Kオジサンの新・山歩きの記

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ウオーク同好会  11月例会  「多治見観光ボランティアガイドの案内で廃線跡ウオーク」

2023-11-27 23:33:00 | ウォーク同好会

ウオーク同好会の11月定例ウオークです。
今月は多治見観光ボランティアガイドの案内で廃線跡になってしまった笠原鉄道の跡を歩くと言うものでした。
沿線の主産業である陶磁器の原料および製品を運搬する目的で敷設され、旅客営業も行っていたが、自動車の普及により利用者が減少した。1971年に旅客営業が休止され、1978年には貨物営業も廃止された。
その鉄道敷地が陶彩の径と名付けられ整備された。そんな道をウオーキングしてきました。



東濃鉄道の廃線フォークのチラシ。




多治見駅で下車して土岐川に向かって歩いています。



笠原川を渡ります。




笠原川を渡った場所で多治見観光ボランティアガイドの説明を受けています。



笠原鉄道の橋脚です。
橋が撤去されているが土岐川側の橋脚だけが残っていまだけ
反対の笠原町側は擁壁の整備で撤去されたのでしょう。残っていません。



笠原鉄道の跡地が陶彩の径と名付けられ整備されています。
沿線を紹介する地図が有り、見ています。




陶彩の径。
笠原鉄道の跡地の地図です。
なお、この場所は本多治見駅が有った所です。



今日、私たちを案内して下さる多治見観光ボランティアガイドです。
2人のガイドが携わってくれました。



すぐ横に有った陶彩の径の解説碑です。



解説碑の写真。
蒸気機関車が映っています。
笠原鉄道が開業した当時はこのように蒸気機関車で運行していた。
左は土岐川を渡る列車です。
橋脚が有りますが、今では撤去されて残っていません。





陶彩の径を歩きます。
先の方が左にカーブして行きます。
ここを列車が走っていたと言われれば、そのように想像できます。



陶彩の径を整備する人。
生垣を刈り込んでいました。
市から依頼を受けてやっているのだろうか。
このようにして貰えるから、陶彩の径が綺麗になっています。



両側の桜。
春の時期、美しく咲き誇ることでしょう。
少し勾配が有ります。
当時、機関車が喘ぎながら登ったのでしょう。



旧市之倉口駅跡の地図です。



多治見市のマスコット。
うながっぱ」です。
民家の入口に有りましたが、注目の的となりました。




切通の場所。
旧下滝呂駅跡です。
先の方の紅葉が綺麗です。



旧下滝呂駅跡の地図に有った切通しの場所のかつての姿です。
鉄道敷となっていました。



紅葉したカエデです。



紅葉したカエデを写して



滝呂中央公園でトイレ休憩となりました。
公園で目にしたモニュメントと言うのかアーチです。



相合傘やハートマーク。
右側には1973細川内閣土井議長と有ります。
このモニュメントがその時代に設置されたものなのでしょう。
陶器の街、笠原ならこのような物を焼くのは訳ない事でしょう。
一枚一枚に個性が有り面白いです。



モザイクアートで表現された多治見市内の小中学校の姿と校歌がズラ―と並んでいます。



旧笠原駅跡まで歩いて来ました。



陶彩の径旧笠原駅跡の地図です。
スタートした時の地図とは逆になっています。



地図に載っていた当時の写真。
ディーゼル機関車と当時の笠原駅の風景。
プラットホームに停車しているのはディーゼルカーだと思います。
登校する女子高生だろうか。



笠原神明宮まで来ました。
ここの境内で昼食にしました。
ボランティアガイドを通じて境内で食べる許しを得ていたのです。



昼食後、時間が有りましたので、笠原の酒蔵。
三千盛に行ってきました。
純米大吟にごりの300CCを買って来ました。






笠原車庫前のバス停です。
多治見駅前行のバスが来ました。



最後に
陶彩の道を歩いていて軽四トラックが停まっており、男性が作業しているのを見ました。また、その近くで木の枝を剪定している人も居ました。このような場面に出会ったから分かったのだが、出会わなかったら判らなかったかもしれない。このような美観保持のほか、沿線住民が並べたのでしょう。狛犬かシーサーか。陶製の物が有りました。旧駅跡にはガラス扉となった展示ケースの中に絵手紙の作品が掲示して有りました。
このようなことから沿線住民が陶彩の道を可愛がっていると思えました。

