名古屋市長選が終わり前市長の河村氏の後継となる広沢氏が新しい市長に当選しました。河村氏の市政を引き継いでいくとのことで、その中に名古屋城の木造復元も含まれています。
名古屋城天守は第二次世界大戦時の空襲で焼失しましたが、それ以前に測量した詳細な図面が残されていて、それを元にすれば完全な復元が可能だということです。しかし建造当時は多分「現場合わせ」みたいな現場裁量で進めて行った部分が多かった思われますので測量図だけでできる!と言われて担当する大工さんは大変でしょう。測量図にかかれていない部分が実は重要なのです。
同じようなことがリュートの復元でも言えます。例えばティーフェンブリュッカーのオリジナルの精密な図面があれば完全な復元が可能だと一般には思われがちです。リュートを弾いている愛好家でもそう考えている方がいるかも知れません。でも一番重要な情報はその図面には描かれていません。オリジナルの現物を製作家自身で測定しても多少は情報は増えるにしてもやはりもっとも重要な情報はなく製作家の力量でそれを製作していくことになります。ですからできあがった楽器はティーフェンブリュッカーを元にはしていますが、ティーフェンブリュッカーの音ではなくその製作家の音が鳴ります。
精密図面があれば完全に復元できるというのは幻想です。名古屋城の場合、残された測量図を元に作ってもそれはかつてあった名古屋城とは別物の現代の大工さんが作った21世紀の城郭です。
リュート製作家が昔のモデルを精密に再現して作ったという触れ込みがありますが実際には必ず自分独自のノウハウを織り込んで作っています。名古屋城を復元する場合も現代の事情に合わせた昇降機構を備えるというのもちっとも「復元率」が下がっているということにはなりません。どっちみち他の部分も厳密には復元できることにはなりませんから。当局の復元計画では慎重に昔のままの状態を保持した上で最小限の現代的な機構を備えるという方向みたいですが、思い切って十分な現代的機構を備える方向にしたらどうかなと思います。ちょっと暴論かな。(笑)
難しいものですよね。
城やリュートの復元というのは。
昔の城の復元は、私はむしろ、山城の礎石、石垣、遺構の一部の発掘で出現したものの保存のほうを好みますね。完全な櫓まで完成させることもないと思ってます。
名古屋、大阪、どんな大きな城も完全などあり得ないですし、むしろ発掘で出た遺物、遺構を保存してくれたほうがいいです。
明治維新期の古写真で城を写したものが残されてますが、あの古写真で写る城こそ、幕末まで残った遺構であり、写真で十分。
リュートに関してでは、オリジナルを慎重に修復し弾かれている実物で十分です。
膠ひとつでも重要な修復要素ということですが、私は佐藤先生のオリジナルを実際にお聴きしましたが、その感動たるや表現できないほどでした。
大切な文化遺産、大事に愛奏されて保存されていってほしいと強く思いました。
復元の意義、いろんな分野の専門家の意見も様々で、持論をお持ちの方は多く、良い、悪いという側面だけでは図れないものがあると思いますが、個人の好み、志向、主張、多様性の時代ではありますが、オリジナルが備えていたであろうものを損なうような改変だけはされてほしくないと思いました。
もっともバッハが現代に生きてたら、新しい楽器と新しい技法を駆使してることと思いますが…ワン🐶
私もそんなふうに思います。
バッハなら、その時代の最新の楽器で、思うところの音楽を追求する姿勢はあるのでないかと思います。
ただ、頑固な人ということでしたので、今の時代に生きていたとしても、
ワシや、300年前のクラビコードじゃて!なんておっしゃる?かなあ・・・。
>こんにちは。... への返信
私の生徒さんで弦高を調整するためにブリッジの弦にに薄い1cmくらいの木片を挟んでいた方がいましたが、実はそれだけのことで音が一気に鳴らなくなってしまいます。
修復された楽器は沢山のパッチが施されたりバスバーも加工したり場合によっては新品に交換されたりしています。
ですから、300年前にかつて出ていた音よりいい音は出ているわけがありません。修復が全くない現代に作られた最高の楽器と比べたら相当不利な状況です。
佐藤氏のコンサートはバーゼルでも日本でも聴きましたが、とりたてていい楽器とは思えませんでした。ただバイアスがかかっているといい音に聞こえるかも知れません。
ヤコブ・リンドベルイやアントニー・ベイルズも最近修復された当時の楽器で録音していますが、彼らはそういった楽器をメインには使ってないようです。まぁいろいろ理由はあるでしょうが、そういった楽器を使うのはあくまでレコーディングのセールスポイントとか探究心によるものなのかも知れません。
>例えばバッハの楽譜(自筆譜)を研究し、楽譜を通してバッハが望んだ演奏(音色も含め... への返信
完全にできるかできないかでいえば、出来ません。ただ自筆楽譜やいろんな文献から得られた知見をもとに精進すればかなり近いところにはいけるとは思います。現代でも何人かのギタリストや他の楽器奏者はそういう知見をもとにせず演奏していますが、そういう演奏とは全く次元が違います。