Kオジサンの新・山歩きの記

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湖北散策  春爛漫 海津大崎  さくらウォーキング

2011-04-20 23:29:53 | ウオーキング

月に1回のペースで琵琶湖湖畔をバスツアーで琵琶湖1周のウオーキングに参加しています。湖北の大浦からマキノの高木浜までを昨年12月に歩きました。
冬の景色で、葉を落とした桜がずっと続いていました。
桜が満開の時期なら、さぞかし、壮観だろうと想像しまして、見に来たかった場所です。

大浦園地(10:11) ― 永原駅(10:31)(10:56) 〓〓〓 マキノ駅(11:03)  ― 
サニービーチ(11:13)
 ― 大崎並木口(11:40)~(12:00)  ―  義経隠れ岩(12:09)  ― 
海津大崎(12:24)
 ― 二本松キャンプ場(13:04) ― 大浦園地(13:54)

びわ湖一周ウオークで来たことのある大浦園地に車を停めて永原駅まで歩き、永原駅からマキノ駅まで、1区間だけ列車に乗りました。列車は1時間に1本しか有りません。事前に列車の時刻を調べて出かけました。

この海津大崎の桜並木は、宗戸清七さんと言う方が自費で若木を植えたことにした。宗戸さんの努力に周囲の人も共感して桜の苗木を植え、宗戸さんと村の若者たちが植えた桜がしっかりと根を下ろしたことが、現在の桜並木をつくるきっかけと成りました。
海津大崎の桜は平成2年(1990年)3月、財団法人日本さくらの会から「日本のさくら名所百選」に選ばれています。

時期的に遅い湖北の桜は散り始めていました。
見事な桜並木が湖岸に続きました。宗戸さんが桜を植え続けた努力は、太平洋と日本海を桜で繋ごうと桜を植え続けた名金線バスの車掌。佐藤良二さんと重なって見えて来ます。


今回、歩いた行程図。
マキノ駅からスタートして大浦園地まで、琵琶湖湖畔を歩きました。




永原の駅舎は山小屋風の建物で、無人駅だと思っていましたが、女性の駅員が居てキップを発行してくれました。
列車は10時45分の時間でしたが、強風で遅れてきて、56分に到着しました。
僅か1区間の乗車でしたが、マキノ駅に着きました。




マキノ駅で記念に貰った1区間の乗車券。
乗車記念に下さいと言って貰いました。




湖畔の遊歩道を歩く。
桜は散り始めていました。




大崎並木口の東屋でお会いした二人。
京都から来たそうです。
琵琶湖一周の地図を持っていて、ウオーキングを続けているそうです。
このまま続けて歩き、今日は国民宿舎つづらお荘に泊ると話していました。
元気なお二人です。



トンネルの中から見た桜。




花見舟。
沖に見えるのは竹生島。




こちらも花見舟。
何隻かの船が航行していました。




真っ直ぐに続く桜並木。




あの湖岸の桜並木を歩いてきました。  大浦園地にて。




北淡海・丸子船の館に寄りました。




館内です。
かつて、活躍した丸子船が展示してありました。


感想
湖北のロングコースを歩きましたが、春爛漫の桜を楽しむことが出来ました。

コメント (2)
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弥高山(838.7m)から伊吹山5合目へ  そして3合目でお花見

2011-04-13 23:58:35 | 水曜会

弥高山は伊吹山の南東に位置する山で、山腹には京極氏館跡や弥高寺跡が有り、かつては栄華を誇ったと思われる山です。
下山場所の上野登山口に車をデポした後に、上平寺集会所駐車場から出発し、逆時計周りに周回しましたが、高度が増すにつれて、踏み跡が薄くなり、ルートを探しながら進む面白さも有りました。弥高山山頂の三角点は草に埋もれ、探しても中々見付けられないほど、雑草の茂った場所に有りました。
弥高山から伊吹山5合目に向かう登山道は、ほぼ、横にスライドして行く道ですが、踏み跡が薄く所々に残雪が有りました。余り、人が立ち入っていないコースで探しながらの道はスリルが有ります。

上平寺集会所駐車場(7:40) ― 京極氏庭園跡 ― 上平寺城跡(8:32) ― 大堀切(8:49) 
 ― 弥高寺跡(日本のマチュピチュ)(9:20) ― 分岐 ― 弥高山(9:57) ― 
P880m下 
― 伊吹山5合目(11:17~12:12) ― 
伊吹山3合目(12:31~)(スハマソウ、セツブンソウ鑑賞)
― 上野登山口駐車場(14:35) 


