◇ 日経小説大賞受賞『神隠し KAMIKAKUSHI』 著者: 長野 慶太
2013.2 日経新聞出版社 刊
著者は1965年生まれ。2011年に『女子行員・滝野』で三田文学新人賞をとっている。仕事柄(コ
ンサルタント)ビジネス書は多いらしいが小説は文学賞受賞2作目。米国在住で本書の舞台もロサ
ンゼルスである。
主人公グレッグはLAジャーナルという新聞社に勤める記者。かつては社会部記者として全米報道
賞をとったこともあるが、飲酒癖と離婚騒動でDVの判定を受け、司法取引で罪を認めたため前科者
になっている。親友の口添えで、いまにも廃部にされそうな文化部のリビング欄担当で辛うじて記者と
して記事を書いている。
そんな彼のところにLAX(ロサンゼルス国際空港)のセキュリティ担当から電話が。子どもが行方不
明になっており、誘拐と思われるとだけで電話は切れる。
時あだかもクリスマス前夜。文化部ながら人手がいないためグレッグは一人LAXへ。空港は嵐の到
来で延着や欠航が多発し大混乱に陥っている。
そんな中でセキュリティチェックポイントを出たところで8歳の男児が忽然と母親の前から消えた。母
親ミッシェルがセキュリティの確認のために子ども(ケント)と引き離されて別室に連れて行かれた3分
間の間に行方不明になったのだ。
保安面で出入りが厳重にチェックされる空港で起きた「神隠し」のような失踪事件を、リビング欄で特
集記事にしようと関係者から事情を聞き始める。
グレッグにも別れた妻との間にジェーソンという息子がいる。しかし元妻が意地悪をしてほとんど会え
ない。調べを進めながらしょっちゅうジェーソンが頭に浮かぶ。彼は唯一の部下、新人記者のクリスと共
に母親、義理の祖父などから背景情報を探っていくうちに、ケントの祖父デーブの証言に不審な齟齬を
見いだす。もしかして母親と祖父は共謀しているのではないか…。
事実上密室状態にある空港からはケントの姿は発見されていない。誰か乗客と組んで連れだしたの
ではないか。
母親は空港の保安部門と政府を相手取って訴訟を起こす。これまでにこの種訴訟では5億から10億
の賠償金支払い実績がある。もしかすると賠償金目当ての芝居なのかもしれない。
この謎は吾輩は227pで見当がついたが、真相についてはここでは触れない。
結局グレッグはLAジャーナルを自ら辞めた。記事を書かないまま。
のっけから脱字があったり(3p、263p)、「人に厳しい代りに、自分にも厳しい」(187p)とか「簡便的」
(127p)といった耳慣れない語法があったり、多少気になる部分があるにしてもテンポがよく、推理もの
としても出来がよく楽しんだ。
携帯電話をどこに置いたか分からなくなったときに、その携帯に他の電話からコールして在りかを探
ることはよく見られるが…。こんな習慣をストーリーの重要な部分でさりげなく使うところも憎い。
(ところでLAXの外航線ターミナルでANAやJALなどが発着する「トム・ブラッドリー」は実は「トーマス
・ブラッドリー」が正式名だと恥ずかしながら初めて知った。)
(以上この項終わり)