読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

ハンナ・ケントの『凍える墓』

2017年03月20日 | 読書

◇『凍える墓』(原題:Burial Rites)
            著者: ハンナ・ケント(Hannah Kent)
             訳者: 加藤 洋子   2015.1 集英社 刊

  

 
 オーストラリア生まれの女性作家がイギリスで出版したアイスランドを舞台にした作品。
 
 アイスランドかつてはノルウェー、デンマークの支配下にあったが、1818年アイスランド
王国となり、1944年共和国として独立を果たした。文化的には9世紀ころキリスト教が伝わ
り、古来
の伝承が記録されるようになり、散文物語「サガ」や、神話や伝説に由来する抒
情詩や
叙事詩などが生まれた。


 1829年北アイスランドのある農場でナタン・ケイテルソンとピエトル・ヨウンソンが殺害され
た。この作品の主人公アグネス・マグノスドウティルは、フルドリク・シグルドソンと殺害の共
犯として裁判にかけられ、1830年に犯行があった地で処刑された。アグネスはアイスランド
における最後の死刑囚の一人となった。

 作者はこの作品で、主人公アグネスの引き起こした殺人事件を、アイスランドの
散文物
語「サガ」のひとつ「ラックス谷の人々のサガ」のヒロイン・グドゥルンと重ね合わせ、すれ
違う男女の心情や欲望、裏切りが巻き起こした悲劇としてとらえ、フィクションとして再構
築している。

 そもそも当時のアイスランドといえば、まさに辺境の地で、溶岩の大地では大きな木が
育たず、芝草がほとんどで家も屋根も壁も芝草でつくられた。燃料は家畜の糞、泥炭。
明かりは獣脂、鯨油など。部屋も一つか二つで、その中に2世代の家族や使用人が住
んでいた。しかも妻妾同居状態でもさして不自然に感じていない節がある。

 ある日アグネスは農場主で薬草商として知られたナタン・ケイテルソンを識り、次第に心
を通わせ身体を許する仲となる。やがて妻として処遇されるという夢を持たされて、ナタン
の家に連れてこられる。しかしそこにはシッガという年若い愛人がおり、妻はおろか家政
婦以下の扱いを強いられる。
 愛人との同居も我慢し、一途にナタンの愛を信じて過ごしていたが結局
ナタンはシッガ
を選んだ。アグネスは喧嘩の末ナタンに家を追い出される。

 極寒の中行き場もないアグネスは何とかナタンの許しを得たいと家に戻ったところ、シ
ッガに思いを寄せ結婚を願っていた年若い男フリドリクがナタンを金槌で殺す現場に遭
遇する。アグネスは瀕死のナタンにとどめを刺す。フリドリクは言う「アグネス、あんたが
彼を殺した」。

 アグネスは幼いころ母親に捨てられた。父親は誰かわからない。いくつもの農場を転々
としながら育った。頭が良かった。それだけに人々からは敬遠された。誰かにやさしくさ
れたかったアグネスは、知性があって会話が成り立ったナタンに惹かれ、幸せな家庭を
夢見ることになる。それが悲劇の始まりだった。


 アグネスは処刑を前にコルンサルという農場に預けられる。そこで行政官も兼ねるヨウ
ンとその妻マルグリット、二人の娘たちと8カ月間過ごすことになる。もちろん仕事をさせ
られながら。アグネスはマルグリットと心を通わせ、ことの真相を語る。
 年若い教誨師トゥティ牧師捕もアグネスの心を開く努力をしたものの結局アグネスは処
刑直前まで現世に未練を残したまま斧で首を刎ねられる。

 19世紀初頭とはいえ、想像を絶する極寒と住環境のなかで貧窮の青春を送り、処刑前
にようやくマルグリットのやさしさに出合ったつアグネスの生涯はいったい何だったのか。
 14歳の堅信礼では「優れた知力を持ち、キリスト教をよくしり、理解している」との評価を
受けていたのであるが、ついに神の救済を信じなかったアグネスは、一方的とはいえ愛し
続けたナタンの死で自分の人生と世間に絶望したまま世を去ったのである。

                                      (以上この項終わり)




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