乱丸さん提供の軌跡図です。




(07:39)
これから出発します。
上平寺集会所駐車場でコースを確認しています。



上平寺集会所駐車場に有った地図です。



(08:49)
弥高寺跡を見上げる。
あの場所を通過していきます。



(09:22)
弥高寺跡。
広い敷地跡で広大な宿坊が有ったと推測させます。
弥高寺跡の遺構は広く、当時は盛大な勢いのあるお寺だったと想像させます。



弥高寺跡で遠くの方を撮影します。



(09:22)
すぐ目の前に高圧線が横切っており、下に伊吹の街が広がっていた。





倒木をまたいで、通過する。
思わず、「ドッコイショ」と言葉を発しそう。



別の角度から。



コースに残雪が有り、慎重に横切る。ここで気を抜くと滑落します。



(10:11)
弥高山の山頂から見た残雪が有る伊吹山。



(11:09)
踏み跡の薄い登山道をかき分けて進む。




(11:14)
ようやく5合目小屋の青い屋根が見えて来ました。



(11:22)
5合目の小屋の横でランチタイムです。
みんなが持ち寄った豪華な食料。
美味しそうです。
1時近いランチタイムでした。



セツブンソウの群落です。
踏みつけてしまいそうな位、沢山あったが、踏まないように気を付けました。
3合目にて。



(12:52)
沢山咲いていたスハマソウの群落。
3合目にて。




(13:42)
3合目。
下山して行きます。



(14:33)
上野の登山口まで下山してきました。
水路沿いに白い花が群生しています。



最後に
賑やかな昼食を終え、3合目のお花見に向かいました。
スハマソウやセツブンソウが群落を形成していました。今が丁度見頃の時でした。
久しぶりに、同じ年代の人と会話をしながらの登山は、天候にも恵まれ、楽しむことが出来ました。
改めて、今回、一緒させて戴き有難うございました。
山の面白さには、花に会えたり鳥の声を聞くことが出来るなど自然に関することが有りますが、山に登った後、一緒に行った仲間から画像を貰った事に喜びを感じています。
倒木を超えた時の画像は、今後の記憶に残る事と思います。



一緒したジオンさんのブログです。
doratomo.jp/~jionusagi/repo1104/yatakayama.html
一緒した和たんのホームページです。
533弥高山(11.04.13) (doratomo.jp)
一緒した山たまごさんのホームページです。
弥高山 (sakura.ne.jp)



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18きっぷの旅  琵琶湖疏水ウオークキング

2011-04-11 10:45:47 | ウオーキング


青春18キップの有効期限がラストとなった日に琵琶湖疏水をウオーキングしてみました。
京都のウオーキングコースでもマイナーなコースで歩く人は少ないと思っていたら、歩くのに良いコースだと皆に知れてるようで沢山のウオーカーと花見客に出会いました。

大津駅(9:10) ― 琵琶湖疏水取入れ口(9:47) ― 第1トンネル入口(9:59) ― 
小関地蔵(10:24)  ― 第1トンネル出口(10:46) ―  毘沙門堂交差点(12:13) ― 
インクライン(13:21) ― 水路閣(13:46) ― 琵琶湖疏水記念館(14:26) 


琵琶湖疏水の案内板。コース地図


コースを歩いて、最後に琵琶湖疏水記念館に行きました。明治の大工事。詳しい展示物が有り、当時の苦労が想像できました。トンネルを掘る工事も大変だったと思いましたが、山肌のすぐ脇を水路が流れていました。その水路は片側、山なのですが、片側を高い土手で築いていました。凄い工事だったのだろうと想像しました。
南禅寺の水路閣はレンガを多数使用した構築物です。
先日、テレビのサスペンスドラマで観ました。ここでロケをしたのだなと思ったのですが、明治の時代に凄い構築物を作りました。これも、当時の努力の結晶だと思いました。


大津駅で見かけた女性たち。元気なおばあちゃんと言う感じで、自転車を組み立てていた。



大津駅で見かけた自転車のおばあちゃんグループに途中で遭遇しました。橋の上で写真の
シャッターを頼まれました。男性1名と女性4名のグループで、何処からきたのと聞いたら、
大阪と京都からだそうでした。元気にツーリングを続けるグループ凄いと思いました。


琵琶湖疏水第一トンネルの入口。まだ、蕾の桜と5~8分咲きと色々だった。


小関越えの坂道を登って行く。ファミリーやグループが何人か歩いていた。



扁額の説明板。地図を確認する人たち。


歩いていて、偶然撮影できたトワイライト・エキスプレス?。木の枝が邪魔になった。
撮影したのは12時21分。時刻表を調べたら京都駅の時刻が12時15分となっていました。長距離を走って来て、遅れたのだろうか。
以前に見たトワイライト・エキスプレスはグリーンでこんな車体の色で無かった。




インクライン。沢山の花見客で賑わっていました。
右側の壁にもたせかけて有る鉄輪は、ワイヤーを回転させて、巻揚げていました。
明治の時代、宇治川から鴨川をさかのぼって来た、舟を台車に乗せて、上げ琵琶湖へ向かわせました。
その時代の貴重な交通の便でした。


水路閣の上部。この下が橋脚になっている。



レンガで造られた水路閣。先日この場所がサスペンスドラマて写っていた。何回かロケ現場になっているのだろう。



琵琶湖疏水記念館。展示の内容から明治の難工事が分かりました。

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