そこは 暗い砂の洞窟の向こうにある
酸素のない 灰色の森の中を
石の魚が 泳いでいる
木々の梢は まるでモザイク画のようで
その複雑な模様の向こうに
何かが隠し絵のように動いているような気がする
世界を 逆に見てしまえば
こんな風になるという感じだ
どう見ても おかしくないようで
どこかが おかしい
何が おかしいのだろう
酸素のない森で ぼくは
金の林檎をかじりながら 歩いている
その林檎には 濃い酸素が含まれていて
それに口をつけている間は
ぼくは呼吸ができて 生きていられるのだ
林檎は すっかり食べてしまうと
いくつか種が残る
その種を森の土に植えると
あっという間に金の林檎の木が生えてきて
ぼくはまた 金の林檎を一つもいで
それを噛みながら この不思議な世界を歩いていく
だれか 見えない人が
ひそひそと 誰かの悪口を言っている
ぼくはそれを聞くと 悲しくなる
ああ 神様がくれた 君のくちびるを
そんな言葉で汚してはいけないよ
神様は 君のくちびるを
薔薇の花のように 美しく作って下さったのに
また 金の林檎を食べつくしてしまったので
ぼくはりんごの種を土に埋めた
そのとき 後ろから誰かがぼくをよぶ声がした
ああ もういいよ 君
十分に 林檎の木を植えてくれた
それで だいぶたくさんの人が
この酸素のない森で 生きてゆくことができる
ぼくは後ろを振り向いた
すると 数歩先でもう森は途切れていて
その向こうに 美しく澄み渡った
菫色の空が見える
ああ そうか やっとわかった
ぼくはまちがえていたんだね
本当の世界は あっちのほうだったんだね
ぼくは酸素のない森を出て
菫色の空に向かった
清らかな水のような酸素が
涼しく肺に入ってくる
ああ 生きることが
こんなに楽だったなんて
知らなかった