◇ 『欲』
著者: 西川 三郎 2017.10 幻冬舎 刊
サスペンスに分類されているようであるが、内容はサスペンス性に乏しい。
主人公の結城彩35歳。ウェルネスという訪問介護会社のヘルパーをしていて、仕事
には誇りを持っている。肺がんの末期で抗がん剤と放射線治療に入っている牧野とい
う老人(72歳)の介護にあたることになった。「寡黙な独身女性」という注文を付け
たところが胡散臭い。牧野は人材派遣会社の創設者で今は息子に後を譲りマンション
で一人暮らしである。
バツイチであるが長身で美形の彩を気に入った牧野は毎日来てほしいと頼み込む。
牧野は彩の勧めで別の病院でNK細胞療法を受けることになる。そのおかげか元気
を取り戻した牧野は彩に言い寄り男女の関係を求める。彩は不承不承ながらこれに
応える。事の後気息奄々で血痰を吐く、そんな体ながら隙を見ては身体を求める牧野。
「もう僕は君なしでは生きられない」
そのうちに存命中面倒を見るという条件付きながら彼のマンションを譲る申し出が
あり、登記も済ませた。間もなく彩は牧野が眠っているすきに金庫の暗証番号の在
りかを探り当て、5千万円の現金を確かめる。そしてどこからか塩化カリウムを手に
入れて牧野を死に至らしめた。
この辺りは、昨今流行りの婚活殺人事件に似た話である。
牧野の息子はケチな父が資産を預金ではなく金庫に入れてあるのは知っていたが、
それが無くなっていること、マンションをヘルパーに譲り直後に急死していることか
ら事件性を疑い彩に詰め寄る。しかし解剖も行ってないため決め手がなくうやむやに。
一方彩は割ない仲になっている会社の専務沢村から、社長の妻薫が反対しているグ
ループホーム事業参入に協力してくれと頼まれて、牧野の金庫から手に入れた金を差
し出す。筆頭株主になって社長の薫を追い出す条件で。
ところが沢村もさるもの…。
この作家は意外と歯切れがよく、テンポよく読めて疲れない。特に前半はフムフム
と納得して頷く場面が多いが、後半ややもたついてきて、最終的にはそれほど意外性
のない締らない結末に。
女と男の欲が交錯し、それぞれ思ってもいなかった方向に流れてしまうというお話。
著者の作品の女主人公は料理と掃除が得意である。『罠』、『瘤』よりは面白いか
もしれない。
(以上この項終わり)