▼6月23日、NHK「歴史探偵」は、「3本の矢」で知られる毛利元就の人柄に関する調査でした。元就はたくさんの手紙を書き、目立って使われていたのは「心得・分別・思し召し・心持ち・存分」という言葉だそうです。
▼毛利元就の危機感からくる「どうしたら生き残れるのか」を熟慮し、「念には念を入れる」という心配性の人でした。その典型が、郡山城の廓(くるわ)から読み解くができます。本来、廓は敵を迎え入れる所でしたが、元就はそこに家臣を住まわせました。
▼毛利家の掟の一つが「家臣は城に住むこと」だったのです。家臣が自らの領地に住むのではなく、近くに住まわせることで、団結力や結束を維持したのですね。加えて、廓を結ぶくさんの道を作ります。それは、一方で敵に城を攻撃されやすいので、一般的な城下町は迷路のような狭い道なのですが、元就は家臣たちのコミュニケーション円滑化を重く見たのですね。
さらに、子や家臣に対しては「共感9割、諭しは1割」という態度で臨み、いかに自分の意思を確実に伝え、相手が気分を害さずに納得し行動に移してくれるのかを待つ人でした。自分に照らし合わせ、「諭しは1割」の困難さを噛み締め「もっと共感を増やしていこう」と思いました。
自分を守るために、心配性の日々の中から気づいたら次から次へと領地を拡大していった不思議な武将だったのですね。西国の陶晴賢(すえはるかた)と戦った厳島合戦では、厳島神社に合戦の前から寄進を続け、不利な局面でも奇襲を成功させ勝利するのです。今回の「歴史探偵」も面白かったなぁ。