第47回せんばい寄席レポート(5-5)
トリの落語は、笑点メンバーの三遊亭好楽さんが、ご当地ネタの古典「芝浜」を軽妙に演じました。好楽師匠は、20年ぶりに登壇した「せんばい寄席」で、ここは田町だから芝浜(現在の本芝公園あたり)に近いから、と演目を選んだような気がします。また、魚屋の仕入れに向かい河岸に着いたけれど、カミさんが時を間違えてしまい、河岸が開くまで時間つぶしのために、「芝浜」で「たばこでも吸ってるか。潮の風っていうのはいいもんだなぁ」と、たばこを一服することになりました。
そしたら、波打ち際に財布のような物が目に入り、手に取ってみるとヌルヌルした財布の中に42両が入っていたのですね。「そうか、42両を拾うきっかけになったのは、たばこだったのか!」と、愛煙家の私はとても嬉しくなったと同時に、今まで知らなかった自分の不勉強を恥ずかしくなりました。
そもそも、私は立川談志師匠の「芝浜」を途中からテレビで視聴したことがあります。他の噺家さんの「芝浜」も断片的に聴いたことはありますが、出だしから落ちの「また夢になるといけねえ」まで聴いたのは初めてです。
拾った財布を家に持ち帰り、これからしばらくは「なんで魚屋になんかなっちまったんだろう」と嫌な仕事をしなくてもお金に困ることがなく、お酒もたっぷり飲めるぞ」と喜び、お金をカミさんに預け、燗冷ましのお酒を用意させたらふく飲んで寝入ります。
「どうしよう?このままだとお金を全部使ってしまうし、急に派手な暮らしになったら疑いの目で見られ、あげくの果てに拾った財布のことが露見し、お縄になってしまうかも知れない」と、お金を持って大家さんに相談します。大家さんは1年間お金を預かることにして、「夢を見ていたことにしちゃいなさい」と知恵を授けます。
次の日の朝、目が覚めた旦那を起こし「早く河岸へ行っておくれ」とせきたてますが、旦那は拾った財布のことを持ち出しますが、「貧乏すると変な夢を見るもんですね。そんなの夢ですよ。お金がないのに、昨日もあんなに飲んじゃって、夜逃げでもしましょうか。とにかく働いておくれよ」と懇願するのです。
「俺、酒を辞める。ハナッから飲まなきゃいい。一生懸命働くからな」と心を入れ替え、3年経った大みそかの夜、「借金取りは来ないのか、こんな大みそかがあるんだな。畳も代えて、いい香りだ。まさに畳は新しいのがいいし、持つべきものはいい古女房だ。おい、羊羹を厚く切ってお茶でも飲むかい」と旦那さんが言いました。(懸命な働きによって、奉公人を雇い魚屋のお店を出すまでになりました)
「お前さん、ご機嫌だから私の話を聞いて。話をお終いまで聞いておくれ。あとはぶっても殴ってもいい、お前さんこれに見覚えがあるでしょう」と、あのとき芝浜で拾った財布を差し出します。そして、お酒を勧めるのですが盃を口まで持っていき、いざ飲もうとするのですが、「いや、辞めておく。また夢になるといけねえ」で終わります。
ここで終われば、お酒のイメージが悪いままになってしまいます。
「芝浜」の初期設定は「働かないでお酒を飲む」ですね。そこから「お酒を飲まないで家業の魚屋に専念する」設定に急展開していきます。当時も今も「働いてお酒を飲む」「年金の範囲でお酒をたしなむ」人たちが大半です。拾ったお金(働かずに人をだましたり、奪い取る)は、あぶく銭であり、使い方よっては足がつき、置引き犯人としてお縄(逮捕)になるのは現代と同様です。「芝浜」の描く人情噺が今に伝わる名作であるのは、お金・働くこと・酒やたばこの嗜好品・持続可能性といった観点が、緩みなく私たちの心に響くからなのでしょう。というわけで、お酒は悪者じゃなくて、世間様はそれを知っていながら、「芝浜」に心打たれるのですね。
なお、立川志らく師匠にとって、芝浜は「談志師匠の得意ネタを演ることは弟子として大きな挑戦。あと、大半が夫婦の会話で成立する噺なので、アドリブも含め自由がきくんです。その時の感情を全部入れられるかわりに、体調が悪かったり、自分の精神状態がおかしかったらボロボロになってしまう、ごまかしようがない話」と語っていました。というわけで、志らく師匠の「芝浜」もいつか聴いてみたいと思いました。
午後8時45分に終演となり、来場した人たちは満足げな表情で会場を後にしました。年に一度のせんばい寄席は、地域や全専売会館テナントの皆様に愛され、今後とも地域貢献として続くことを願いますとともに、企画開催された団体様、スタッフの皆様に心からお礼申し上げます。ありがとうございました。