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湖北の山 小 谷 山 (494.5m)

2023-11-08 23:44:30 | 弐水会

弐水会の11月例会です。今月は少し遠くへ足を延ばし長浜市の小谷山に行ってきました。この山、今は長浜市の山となっていますが、かつては湖北町の山だった山です。湖北町は2010年1月に長浜市に併合されました。
この小谷山。戦国時代には戦場となった山です。

小谷山は湖北の戦国大名、浅井長政の居城であった小谷城がありました。2011年のNHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国」で取り上げられた所です。
浅井長政と織田信長の妹であるお市の方との間に生まれた三人の娘たち(お茶々・お初・お江)が過ごした小谷城は、戦国五大山城の一つとして数えられています。大河ドラマの放映に合わせて整備されたのではなかろうか。城跡の個所で桜馬場跡とか金吾丸跡とかで整備して有りました。大手道から登り下山は大嶽城跡から福寿丸跡山崎丸跡を経由して戻りました。

往時を想像出来る良い山でした。




北陸自動車道から見える小谷山。
今日はアノ山に登ります。



最初に着いたところが小谷城戦国歴史資料館が有るところでした。
何処から登る。
Kさんのアドバイス。
大きな兜の有るところが目印。
小谷城跡ガイド館 浅井三代の里へ来ました。



仕度をして登り始めました。



始めは登り易い登山道でした。



歩いて来て高度が増し、望笙峠へ来ました。




望笙峠から眺望の解説です。
南の眺望と西の眺望です。




歩いて来て、金吾丸で見かけた案内図です。




番所跡に来ました。
このような所。
黒鉄門や大広間、本丸などが有りました。



番所跡の解説です。




首据石です。
解説板に有る様に石の上に生首を置いたのでしょう。



本丸跡です。
傾斜の有る山の中でも広い平らな場所を占めています。



⑧の標柱が見えます。





最期の階段です。
急な登りとなっています。




大嶽城跡に到着です。
山頂でランチタイムです。



大嶽城跡となっているが小谷山の山頂です。



小谷山の山頂からの眺望。
湖北の景色が望めます。



ランチタイムを終えて下山します。



下山して行きます。
眼下に北陸自動車道が見えます。



南の眺望です。
光る琵琶湖。
そして長浜の街が見えます。




下山路の途中に2分で展望所に行けると言う表示が有りました。
展望所に来て見ました。



展望所からの展望です。
木ノ本の街が見えます。
そして賤ケ岳が見えます。



水源地り横まで下山してきました。



下山してきました。
ここ、清水谷には小谷城戦国歴史資料館があります。
浅井氏に関する貴重な資料が展示されています。



資料館が有るところから浅井三代の里の方へ向かいます。



最後に
湖北の小谷山。かつては戦の舞台となった所で、大河ドラマで取り上げられるのでと言う事で整備されたのでしょう。かつての城郭の上記用を知ることが出来る良い山でした。
眺望が優れていて、琵琶湖を望んだりできました。


コメント (2)
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旅人気分で歩く中山道  中山道往来(ウオーク) 細久手宿から御嶽宿へ  

