◇『無垢の領域』 著者:桜木紫乃 2013.7 新潮社 刊
暗くて重い本。北海道は釧路の出身という作者が肌に感じている地方都市の雰囲気が作品の
雰囲気にもなっているが、もしかすると作者の世界観・人生観自体がこんな感じなのかもしれない。
作品からは逃げ場のない無常感が漂う。詐病かもしれない病弱の母、高校の監護教師を務める
妻の顔色を見ながら書家として何とか世に出たいと焦る男秋津。自殺した書家の母が残した特異
症(サヴァン症候群?)の妹純香を抱えて、民間委託となった図書館の館長を務める男林原。林原
には15年も前から付き合っていて結婚を言い出さずにずるずると引きずる女(里奈)がいる。であり
ながら書家の妻に恋情を寄せる。秋津の妻怜子も夫に飽き足らぬ思いがあって、好ましく思った林
原とメールの付き合いのすえ、ついに身体の関係まで進むのであるが…。
第149回直木賞受賞作品『ホテルロイヤル』の方がまだ良かった。文章力、技法が優れていると
の評価が高い作家である。感性が鋭い作家の表現かもしれないが、すんなりと文章についていき
にくい所が多々ある。例えば、259ページ。
「・・・どちらかがつよい折り合いを求められ、どちらかが耐えられそうもなくなる。つきあいの過程が
どんなものでも、始まりと終わりが違う風景ということはなさそうだ。心を重ねた分だけ悲しみを残し
て遠く離れてゆく、楽な場所を求めて互いに遠かった日に戻る。」
この作家特有の表現方法なのだろうが私にはついて行くのがいささかしんどい。
私の見方では、ろくでもないウジウジした男しか出てこない。秋津も林原も。自分にも一部そんな
気質がなくもないので余計いらいらしてくる。これは著者の男性観のせいか。不実な男、打算に揺
れる男、羨望と嫉妬にのたうつ男。確かに現実社会には掃いて捨てるほどそんな男はいるのであ
るが、そんな男の違う面も見せてほしかった。それを言えば怜子にもずるさがある。夫に不実であっ
ても外見的には平気で(何食わぬ顔で)生きていける人間のしたたかさを見る思いがする。
純香はやはり死なせなければならなかったのか、純香を殺したよっちゃんというダメ男の幼虫のよ
うなガキはなぜ書道塾のような辛気臭い場に素直に通っているのか、よく分からないところもある。
殺した動機もうまく想像できない。
(以上この項終わり)