◇『喪失』(原題:SAKNAD)
著者:カーリン・アルヴテーゲン(Karin Alvtegren)
作中主人公の女性シビラは社会のアウトサイダーである。社会システムの枠外にあって
社会から何の恩恵も受けていないし掣肘も受けない。神様に祈ったこともあるが助けても
らったことは一度もない。唯一の関心事は食べ物とその日の寝場所を得ること。過去を忘
れ、過去からも忘れられたい。
ある日の朝、シビラは突如猟奇殺人事件容疑者として追われる身になった。
シビラは裕福な資産家の一人娘だが、厳格な両親の元で自主性を持たずに育った。散歩
中に出会ったた若者との出来事のせいで成人前に妊娠する。
シビラは精神的な病療養と称して自宅に引きこもり、病院で出産した。
(許可なしに私のお腹で育った子が、いま許可なしで私を離れる。なぜ何もかも私の許可
なしで進むのだろう)
産んだ子は男の子だった。子供は無理やりシビアから引き離されて養子に出された。
所有者が夏にしか使わない別荘の鍵の隠し場所を見つけ、5年ほど快適な居場所で過ごす
事が出来た。
シビアは家を離れる決心をした。住む家も食べるものもない。その日からシビアは路上生
活者になった。それから6年。空腹と疲労困憊の末に母親に助けを求めた。許しを請い家に
帰りたいと言ったが、母は「お金を送るわ、住所を教えて」と言った。許しを請うたことは
耐え難い屈辱だった。
母親は10年間月に1,500クローネを送ってくれた。金は主として酔っぱらうのに役立った。
シビラのこれまでの人生の足跡が断続的に語られる。
ホテルのロビーで物欲しげな紳士を見つけ、食事をごちそうになり、財布を盗られたふり
をして部屋をとってもらう。そして気が向いたら彼の部屋を訪ねるかもといった甘言を残し
…。といった生活を続けていた。
そんな一夜を過ごしたある朝、シビラは「警察ですが」とのドア越しの訪問に驚く。早く
もウソがばれたのか。辛くも非常階段から外に逃れたシビラは新聞の大見出しを見て驚く。
先ほどのホテルの一室で宿泊客の男性が殺された。見出しは「グランドホテルで猟奇殺人」
翌日スタンドの新聞売り場では犯人は犠牲者を切り刻んでいて、内臓を取り出していたと
いう。そして警察は当日彼が部屋をとってやった女性の行方を追っているという。
その日からシビラの逃避行が始まる。リュックと首に下げた小袋。そこには母親からの送
金を貯めた金29,358クローネが入っている。一人で平和に暮らす家の購入資金だった。
当面の避難場所と狙い定めた中学校の時計台倉庫の屋根裏。しかしそこをかつて避難場所
としていた少年が現れる。仕方なく事情を話すと少年パトリックはシビラの話を信じてく
れた。その後同様な事件が連続しているという新聞記事が出ている。パトリックはこうなっ
たら逃亡を続けるのではなく二人で真犯人を探し出そうと提案する。
かつて養子に出した息子はちょうどパトリックと同じ年ごろ。シビラは家の購入資金を使
いながら被害者やその遺族を探し話を聞く。そして意外な共通点を発見、真犯人に行き着く。
シビラは常人と変わらず論理的で、まともに考え行動力も決断力もある。パトリックにこ
れまでの自分の人生と事件との係わりを告白したことで自分らしさを取り戻していく。
終盤で一時シビラの身が危機にさらされるスリリングな展開を見せる。シビラは間一髪で
犯人の攻撃を躱し森の中に逃げ込む。そして警官隊に発見される。
パトリックを通じて知ることとなったインターネットのハッカーというものの存在。最後
に彼に自分の養子に出された息子の追跡を依頼し答えを得るのだが…。どんな権利があって
14年経って、なぜ彼の生活に踏み込もうというのかとシビルは思い悩む。
シビルは息子の所在を記した紙をごみ入れに捨て晴れ晴れとした気持ちになる。
(以上この項終わり)