2023-11-04 23:17:38 | 岳友 タンネの会

美濃の中山道には17の宿場が有ります。その中で東濃には大井宿、大湫宿、細久手宿、御嶽宿、伏見宿などの宿場が並んでいます。細久手宿から御嶽宿にかけてのコースを中山道往来(ウオーク)と言うイベントで、瑞浪市と御嵩町が共催で取組んでいます。
そのイベントに参加しました。
JR瑞浪駅から細久手宿に向かうバスが用意されており、細久手の公民館に向いました。細久手宿をスタートし御嶽宿まで旧中山道を秋のウオーク日和の中、5人の仲間で楽しみながら歩くことが出来ました。



中山道往来(ウオーク)のチラシです。




主催者から渡されたパンフ。
表側にスタンプラリーのスタンプを押す欄がついていました。



瑞浪駅の北側広場。
バスが待機しています。
このバスでスタート地点である細久手公民館に向います。



バスの車窓から。
もう、歩き始めている人たち。
歩き始めている人たちが何人も見かけると、早く歩きたいと言う気持ちが高ぶってきます。



外国人がグループで参加していました。
甲冑姿の人は関ヶ原の合戦で手柄を立てた可児才蔵と言う人物に扮しての参加です。
この男性。
昨年も見かけました。



ここから出発ですが、日吉町まちづくり推進協議会の取組です。揃いのエプロンの人たちが五平餅を焼いていました。
小腹が空いた時間です。
1本買い求めましたが150円と安価でした。
味噌のタレの味。
美味しかったです。



(09:28)
細久手宿の大黒屋旅館
昔の旅籠の雰囲気が有ります。





歩き始めです。
旧中山道を歩きます。
木々が、若干色づいて来ています。



路傍で咲いていた花です。
ツリガネニンジンだと思います。




砂利道の旧中山道を歩きます。
旧街道らしい雰囲気を感じます。
横に中山道往来(ウオーク)の幟旗が立っています。



(10:17)
鴨之巣の一里塚
へ来ました。
この一里塚。街道の両側に塚が残っており、このような一里塚は珍しいです。
塚の頭頂部に榎か松か、木が植えて有ります。





ここには茶店のような休憩所が有りました。
今回のために設置したのでしょう。
テントなのですが、屋根を葦簀で覆い茶店らしい雰囲気を出しています。
この場所は瑞浪市の西端で数分歩くと御嵩町となりました。



着物姿の女の子。
お団子とお茶を勧めてくれました。
地元の女子中学生のボランティア活動なのでしょう。



こちらは男子中学生。
男子中学生はハッピ姿で、往来を行き来する人にお菓子を勧めていました。
このようなイベントに中学生を入れて活動する。
良いことだと思います。



短く刈り込まれた草の道。
坂道を下って行くのですが、歩き易かったです。
逆にここを登るとなると難儀するだろうなと思いました。



民家の軒先。
植木鉢で菊を育てています。



コスモスが咲いていました。



津橋公民館の前です。
お接待のテントが出ています。



お茶のおもてなし。
寄ってお茶の接待を受けました。
その時は気が付かなかったのですが、舳五山茶(へごやまちゃ) 上之郷中学校と書かれています。
中学生が茶摘み体験をしたのだろうか。

検索してみたら、
昭和30年から代々引き継がれてきた茶園で、上之郷中学校の生徒と地域の皆さんが一緒に栽培している無農薬の緑茶です。お茶の甘みと香りをお楽しみください。   と有りました。




アスファルト道路。そしてスチール製の雨戸。
旧街道沿いの家屋です。
形は変わっても、懐かしい昔の景色が有ります。



砂利道の坂を登ります。



(11:22)
御殿場
まで来ました。
階段が有りますが、この先。休憩できる場所が有ります。



階段を登ってきました。
あづま屋が有ります。
ここでランチタイムにしました。
お昼を取るのは御殿場の場所が良いと思っていました。
同じように考えたのは私だけでは無かったです。
ここは小高い場所で帳簿が良い所ですが、木々が延びてきていました。



中山道から少し外れたカフェです。
La Province。
美味しいケーキが味わえると言う事で遠くからも訪れる人が有るお店。
中山道から外れて店の前に行って見ました。
満員で外にお客が待っているような状態でした。



