、いよいよ終の住処を定める時期なのですが、「土着」と「浮き草」の課題をかかえながら、結論はまだまだ先になりそうです。
▼あれはたしか、高校生の頃だったと記憶していますが、「浮き草」的な生き方が自分の持って生まれた運命であると覚悟しました。中山間地域の閉鎖的な農村に対する安心感と、いずれはそこからはじき出される恐怖感を押し殺しながら、自分の選択で自由な都会へ、速やかに脱出したいという願望がありました。
▼そして、東京へ出てきたわけですが、田舎と東京のいずれにも安住の地は見つからず、なんとも落ち着かない日々を過ごしてきました。62歳を過ぎた今、いよいよ終の住処を定める時期なのですが、「土着」と「浮き草」の課題をかかえながら、結論はまだまだ先になりそうです。