院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

今年の精神医学の展望

2014-01-01 00:01:20 | 学術
 みなさま、あけましておめでとうございます。

 新年早々、一般の方には少々難しいかもしれませんが、なるべく分かりやすく今年、精神医学がどういう方向へ行くか、私の予想を述べます。

 今年は生物学的精神医学が飛躍する年だと思います。近年、多様な細胞観察法が開発されてきたからです。

 うつ病の治療に関しては、ここ20年ほどSSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)が治療の主流となりました。これらの薬は、シナプス(神経接合部)で働く「神経伝達物質」(セロトニン、ドパミン、ノルアドレナリンなど)の作用をコントロールする薬剤です。

 「神経伝達物質」の挙動の異常が、うつ病を初めとする精神病の「細胞レベルでの異常」として捉えられ、そこの部分の異常を補正することが理にかなっているとされてきました。

 脳細胞には2種類あり、ひとつは神経細胞(ニューロン)でもうひとつはグリア細胞(翻訳はありません)です。りんごの箱詰めに例えると、ニューロンはりんごで、グリアは箱に詰める発泡スチロールの粒だと考えられてきました。つまり、グリアはニューロンを支えるだけの「詰め物」と思われていました。

 ところが最近、ニューロンとグリアが影響し合っていることが分かってきました。だから、ニューロンだけを調節するSSRIでは駄目なのですね。昔、3環系の抗うつ薬(TCA)というのがよく使用されたのですが、便秘、口渇などの副作用が強く、SSRIにはそれがないので、TCAはSSRIにとって代わられてしまいました。(最近の若い精神科医にはTCAの使用経験がない人も出てきたようです。)

 ところがTCAはグリアにも作用していることが分かってきました。2重盲検法という厳密な試験ではSSRIとTCAとの間に効果の差はないとされています。しかしながら、私の臨床経験ではTCAのほうが明らかにSSRIより効くのです。

 大脳におけるグリアの役割がもっと分かってきたら、脳研究は決定的に変わってしまうでしょう。そして、これまで盛んだった「神経伝達物質の受容体」(セロトニンなどとくっつく神経細胞表面のたんぱく質)の研究は、こうこれ以上やっても仕方がないという雰囲気に、学界がなってくると思います。これからは(神経細胞ではなくて)グリアの研究が欠かせなくなるからです。(製薬会社の人は医者に向精神薬の説明をするときに、「受容体仮説」を使います。ですが、年々おびただしい数の受容体が発見されてきて、もう受容体の機能で薬効を説明する意味がなくなってきています。)

 それともうひとつ、みなさんはどこかで「前頭前野」とか「扁桃体」とか「海馬」という大脳の部位の名称を聞いたことがあるでしょう?通俗的な「脳科学者」というフィクション作家が、これらの術語を使って人間の行動や心理現象を説明して、本を書いたりテレビに出たりして大金を稼いでいます。でも彼らがやっていることは、フィクション作りに他なりません。彼らは新手のSF作家なのです。

 大脳の局所的な機能の連鎖によってだけで説明できるほど、精神現象は単純ではありません。最近、「前頭前野」や「扁桃体」や「海馬」の機能を統率しているのは、もしかしたら小脳ではないかという考え方が出てきています。

 小脳はほんとに謎の臓器で、大きい割に機能がほとんど分かっていません。小脳の研究も今後行われなくてはならないでしょう。

 長くかつ退屈になりそうなので、精神医学研究の今後の展望はこのくらいにしておきます。ことしもどうぞ当ブログをよろしくお願いしたします。