一呑み清水の手前の民家です。
ここでは、コーヒーや抹茶。ジュースのおもてなしが有りました。
私はぜんざいを戴きました。焼いた餅が入っていて素朴だと思いました。
軒から吊るされた干し柿が風情を感じさせます。




ぜんざいです。



外国人のハイカーたち。
この人たち。
出発地点に居た人たちです。
何処から来たのかと聞いたら、オーストラリアからだと応えました。
一呑み清水の手前の民家前で少女がオカリナを演奏していまして、曲が終わった時、拍手していました。




いろは茶屋の前です。
テントを設置して開いています。アソコでもおもてなしが有ります。




中山道御嶽宿のガイドグループ。
中山道案内人「偲歴会」は、御嵩町の観光ボランティアガイドで、揃いのハッピで活動していました。
私は、ここで飴玉を戴きました。



謡坂の石畳みです。




復元された石畳だが、丸い石で苔が生えているモノは江戸時代の石だと聞いた事が有ります。




耳神社に来ました。
ここにスタンプポイントが有ります。
列に並びスタンプを押します。

耳神社。
珍しい耳のお宮さんです。




黒い服の女性が立っている分岐。
本来なら右に進むところなのですが、スズメバチが出たと言う事で迂回するよう勧められました。
右に行くと牛の鼻欠け坂に向います。




カカシが立っていました。
前を歩くオーストラリア人が撮っていましたので私も撮影しました。
外国人の目からすると、このような物でも珍しいのでしょう。





旧国道21号線へ出てきました。
この場所。和泉式部廟所を過ぎた辺りです。
前を歩くのがオーストラリア人グループです。
12名のオーストラリア人を日本人ガイドが引率していました。
東京の観光を終えてこちらに来た。この後は京都に向かうと話していました。
外国人がガイドに引率されて歩くのは、普通なら馬籠宿から妻籠宿の間だったり鳥居峠だったりします。

ガイドに引率されてのウオーキングです。
何処でこのイベントを知ったのか、聞き漏らしましたが、上っ面だけのウオーキングでなく、住民との触れ合う機会の有るウオーキングを楽しんでいました。



中山道を歩くオーストラリア人たち。
先頭を歩くのが日本人ガイドです。



(13:45)
名鉄の御嵩駅まで来ました。






ゴールです。
御嶽宿さんさん広場に到着です。
良く歩きました。


最後に
中山道の旧街道歩きでした。
街道歩きでは早く歩けば、見落としてしまう事が有ります。
津橋公民館の前でお茶のお接待が有りました。歩いた時に見落としたのが舳五山茶(へごやまちゃ) 上之郷中学校の表示です。後から気が付きました。
あの時、シッカリ見てくれば良かったと言う気がします。
鴨之巣の一里塚の茶店でお接待に当たっていた中学生たち。お世話様でした。
こういう機会に中学生を巻き込んでと、企画した人。
良い企画だと思いました。
各所でのおもてなし。有難うございました。


この中山道往来(ウオーク)。2016年11月05日に歩きました。
ウオーキング 中山道 往来(ウオーク)   石畳を歩けば、江戸時代の旅人気分 - Kオジサンの新・山歩きの記 (goo.ne.jp)
そして、2022年11月05日にも歩きました。この時はカミさんも一緒に歩きました。
ウオーキング 中山道 往来(ウオーク)   石畳を歩けば、江戸時代の旅人気分 - Kオジサンの新・山歩きの記 (goo.ne.jp)


