◇ 『悪い夢さえ見なければ』(原題:A KING OF INFINITE SPACE)
著者:タイラー・ディルツ(Tyer Dilts)
訳者:足立 真弓 訳
2016.12 東京創元社 刊 (創元推理文庫)
ロサンゼルス市の西南部港湾都市ロングビーチ市はアメリカ有数の高級住宅地と貧困住宅地が併存し、
全米最凶のギャング集団の本拠地でもある。作者タイラー・ディルツはそんなロングビーチ市警殺人課
に最高最恐の刑事コンビを生み出した。情に厚いダニーと殺人課切ってのタフなジェン。≪ロングビー
チ市殺人課シリーズ≫第1作の邦訳が誕生した。すでに第4作まで上梓されている(The Pain Scale
(2012),A Cold and Broken Halleujah(2014),Come Twilight(2016))。第2作の『The Cold Scale』
は本年中に邦訳が出版される見込みだという。
ロングビーチ市のダウンタウンにあるハイスクールので女性の教師が惨殺された。LB市警殺人課の刑事
ダニー・ベケットと相棒の女性刑事ジェンは殺人課長のルイス(警部補)、マーティー、デイブ、パッ
トら同僚とともに捜査に当たるが、目撃者も、有力な物証も得られず膠着状態になる。交際相手の二人
の男ワクスラーとロジャー、ワクスラーの息子、ロシア・マフィアのトロポフ、険悪な関係にあった父
親などが容疑者の俎上に上がるがいずれも決め手がなく捜査は膠着状態になる。
これまで読んだ米国の警察小説では普通このような惨殺事件となると、すぐに市長あたりからしつこ
く捜査進展状況の報告を求められ、早く犯人を挙げろと尻を叩かれるものだが、此処ではそんなシーン
は出てこない。
そのうちに第二の惨殺死体が発見される。胴部・陰部のめった刺し、左手が手首から切り離され現場か
ら消えているところなど第一の現場と酷似している。被害者の手帳にはワクスラーの名を発見。直ちに
身柄を拘束、早速尋問にかかるが意外とあっさりと白状する。ほんとに犯人なのか?読者は誰でも疑っ
てしまうだろう。案の定…。
その先は明かしません。
この小説は事件そのものも警察署の人間関係も、とりたててユニークさはない。シリーズもの特有の
主人公タッグの人物像の設定、殺人課のスタッフのキャラクター、チームワークの姿などがいかに鮮や
かに描かれているかでシリーズものの成否が問われる。その点ではこのシリーズもまずは成功かもしれ
ない。
ダニーとジェンは互いに支え合う名コンビであるが、妻を亡くし5年経ったダニーは相棒のジェンに
同僚以上の感情を抱き始めている。第2作以降どう発展するのか。
この題名は少しわかりにくい。主人公の刑事ダニー・ベケットは交通事故で妻を亡くした。妻身ごも
っていた。ダニーはつらい記憶からいつも悪夢を見る。原題の A KING OF INFINITE SPACE
の意味は「無窮(無限の空間)の王者」? これではわかりにくいけど「悪い夢さえ見なければ」とは
少し凝った題を付けたものだ。
(以上この項終わり)