◇ 『治療島』 著者:セバスチァン・フィツェック(Sebastian Fitzek)
訳者:赤根 洋子
2007.7 柏書房刊
ドイツの作家はほとんど読まない。翻訳本が少ないから。
本書『治療島』は作者の処女作であるが、この処女出版本が一大ベストセラーになり、何週間にもわ
たってドイツ・アマゾンのベストセラーランキング第一位の座を守り続けてという。
「スリラー史に残る」、「ダ・ヴィンチ・コードを超えた」、「ダン・ブラウンを打ち負かした男」、「第一級のジ
エットコースター」・・・と賛辞が続く。
作者セバスチャン・フィツェックは1971年生まれでまだ40歳の若さである。2007『ラジオ・キラー』
2008『前世治療』、2009『サイコブレーカー』と毎年一作をものし、映画化もされている。
サイコスリラーというだけに、最初から何処までが真実で何処からが妄想の話なのか混乱を来たす。
高名で裕福な精神科医(ヴィクトル)が、ある日診療のために病院に連れて行った12歳の愛娘が突然
姿を消す。懸命な捜索に係わらず娘(ヨーズィー)の行方は杳として知れない。
それから4年。精神科医は我が娘の失踪を苦に精神を病み、ついに診療もやめて「パルクム島」とい
う北海の孤島にある別荘に閉じこもる。そこに現れたのはアンナ・シュピーゲルという若い美女。博士
に統合失調症の治療を頼む。そのアンナが、ヨーズィーによく似た娘が親の前から姿を消す話を始め
る。一体アンナは誰だ。どうしてヨーズィーの失踪を知っているのか。
この先は読者の読む権利を侵害することになるので語らない。
最終章59章とエピローグを読むまで息を継がせない面白さがある。サイコスリラーというと荒唐無稽さ
が鼻についたりしてつい敬遠しがちであるが、これはよかった。
(以上この項終わり)
◇新種?ダブルサプライズ!
百合といえばカサブランカが姿といい、香りといい最高のものと思っていたが、先日の
写生会では「ダブル・サプライズ」という新種の百合に出会った。
ありていに言えば八重の百合である。なぜサプライズがダブルなのか・・・。強いて理詰
めで追求しても始まるまい。これはまさにばらと百合の合いの子と言ったらよいか。悪い
ことに店頭の売りものの百合は雄蕊、雌蕊を取っているので百合らしさを失っている。
ダブルサプライズはしおらしく柔らかいピンクを花弁に散らし上品でもある。したがって
背景色の選択が難しい。
COTMAN 6F
(以上この項終わり)
◇ 『悪の教典(上/下)』 著者:貴志祐介 2010.7 文芸春秋刊
リクエストした時点で270人くらいの待機者がいた。
やっと手に届いたのは年を越して忘れたころ。
犯罪を犯した者が逮捕されたとき、「まさかあの人が。とても信じられない。」とよく聞く。ごく当た
り前の生活者と思われた人物が、実は驚くべき裏の生活を持っていた。この本はそんな話である。
「超弩級のエンターテイメント」が本書の帯のセリフ。
抜群に頭が良くて、すべてに長じているが他人との共感性が欠けている人。他人の感情に理解が
及ばない。しかしそこは頭のいい人だから、巧みに学習し、表面的には他の人に合わせて協調性の
ある人を装う。これって始末が悪いね。一皮剥けば人間性のかけらもない無感動の殺人鬼なのだか
ら。しかもそんな男がさる私立高校の熱血教師として生徒や父兄から圧倒的支持を受けている。
アメリカのアイビーリーグ校でMBAを取り、有名BKの為替トレーダーとして辣腕を振るうなかでイン
サイダー不正取引を見つけ、果実を横取りしようとするが発覚して放逐される。更なる上手(うわて)
がいたわけだ。おまけに二度と米国に再入国できないテロ容疑者に仕立てられた男Hは何故か某私
立高校の教師になり、自分の意のままになる王国を築こうと着々と手を打つ。
ところがよくしたもので、こうした表面を繕っている人物の行動に不審を感じとる敏感な生徒らもいて、
なんとか真相を暴こうと迫るが次々と殺されていく。
監視カメラ、盗聴器、携帯妨害電波発信装置等々さまざまな手立てを講じた学園の中で、45人の
生徒全員殺戮作戦が展開される。生徒らの反逆も一枚上手のHにことごとく見破られ2人また4人と
殺されていく。荒唐無稽ではあるが一応現実味とすれすれの展開で、第11章で意外な結末が。
そして最終章。大量殺人犯のHは、「すべては神の声に導かれてやったこと・・・」とうそぶく。全国か
らHを死刑にさせないために弁護士が駆けつけ、空前の弁護団が組まれた。正常な精神状態ではこ
こまで異常な犯行は不可能であるというのが弁護側の主張になる。精神病棟に入れられても脱獄は
容易だろう。生き残って証言した生徒2人はHの復讐を恐れながら生きていくことになる。
何ともやりきれない社会システムである。
◇ 『シベリアの虎狼』 著者:ルイス・ラムーア(Louis L'amour)
2000.2 二見書房刊(第20刷)
僕はサスペンスやハードボイルドそれにノンフィクションも好きだが、冒険小説、なかでも厳しい環
境条件の中を、気が遠くなるような時間をかけて逃避行を続け、幾多の困難と危機に遭遇しながらこ
れを克服し目的の地に到達するというような冒険譚が好きである。題名は忘れてしまったが、シベリ
アの収容所から数人で脱走し、酷寒の森林・ツンドラ・沼地・砂漠・峡谷・山岳地帯などを追手から逃
れて最後にはたった二人だけインドに到着する本を読んだことがある。面白かった。
著者ルイス・ラムーアはあまりなじみがないが、アメリカでは国民的人気作家で、ウェスタンもの中心
に96点もの作品を世に出しているとのこと。1908年生まれ、80歳で亡くなった。
主人公は米空軍のテストパイロットのジョー・マック。新鋭機の技術情報を狙うロシアGRUによって
実験機をシベリアの荒野に不時着させられ、特殊収容所に捕らわれの身となる。
アメリカインディアンを祖父に持つジョーは、幼いころ教わった自然の中で生きるすべを駆使し、手作
りの弓矢で熊や大鹿、ロッキーヤギなどを狩り、モカシン(靴)や衣服を作り、東へ、北へと追手を翻弄
しながらアラスカを越えてアメリカへの帰還を目指す。
シベリアには出自も様々なひとびとが森の中で狩りなどしながら暮らしている。学者親子の下でしば
らく過ごすジョーは娘のナターリャと秘かに思いを通わせる。「君をきっと迎えに来る。待っていてくれ」
特殊収容所所長のGRU大佐を初め、KGB,ロシア軍はへり、航空機、捜索隊を総動員しジョーを追
うが、巧みに眼をくらませ逃亡を続け、艱難辛苦の末についに国境のベーリング海の岸辺にたどり着く。
そして、古老の差し出すカヤックでアラスカを目指す前夜、彼を追ってきたGRUの追跡者(ヤクート
人)と闘い頭皮を剥ぎ復讐を遂げる。
拷問を加えた特殊収容所々長のGRU大佐に1個の包みが届けられる。中には人間の頭皮に加え
て細長い白樺の樹皮が。そこにはきれいな文字でこう書いてあった。
「これは昔、俺の一族の習慣だった。おれは一生のうちに二つ取る。これが一つ目だ。」
[註] GRU:ロシア連邦軍参謀本部情報総局
KBG:ソ連国家保安委員会
(以上この項終わり)