初めて参加した2016年、瑞浪駅から細久手宿へ向かった時は御嵩町役場のマイクロバスでした。そして昨年は観光バスに変わっていました。今年は路線バスでした。30分程の乗車時間。別に観光バスで有る必要はない。余分な所に金を掛ける必要は無いと思います。
鴨之巣の一里塚の茶店。初めての時は無かったのです。2022年の時は有りましたが、ヒッソリとしていました。そして今年は中学生のボランティア活動が有り、賑わっていました。
近年、コロナ禍で上手く活動が出来なかった時が有ったのでしよう。何度も会議を重ねて良い物にして行こうと言う姿勢が想像できます。
楽しく旧街道を歩くことが出来ました。
これからも続けて行って欲しいと思います。


 

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分水嶺の峠 西ウレ峠遊歩道(1,285m) & 大倉滝遊歩道

2023-11-02 23:53:29 | かがみの山歩会

かがみの山歩会の11月準例会です。
せせらぎ街道にある西ウレ峠。この峠の西側に西ウレ峠遊歩道が有り、歩いて来ました。その後大倉滝遊歩道を歩いて来ました。
西ウレ峠の遊歩道として整備して有りましたが、生活環境保全林せせらぎ街道四季の郷として整備されたものです。整備されてから歳月が経ち雑草が繁茂して歩くのに難儀するような個所も有りました。
この西ウレ峠。太平洋と日本海の分水嶺となっています。峠の南側は馬瀬川の水源地となっていて南に流れ岩屋ダムに溜まります。その後飛騨川へ流れて行き、そして太平洋に注いでいます。
秋の一日、紅葉が楽しめました。



西ウレ峠遊歩道の案内図です。
こもれび広場に設置して有った物です。令和4年度森林・環境税を活用して設置したと有ります。

西ウレ峠遊歩道

出発前。
これから歩く西ウレ峠遊歩道の案内図を見ています。
こもれび広場からの出発となっていました。



落ち葉のジュウタンです。



登山口に向っています。
この先に登山口が有ります。




歩きだして、暫くすると肩の高さまで有る笹が現れました。




アップダウン。
こんな所も有りました。




遊歩道を整備して歳月が経ちました。
微かに縁石が見えますが、やがて見えなくなるでしょう。



高くそびえる巨木。
ブナの木だろうか。



枝の葉が落ちていて、遠くの山が見えました。
川上岳だと思います。




クマササで隠れてしまいそう。
ササが高くなっています。









こんな良い雰囲気の道の処も有りました。



こちらも良い感じの道です。



アスファルト路まで降りてきました。



西ウレ峠。
管理棟があるところまで来ました。
池が有り橋が架かっています。



池の横でランチタイムとしました。



せせらぎ街道です。
管理棟の駐車場に車をデポしていました。
こもれび広場に停めていましたので車を取りに行っています。
車が来るまで待ちます。




大倉滝遊歩道

せせらぎ街道を走って来て、大倉トンネルを出たら右側の駐車場に停めました。
路側を歩き大倉滝遊歩道へ向かいます。



入口に設置して有った大倉滝遊歩道の案内図です。
川上川と言う川が有りますが、この川は日本海へ流れていく川で宮川に合流します。





大倉滝に向かう道。
ここまでがアスファルト道で、この先が遊歩道では有りますが、山歩きの道となります。



滝が見えます。
そして、整備された遊歩道を歩きます。



大倉滝まで登ってきました。
滝がしぶきを上げて落ちています。




滝と紅葉。




下山して行きます。
アーチ状になった岩。
くぐり岩です。




小屋があるところまで下山してきました。



車を停めた大倉滝駐車場に戻ってきました。




最後に
岐阜県が生活環境保全林せせらぎ街道四季の郷として整備した「西ウレ峠遊歩道」。整備されてから何年位、経つのだろう。良い雰囲気の道も有ったが、背丈近くまでの高さになった熊笹の道。状態が酷すぎる。
行政には一旦、整備した所を修繕しようとする姿勢は見られない。放置しておくと当然荒れてしまう。ミズナラやブナの良い雰囲気の道であるので、何年か修繕計画を立案して対処して貰いたいものである。

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