◇『氷海のウラヌス』
著者:赤城 毅 2005.7 祥伝社 刊 (祥伝社文庫)
太平洋戦争開戦前後を視野に旧日本海軍の一作戦を想定、北極海を舞台にした冒険
サスペンス。
日本単独でアメリカと戦っても勝利はおぼつかない。何としてもドイツを引きずり
込む必要がある。昭和15年(1940)に日独伊三国軍事同盟を結んではいるがこれは日
米開戦時にドイツが直ちに参戦義務を負うものではない。何か決定的な代償を提供し
ヒットラーを同時宣戦布告に同意させなければならない。
海軍省きっての対米強硬派、軍務局の石川課長と海軍省軍令部永見大佐は「暁計画」
なる秘密作戦を練った。骨子は日本が誇る最新鋭の酸素魚雷製作技術をドイツに提供
し、米英の戦艦に大打撃を与えるという交換条件。日本は高速48ノット、射程40キ
ロ、ほとんど雷跡を残さないという世界に誇る魚雷「九三式魚雷」を成功させていた。
これをドイツのUボートに搭載すれば大西洋初め各地の米英艦船、商船は壊滅的打撃
を受ける。
日独の極秘作戦が動き出す。ドイツが商船を装いながらも砲4門、魚雷なども備え
た砕氷船を改装した仮装巡洋艦「ウラヌス」(ギリシャ神話の天空神)には豪胆なド
イツ海軍ローベル・ハイケン海軍大佐を艦長とする精鋭が乗り込み、日本側からは特
使として対米慎重派ながらドイツ通の堀場大佐、魚雷専門の望月を同乗させ、高機能
魚雷「九三式魚雷」を積み込んで厳寒の北極海を経てドイツ勢力下のノルウエーの港
までの航路についた。
まだ宣戦布告ないながらもロシア艦船はもとより、米国、英国艦船が自国商船航行
保護を名目に臨検を狙う。ウラヌスは次第に厚みを増す氷を砕きながら粛々と商船を
装いながら北極海を進む。
やがてロシア潜水艦の魚雷攻撃に遭遇、砲撃を受ける。さらにノルウェーに近づく
につれ英国重巡洋艦、駆逐艦らの船団攻撃に遭う。
堀場、望月らは「ウラヌス」乗船の一員としての英国艦船の攻撃に対し虎の子九三
式魚雷を使うか、特命の任務九三魚雷のドイツへの引き渡しという特命任務完遂のい
ずれをとるかのジレンマにとらわれる。
英国艦船からの8インチ砲8門からの猛攻を受け沈没寸前状態のウラヌス。堀場大佐
は望月大尉に魚雷の扱いを問われる。大佐はドイツ兵士とともに戦うのが軍人の務め、
英国艦船の砲撃阻止に特務として守って来た「九三式魚雷」を使うと答える。望月大
尉は万が一任務遂行を妨げるものがあった場合は撃てと永見大佐から渡されていた拳
銃を堀場大佐に擬したが大佐は答える。「ウラノスの兵士は己の持ち場を守って戦っ
ている。だから俺も自分の持ち場を守ろうと思う」これは海軍刑法上「擅権ノ罪」に
当たり死刑に相当する。しかし望月大尉は堀場大佐の覚悟を得心し、かくなるうえは
人間としてやらねばならないと魚雷攻撃を決心する。
ドイツ製の魚雷攻撃を念頭に置いた英国艦船の航行作戦は高速「九三式魚雷」の餌
食となって失敗、大打撃を受けノルウェ海域を蒼惶と去った。
堀場大佐は退艦命令には従わずハイケン大佐と運命を共した。望月大尉は重傷を負
ったものの保ち応えた。
そしてこの快挙がヒットラーの耳に入り、なんと望月大尉がヒットラーと会見する。
そして、12月8日の真珠湾攻撃の報が伝わるや、ヒットラーは対米参戦を命令したこと
になっている。
(アメリカはドイツに宣戦布告したくてうずうずしていたのでヤッターと快哉を叫ん
だという説もあるが)
日本に帰った望月大尉の所在を探し当てたこの本の作者が事の次第を聞き取りドラ
マチックな冒険譚なる本書を作り上げたのである。
<以上この項終わり>