◇『誰よりも狙われた男』(原題: A MOST WANTED MAN)
著者:ジョン・ル・カレ(John・Le・Carre)
訳者:加賀山卓郎 2013.12 早川書房 刊
またもスパイ小説。諜報ものの巨匠ジョン・ル・カレの『誰よりも狙われた男』の邦訳最新版である。
東西冷戦が終結(ウクライナ・クリミア半島で再び新たな東西冷戦の兆しが芽生えているが…)して
久しく、今回のル・カレの作品もイスラムやチチェンのテロ集団とその支援組織に対峙する西側諜
報組織の、複雑に入り組んだ駆け引きが主流である。
舞台はドイツの港町ハンブルク。痩せこけたアラブ系トルコ人の若者が町をさまよっている。
イッサと名乗るこの若者はチチェンの生まれで、ロシア・トルコの収容所・刑務所で手ひどい拷問
を受け、官憲の手を逃れてドイツに密入国してきた。
モスクで会って窮境を見かねた、やはりトルコからの移住家族に匿われたイッサは、6桁の数字が書
かれた一枚の紙を持っていた。まさかの時はこの紙を持って、ドイツのプライベート・バンク「ブルー
・フレール」を訪ねろと亡き父に言われていたらしい。
やがてイッサは難民支援組織の女性弁護士アナベルに伴われて「ブルー・フレール」の経営者トミー
・ブルーを訪ねる。
実はイッサの父親は元ロシア軍の幹部で、チチェンでの悪事で蓄えた財産を 「ブルー・フレール」
に預け運用させていた。このマネーロンダリングと資産運用に加担したのはトミー・ブルーの父親で
あるが、後を継いだトニーは莫大なこの運用資産の暗い過去を知らされていなかったが、魅力的な
アナベルと哀れなイッサのために協力しようと決心する。
ところがこのイッサはアメリカ・イギリス・ドイツなど西側組織内では洗礼名フェリックス―イスラム
教徒の国際指名手配者であった。トミーもアナベルもドイツの諜報機関から身柄確保に協力を迫ら
れる。
一方諜報組織の縄張り争いもあって、イッサを泳がせて、テロ支援組織のルート解明と支援先の
あぶり出しに使おうというセクション・ドイツ連邦憲法擁護庁ギュンター・バッハマンのシナリオを受
け入れたトミーとアナベルはやっとの思いでイッサを説き伏せたのであるが…。
終盤に近づくに従って事態は緊迫し、スパイ合戦らしくなっていく。突然シナリオを乱し強引に身
柄確保に動くアメリカのCIA。
呆然と立ちすくむアナベル、トミー、バッハマン・・・。
本書はジュン・ル・カレの第21作目の作品であるが、その後昨年『われらが背きし者』に次いで
『A Delicate Truth』を上梓したという。82歳でなおかくしゃくたるもの。
またこの作品は映画化され、本年欧米で公開予定という。そのうち日本でも上映されるであろう。
(以上この項終わり)